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土と花の香り

 数年後。ユゲットからの手紙が届いた。

 セザーヌと恋仲になった彼女は、結婚を控えていると言う。

 あの奥手そうな青年の事だから、女性からの押しには弱いのかもしれない。

 私は、返事を書こうと思考を巡らせた。

 何処から書き始めるべきか。

「まずは、おめでとうユゲット。君とセザーヌの間柄が、このまま良好に進んでくれることを祈るよ。

あの日の館で何が起こっていたのかを、私なりに纏めたんだが。暫く、その推察に付き合ってくれ。


 まず、第一の殺人だ。ジーンの死がそうだね。あれは、君が仕組んだ事だろう?

 それについては怯えなくて良い。私も、君の事を警察に突き出そうとは思わない。

 君は主達に裏切られて、始末される所だったんだから。

 ジーンと君の部屋のテープを入れ替えたのも、君の仕業だろう?

 君とジーンのテープに至っては、名前を呼びかける部分の音声を消してしまえば、誰に宛てたテープかは分からなくなるものね。

 第二の殺人は、執事のヨーゼフだ。これも君の仕業だね。

 車を爆発させる知識なんて、女性には無いはずだ……と言いたいけど、普段の君の勤勉な執筆物を読んでいると、この女性になら車を爆発させる仕掛けなんて、一晩とかからずに仕込めただろうと思わせる。

 そして第三の殺人。クレアの死に関しては、セザーヌの推理が大当たりだった。

 入院しているアーカム氏に、屋敷での出来事を語ったら、彼は開けられない目から涙を流していた。

 それから第四の殺人。メイドのミッチェルの事だ。あれも、君が仕組んだ事だろう……と言いたいが。何故、君がミッチェルを殺したのかの見当がつかない。安直に、正体を見破られそうになったからなのだろうか。

 君が敢えて、犯人やゴーレムの事を口に出していたのは、自分に疑いがかからないためだったんだね。

 そして第五の殺人。テレサの死だ。同僚の死で恐慌状態になったアンリーが、テレサを殺害し、その場面をマルガリータに見られたのかな?

 マルガリータの遺体は、皮膚が白くなっているのに出血が少なかったから、別の場所で殺されて、部屋に移動させられたと考えたほうが自然だ。

 アンリーの恐慌については、私には分かりかねる所だ。

 もし、君が私に気を許してくれるなら、どうやって『EMETH』のタトゥーを隠しきったかを教えてくれないか? 何か特別な魔法でも使ったのかな?」

 最後の一文は冗談交じりだったが、私はその手紙の上に吸い取り紙を置いた。特に返事が返ってくる事は期待して居ない。


 ニュースにより、資産家であるジョナサン・アーカム氏が病院で亡くなった事を知った。


 それから、数十年が経過した。私は相変わらず、執筆を続けて居る。

 ユゲットから、ずっと昔に出した手紙の返事が来た。

 手紙の文頭には、セザーヌが亡くなったと記されていた。

 それから、こう続いていた。

「人を愛すると言う心を得てから、私は主の支配を受けなくなりました。そうです。私は主から逃れたが故に、始末される事になっていた、『EMETH』の徴を持つ者です。

 ジョナサン・アーカムは、ジーン・ヘイワードと共に、戯れに私を作りました。淑女として教養を身に付けさせ、立ち振る舞いを覚えさせました。

 最初は、機械のように彼等に忠誠をつくしました。

 彼等は、私に物語を書くように命じました。私の発想する物語を面白がった彼等は、私にユゲットと言う名を与えました。

 社交の場に連れて行かれ、其処で、とある青年に出会いました。私が意思を持つきっかけになった青年は、セザーヌによく似ていました。素朴で穏やかな青年でした。

 私が作家として名前を知られ始めた、ほんの、何の気の無い日です。私は、町に部屋を借りました。行く当てを知らせずに、ジョナサン・アーカムの屋敷から姿を消したのです。

 それから時を経て、ジョナサン・アーカムは私の居場所を突き止めました。

 最初は、彼から脅迫文を受け取りました。それは、唯の『主からの命令』だったのですが、その頃の私は、恐ろしさと不安でいっぱいに成りました。

 住む場所を転々としても、ジョナサン・アーカムの追跡の手は止みませんでした。

 彼の命が尽きるのが間もないと知ってから、私はジョナサン・アーカムの申し出に応えたのです。残るはずの主である、ジーン・ヘイワードを、殺害するために。

 私の『EMETH』の徴が何処にあるかを、お伝えします。口の中です。

 鏡の前で、舌を持ち上げた時に、舌の裏に小さく『EMETH』と書かれています。

 身体検査をしても、口の中までは見ませんから、あの時は難を逃れました。

 アンリーの手に記されていた『EMETH』の文字も、確かにジョナサン・アーカムが書いたものです。

 恐らく彼女は、私の次に作られた者なのでしょう。どんな理由かは想像するしかありませんが、彼女も感情を持ち、主の使役から逃れようとしていました。

 その結果が、『命令する者を抹殺する』と言う恐慌を引き起こしたのだと思うと、胸が痛みます。

 ミッチェルの事件に至っては、私の仕業……としておいた方が、生き残っているはずのアンリーの心を和らげてくれるでしょう。彼女の『EMETH』の徴は削れていませんでしたから。窒息状態が治ってから、あの屋敷から逃げ出したはずです。

 この事をお話しするまで、だいぶ時間がかかってしまいました。トリスタン・ベイリー先生。貴方がまだ精力的に活動を続けて居てくれる事を、私はとても喜んでいます。

 セザーヌは、私との間に子供が出来なかった事を、生涯悔いていました。それだけは、土で作られた私には、叶えてあげられない事ですから。

 私は、これからセザーヌの元に逝きます。もう、愛しい者と離別し続ける生涯には、耐えきれなくなってしまいました。

 私の心の内を語るには、充分な時間をいただきました。この文章を、どのように使うかは、先生にお任せいたします。

 幻想小説として、世に発表しても、面白いかも知れませんね。それでは。ユゲット・アヴリーヌ」


 私は、彼女の遺書を読み終えると、それを畳みなおし、封筒にしまった。

 あの時に感じた、土と花の香り。妻と同じ香り。

 あの香りは、ユゲットが纏って居たのかも知れない。

この物語は、作家チームZENの、電子書籍アンソロジー「秘密、黄昏、夢の中。」に収録されています。


参加作家:エチカ/海月いおり/結之志希/飛燕/桜坂詠恋/國村城太郎/夜霧ランプ


収録作品:

夜沈夢染/エチカ

蕾/海月いおり

眠る彼に口づけを/結之志希

青い泉/飛燕

影のない男/桜坂詠恋

夢の中の少女/國村城太郎

真理の徴を持つ人形/夜霧ランプ

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