6 雪蘭と慧雪の出会い
母上は無事だろうか。
はやく屋敷に戻らなければ。戻って母上の顔を見たい。
母上、待っていて!
あれほど薬草を見つけるまで屋敷には戻らないと決めていたのに、いざ屋敷に帰るとなると母のことが気がかりで、いてもたってもいられない気持ちになった。
「母上、母上」
焦る思いで山から下り、町に戻った雪蘭の顔は青ざめていた。足をよろめかせたところを黎飛に支えられる。
「大丈夫か?」
「大丈夫……ちょっとめまいがしただけ」
「少し休もう」
「本当に、大丈夫だから」
言ったそばから、雪蘭はその場に座り混む。
目眩がする。そのせいで吐き気も。息が苦しい。足に力が入らず座り込んだ途端、立ち上がれなくなった。
「雪蘭、やっぱり休もう。水をもらってくる。ここで待っていてくれ」
「どうしたの?」
水をもらうため走り出そうとした黎飛に、ひとりの少女が声をかけてきた。
身なりのよい女性だ。品もある。彼女の背後には二人の侍女とおぼしき者が控えていた。身分のある、どこぞのご令嬢だろう。
「雪蘭が急に倒れたんだ」
少女はその場に座り、雪蘭のひたいに指の背をあてる。
「微熱があるわ」
雪蘭の手首に三本の指をあて、少女は脈をとる。
「疲労のせいね。大丈夫、少し休んで気持ちを落ち着ければよくなるわ。明夜、水を貰ってきて」
「はい」
明夜と呼ばれた女は、主に頭を下げ屋敷に駆け込んでいく。
少女は巾着から飴を取り出し、雪蘭の口元に持っていく。
「薄荷飴よ。気分がすっとするわ。口に合わなかったら吐き出して」
雪蘭は唇を震わせ口を開けた。
雪蘭の口の中に飴が落ちる。
ゆっくりと飴を口の中で転がすと、今まで食べたことのない味がした。甘くて、なのに口の中がすっきりするような清涼感が広がっていく不思議な味。
気持ちの悪さが引いていく気がした。
「ありがとうございます」
「まだ顔色が悪いわね。私が身を寄せている屋敷はそこなの、落ち着くまで休んでいきなさい」
しかし雪蘭はいいえ、と首を振る。
「急いで屋敷に戻らなければ。あの、お名前を伺ってもよろしいですか。後で必ずお礼を」
「私は李慧雪。この景安の町の医館で働いているわ。当たり前のことをしたのだからお礼なんていらない」
「医館? 慧雪さまは、お医者さまなのですか?」
「医者ではなく、薬師見習いよ」
薬師と聞いた雪蘭は、必死の形相で慧雪の腕にすがりつく。
「薬師さまなら、山参をお持ちではないですか? どうか、譲ってください!」
雪蘭は袖口から銀子を取り出し、慧雪の前に差し出した。
慧雪は雪蘭の差し出した銀子を、そっと押し返した。
「山参は高価で貴重な薬草。たったそれだけの銀子で買えるわけがないでしょ」
慧雪の側に立っていたもう一人の侍女が、ふっと鼻で嗤い、呆れた声をもらす。
「常夜」
慧雪は侍女の言葉を手で制した。
「事情を聞いてもいいかしら?」
はい、と答え雪蘭は薬草を求めている理由を慧雪に話す。
涙混じりにつっかえながら語る雪蘭を、慧雪は言葉を挟むことなく頷き耳を傾けた。
途中、侍女が持ってきた水を飲み、喉の渇きも潤った。
話を終えた雪蘭の肩に、慧雪はそっと手を置く。
「辛かったわね」
「いえ……」
母上や亡くなった弟にくらべれば、私の辛さなんてどうってことない。
「山参はないけれど、これを持って行きなさい」
と、慧雪は持っていた篭から小袋を取り出し雪蘭に手渡した。
「え?」
「冬虫夏草よ。滋養強壮、疲労回復、免疫力向上の効果があるわ。これを煎じてお母さまに飲ませれば、元気を取り戻すはず」
「慧雪さま! そんな貴重な薬草を見ず知らずの者に差し出すなんて!」
側仕えの常夜が声を荒らげる。
「常夜、困った人を見過ごすわけにはいかないでしょう」
慧雪は常夜を窘める。
「あの……今はこれしか銀子がありません。ですが、必ずお返しします」
慧雪はふわりと微笑んだ。
「そんなことはいいのよ」
「でも……」
と、言葉を濁し、雪蘭は厳しい顔でこちらを睨みつけている側仕えの侍女を窺うように見る。
「あなたの具合はどう? 少しは良くなった?」
「はい。おかげさまで、先ほどまでの気持ち悪さもおさまりました」
「よかったわ。なら、はやく屋敷に戻って、お母さまに薬を飲ませてあげなさい」
雪蘭は涙をこぼし、深く頭を下げた。
「ありがとうございます! このご恩は一生忘れません。必ずお礼をしに戻ります」
そう言って雪蘭は歩き出した。
黎飛も慧雪におじぎをし、雪蘭の後を追った。




