7 母の死
屋敷の空気がいつもと違う。
徐家の門の前に立った瞬間、雪蘭は異様な雰囲気に気づいた。
嫌な予感がする。とても嫌な予感が。
「母上!」
門をくぐり、母がいる離れの部屋へ駆け出す。
すれ違う使用人たちが、こぞって雪蘭から視線を逸らした。
何が起きたの。
まさか、母上になにかあったのか。
いいえ、そんなはずはない。
母と雪蘭が暮らす部屋は、屋敷の外れにある物置小屋のような場所であった。そこは狭くていつも日当たりが悪い場所で、風通しの悪い夏は暑く、冬は凍えるほど寒い部屋だった。
「母上!」
部屋の扉を開ける。
寝台の上に母が寝ている。だが、あれほど苦しんでいたのに、今は呻き声一つ聞こえない。
眠ったのだろうか。
「母上?」
もう一度呼びかけてみる。やはり、返事はない。
「母上、薬草が手に入ったんです。今煎じるから待っていて……」
雪蘭は目を見開いた。手から薬草の入った包みが落ちる。
母の顔の上に白い布が被せられていた。
「母上!」
母の元に近づき雪蘭は大きく揺さぶった。
「母上、目を覚ましてください! お願いだから、目を開けて」
母の顔から布が落ちた。
ひっ、と雪蘭の口から引きつった声がもれる。
母の顔は苦悶に歪み、白目を剥いていた。苦しみながら亡くなったのだ。
ふと、屋敷の門に向かって医者が歩いていくのを見つけ、雪蘭は落ちた薬草を拾い駆け寄った。
「先生、母が!」
ああ、と気まずい表情で医師は頷く。
雪蘭は息をつく暇もなく続けて言う。
「先生、滋養にいい薬草を手に入れたんです。これを煎じて母上に飲ませてください!」
差し出した雪蘭の薬草の包みを医者は目を落とす。
「冬虫夏草ではないか! こんな高価な薬草をどうやって手に入れたのだ?」
「親切な方が分けてくれたのです。はやくこれを母上に飲ませてください!」
雪蘭は医者の手に薬草の包みを押しつける。しかし、医者は否と首を振った。
「見ただろう。もう遅いのだよ」
「先生!」
「気の毒だが、おまえの母親はもう……」
「な、なら……どうして、母は急に? 教えてください」
雪蘭は医者の服の袖を掴んだ。
医者は困った顔で、周りを見渡し小声で言う。
「かわいそうに。こんなひどい環境では、身体を壊すのも無理はない」
医者がポツリと言う。
「私は医者だ。人の命を救うのが仕事。手は尽くした。本当に残念だと思っている。だから私を恨まないでおくれ」
「先生……」
医者がいうには、母は明け方に息を引き取った。出産により体力を使い果たし、身体が弱っていた。雪蘭が薬草を持って帰るまで、もたなかったのだ。
結局、子も母も命を落とした。
これ以上、母の死を責めてはいけないと、
医者の袖を雪蘭は離した。肩を落とす雪蘭の頭に医者は手を添えた。
「力が及ばなくて申し訳ないと思っているよ。気を落とさないように」
「はい……」
すまないね、ともう一度言い、医者は去って行った。




