12 銀の簪
心あたりはあるか、という慧雪の問いに雪蘭は唇を震わせる。
「母が口にする食材は、すべて側女が手配していました」
徐家のいっさいを差配する如琳は、母の食事まで取り仕切っていた。
正妻の立場を狙い母の存在を疎ましく思っている如琳ならやりかねない。事実、母を殺したのは間違いなく如琳だ。
正妻と側女が対立することはよくあること。
正妻が側女を退けようとしたり、その逆も然り。
雪蘭はこくりと頷く。
慧雪は髪から一本の簪を抜き取った。それを雪蘭に差し出す。
「え?」
「銀の簪よ。銀が毒に反応することは知っているわね」
「はい、存じております」
「あなたにあげるわ。役に立つはずよ」
「な、なりません! 慧雪さま、それは!」
側仕えの侍女が声を荒らげる。慧雪は手をあげ止めた。
「常夜、いいの」
「ですが、その簪は慧雪さまにとって、大切な……」
そこまで言って常夜は言葉を飲み込む。
「受け取って。お母さまの死に何か疑念があるなら、調べてみるべきかもしれない。けれど、調べると決めたのなら、あなたも気をつけなさい」
私も気をつけろ?
それはどういう意味?
私も殺されるかもしれないということ?
雪蘭は手にした簪を握りしめる。
「ありがとうございます、慧雪さま。親切にしてくださったこのご恩は、いつか必ずお返しします。絶対に必ず!」
しかし、慧雪は首を横に振った。
「それには及ばないわ。雪蘭、私はもうすぐ都に戻らなければいけないの」
「都に、ですか?」
「ええ、この景安の町には身体を休めに来ていただけなの」
「ご病気? どこか悪いのですか?」
「じゅうぶん休養をとったから、もう大丈夫」
「そうなんですね」
雪蘭はほっと息をもらす。
元気になったのなら良かった。
「だから今後、あなたに会うのは難しいわ」
「あの、どちらへ行かれるのですか? 差し支えなければ」
母のことが一段落したら、いずれ改めてお礼に伺おうと思っていた。が、返ってきた慧雪の言葉に雪蘭は口を開ける。
「後宮よ」
「後宮……?」
「ええ、もうここには来られないの。いいえ、後宮に入ったら最後、二度とそこから出ることは叶わない。死ぬまで一生」
雪蘭は侍女の明夜に視線を移す。
「皇帝陛下の妃として嫁ぐのです」
皇帝陛下と聞き、雪蘭は息を飲む。
そんな高貴な方の元へ嫁ぐ。慧雪の存在が遙か遠くに感じるようであった。自分とはまったく生きる世界が違う人。
「会うのはこれで最後よ。あなたはしっかりと生きて」
「慧雪さま……」
後宮とはどんなところなのだろう。
雪蘭が思い描く後宮は華やかで、煌びやかで、女性たちはきれいな衣服で着飾り、目にしたことのない豪華な装飾品を身にまとい、毎日遊んで贅沢な食事を口にする生活であった。
雪蘭はなんと言葉をかけていいのか分からず、表情を強ばらせる。
陛下の妃となるのだから、 本来ならおめでとうございますと言うべきなのだろう。
けれど、素直にその言葉を口にできなかった。
なぜなら、慧雪の様子が少しも嬉しそうに見えなかったから。それどころか、悲しそうに見えた。
「そんな顔をしないで。これも運命。受け入れるしかないの」
その言葉は、受け入れるしか生きる道はないというように聞こえた。
雪蘭は感謝の気持ちを込め拝礼した。




