14 毒魚
部屋の卓に座り、雪蘭は運ばれた食事の皿を見つめる。野菜のクズを炒めたものと、薄い粥。
相変わらず用意された食事は粗末なものであった。今までは食事が出るだけでもありがたいと思っていた。なぜなら、如琳の機嫌を損なえば、食事を抜かれることもあったから。
だが、目の前の膳に視線を落とす雪蘭の表情は硬い。
これまで疑うことなく出た食事を、当たり前のように口にしてきた。そのせいで母は死んだ。
ごくりと唾を飲み込み、雪蘭は袖口から銀の簪を取り出し料理にあてた。
簪の先端を見つめ、息をもらす。
毒が入っていれば、銀は黒く変色する。簪に変化はなかった。
毒がないことを確かめ、雪蘭は粥の椀を取り、匙で掻き混ぜた。
異物混入もなさそうだ。
ようやく雪蘭は冷め切った粥をすする。
その時、コンコン、と窓の扉を叩く音が聞こえ、雪蘭は立ち上がった。
窓から入ってこようとする人物は一人しかいない。
「俺だ、黎飛だ」
予想通り、窓の桟から黎飛が顔を覗かせた。
「入ってもいいか? 花憐さまのことで重要な情報を聞いたんだ」
「母上のことで? 入って」
黎飛は身軽に窓枠を飛び越え、部屋に入る。
「座って」
椅子に座るよう黎飛にすすめる。腰掛けるなり黎飛は話を切り出した。
「如琳が、とある魚売りと懇意にしていたことを聞いたんだ。そこからよく魚を仕入れていたらしい」
「魚売り」
と、呟き雪蘭の目が見開かれた。
一気に血の気が引き、指先が冷たくなっていった。身体が小刻みに震える。
「ああ、如琳が何度もその魚売りのところへ出向くのを見たという者がいた」
友人や知人の多い黎飛は、顔が広く人気者だ。彼のためなら周りの者は喜んで手を貸す。その黎飛が言うのだから間違いないはず。
「調べてくれてありがとう。明日、行ってみるわ」
「雪蘭一人では心配だ。俺も行く」
「いいの?」
黎飛がいてくれたら心強い。
「もちろん」
「ありがとう」
黎飛が一緒にいてくれるのなら心強い。
翌日、雪蘭と黎飛は徐家の奴婢に扮し、魚売りの元を訪れた。
「雪蘭、打ち合わせた通りに言うんだぞ」
「わ、分かってる……」
「不安そうな顔をするのもダメだ。おどおどするのもダメ」
「うん……」
「目が泳いでる」
雪蘭の顔は緊張で強ばっていた。声も震えている。
「雪蘭、まっすぐ俺の目を見て」
「え?」
黎飛のしなやかな指先が雪蘭の顎に添えられる。整った黎飛の顔が間近にあって、思わず頬を赤く染める。
「大丈夫。何かあったら必ず俺が助けに行く。雪蘭を危険な目にあわせない。だから安心しろ」
「うん」
黎飛に見守られ、雪蘭は如琳がちょくちょく出入りしていた魚売りの元を訪れた。
雪蘭が現れると、魚売りは胡散臭そうな目でこちらを見る。
「何か用か?」
雪蘭はごくりと唾を飲み込む。緊張で足が震えた。その震えが声にでないようにと深呼吸する。
大丈夫。黎飛が側にいてくれる。
黎飛は必ず約束を守ってくれる。
心配することなんて何もない。
そう思った瞬間、緊張が解けた。
そうよ。母の死の真相をつきとめ、如琳の悪事を暴くのでしょう。
しっかりするの!
雪蘭は魚売りに微笑む。
「如琳さまのお遣いで、魚を仕入れに来ました」
「如琳?」
ああ……と魚売りは声をもらす。
「へへ、最近めっきり姿を見せないから、もう必要ないかと思ったんだが。で、今日は本人は来ないのか?」
「ええ、いろいろあったでしょう。屋敷内がごたごたして……そのせいで如琳さまも忙しくしてらっしゃるの」
と、雪蘭は言葉を濁しながら言う。
それは事実だ。
母が亡くなってから、いよいよ如琳は正妻の地位におさまろうと躍起になっている。
ふーん、と魚売りはあごに手を当て雪蘭を半眼で見下ろした。
「で、邪魔な相手とやらはどうした? まだ生きてんのか? まあ、如琳は悪知恵の働く女だから、うまくやるだろうと思っているけどよ」
魚売りの言葉に頭の中が真っ白になった。
思考のすべてが遠のいていく。
しっかりしなさい!
雪蘭は小さく首を振る。
この男から必要な情報を聞き出すまでは、気をしっかり持たなくては。
やはり、如琳は母を亡き者にしようとしていた。そして、この魚売りは母が死んだことをまだ知らない。
魚売りは意味ありげな笑いを浮かべる。
「で? また特別な魚を仕入れるかい?」
「特別?」
暑くもないのに額に玉の汗が浮かんだ。
「へへへ、水銀まみれの特別な魚をさ」
雪蘭は握り締めた手を震わせた。
母はやはり毒によって殺された。
「ええ、お願いするわ」
「へへ、まいど。うまくことが運んだら、俺にもいい思いをさせてくれと如琳に伝えてくれよな」
魚の値段とは思えない金額を要求され支払い、雪蘭は屋敷に戻った。




