愛情と暴走
翌朝、起きて来たのは、私と、セザーヌと、ユゲット、それからギルバートだけだった。
「テレサが殺された?」と、ギルバートは信じられないように復唱する。「一体、誰に?」
私は答えた。
「恐らく、アンリーが何か知っているはずだ」
「その、アンリーは?」
「刺したのか、刺されたのかは分からないが、腹を大分深く傷つけられていた。手当はしたが、声を出せるほど回復するかは、分からない」
「マルガリータは、どうしたんでしょう?」と、セザーヌが気づいた。
「私、様子を見てきます」と、ユゲットが言い、廊下を足早に進んで行った。
マルガリータは、遺体で見つかった。
女性用のネグリジェを着た彼女は、背中を刺されて、ベッドの上に横たわっていた。
皮膚が真っ白になっている割には出血が少なく、彼女はまるで人形のようだった。
彼女の遺体を見つけた時、誰よりも、ギルバートの顔色が悪かった。すっかり蒼白になり、震える手でマルガリータの遺体の顔を撫で、抱きしめようとした。
「やめろ。血がつくぞ」と、私は止めた。
ギルバートは叫ぶ。
「血がなんだ! こんな事が……こんな事が許されるのか?!」
「リーキーさん、落ち着いて下さい!」と、セザーヌも止める。
充血した眼でギルバートはセザーヌを睨み返した。
「ゴーレムの仕業か」と、ギルバートは口走る。
「ゴーレムは……」と、ユゲットが言い澱む。「主の命令が無くては、動けないのでは?」
そこで、セザーヌが述べる。
「意思を持ったゴーレムと言う話を、聞いた事があります。村娘に恋をして、活動をやめる事を拒絶したゴーレムと言うのを」
「そのゴーレムは、どうなったんだ?」と、私は話を促した。
セザーヌは答える。
「村娘が、ゴーレムに跪かせて、額の文字をぬぐわせるまで、村を荒らし回ったそうです」
「アンリーの体に、『EMETH』の文字は?!」と、ギルバートはユゲットに叫ぶ。
「ありませんでした」
ユゲットは首を横に振る。
「でも、彼女……火傷の痕があると言って、手に撒いた包帯は、取りたがりませんでした」
「それだ! あの女!」と叫んで、私達の腕を振り払うと、ギルバートはメイド部屋の方に走って行った。
私達も、その後を追った。
ギルバートは、メイド部屋のベッドに横たわらせていたアンリーの上へ馬乗りになり、その喉を閉めていた。アンリーは口から泡を吹き、脱力している。その左手の包帯は乱雑に解かれていた。
ギルバートは、笑い出した。
「ハハハ……。やった。やったぞ! ゴーレムはもう、動き出さない!」
「ギルバート……」と呼びかけたが、言葉が続かない。
ギルバートの瞳孔は細く閉じており、彼が極度の緊張状態であると示していた。
笑みにひきつった口元と頬が、脂汗で光っている。
ユゲットが、セザーヌの腕を引いた。「こっちへ! あの人はもう正気じゃない!」
ギルバートは「正気じゃない……」と、数回独り言を繰り返した。「正気で居られるかよ。殺すか、殺されるかだ。だろう? トリスタン?」
「ギルバート。落ち着け!」と、私は説得を試みた。
ギルバートは、笑みを浮かべたまま、こう言った。
「トリスタン。お前も怪しいんだよ。なんで、一人だけ、神様みたいに余裕で居られるんだ? お前も、ジョナサン・アーカムとグルなんだろう?!」
そう言って襲い掛かってきたギルバートの、太い腕の一撃を潜り抜け、私はメイド部屋から逃れた。
そして、アーカム氏の部屋に向かう。
背後からギルバートの叫び声が聞こえた。
「待ちやがれ! 殺人鬼め!」
アーカム氏の部屋に辿り着いた私は、潜ったドアの鍵をかけ、金庫を開けた。
六連式リボルバーを手に取る。
ドアを蹴りつける音が数回響き、やがて扉は壊された。
銃を持った私を見て、ギルバートは罵る。
「やっぱりだ。旦那様と組んでやがったか」
私は、彼に打ち明けた。
「ギルバート。私は、お前を撃ちたくない」
「マルガリータが死ぬ原因は、お前達が用意したんだろう? それが全部だ!」と、ギルバートは叫んだ。
反射的に引き金を引いたが、その一撃は容易に避けられてしまった。
明らかに「何かを殴った事がある手」が、握りしめられ、私の側頭部を狙ってくる。
頭蓋骨が叩かれる、ギリギリでかわす。相手の小指の骨が私の頬を掠めた。
威嚇の意味を兼ねて、闇雲に放った二撃目は、壁に穴を開けただけだった。
振り回された腕を避ける時、私は床に転がった。床に手がぶつかった時、一発を暴発した。手にしていた銃を、ギルバートの足が遠くへ蹴る。
武骨な手が、私の首にかけられた。
私はその手を振りほどこうと、圧迫されている喉元に爪を立てる。
息がつまると言うより、血管が絞めつけられる事で、瞬く間に気を失いそうになった。
目の前が段々と暗くなる。
ガンッ! と言う、銃声が響いた。
喉を掴んでいた片腕が解かれた。私は息を吹き返し、死に物狂いで、まだ首にかけられているもう片手を振りほどいた。
また、ガンッ! と音が響いた。
私の体の上に乗りかかっていた、ギルバートの体が、跳ねて倒れた。
最後の銃声と共に、ギルバートの頭が砕かれた。
私はようやく体を起こし、暗みがちな目で辺りを見渡した。
銃を持って居たのは、ユゲットだった。
彼女は数回、震えるように胸で呼吸をし、弾の切れた銃を下ろした。
こうして私達は、陰惨なサバイバルゲームを生き残った。
屋敷の中はあちこちに死体が転がっている状態だが、誰も「片付けよう」とは言わなかった。
腐敗の臭いがしない数ヶ所の部屋を寝床にし、酒屋が屋敷の様子を見に来てくれるのを待った。
青ざめているユゲットに、セザーヌは自分の分のビスケットを一枚多く渡す。
ユゲットは少し困ったような表情をしてから、「ありがとう」と答え、受け取ったビスケットを齧った。
テレサが言っていた通り、あの日から一週間後に、何も知らない酒屋は車を走らせて来てくれた。
私達は、屋敷で起こった事を話し、ホロ付きの荷台に乗せてもらった。
沈黙の中で、夫々が、まだ息を潜めるように細く呼吸をしていた。




