意志を継ぐ者
レコーダーの中で、アーカム氏は言う。
「お集りの皆様、初めまして。このような方法で言葉を残す失礼を、まず詫びたい。
しかしながら、私は今、そちらに滞在できる余力が無い。であっても、あなた達をあっと驚かせる趣向を考える事くらいはできる。
故に、まずはこのテープを聞いた後、会食を進め、夫々の客室へと向かってくれる事を願う。
何か困り事や疑問があったら、執事のヨーゼフに何でも質問してくれたまえ。
それでは、ヨーゼフ。会食の開始を」
テープは其処で停められ、ヨーゼフは手の仕草で、メイド達に指示を出した。食堂の奥の廊下から、ワゴンが幾つも運ばれてくる。
会食の間、マルガリータは喋りっぱなしだった。
「この時期に冷えたスープは美味しい物ね」と、料理を褒め、「クレアは本当に素晴らしいお作法。私も見習わなくては」と、他の客を褒め、「食事の後にすぐ客室に向かわなければならないのは、心苦しい限り」と、少しだけこの催しに文句を言った。
ジーンとギルバートとクレアは、食事中に会話をする習慣が無いようで、マルガリータが話しを振っても、一言二言しか返事をしない。
私とセザーヌとユゲットは、マルガリータが「一人お喋り」にならないように、気を回して色々と受け答えていた。
特にユゲットは、同性の友人を求めるようにマルガリータに話しかけている。伏し目がちなのは変わらない。その視線が、一瞬、ちらりと食堂全体を見回した。
何かを探している?
私もちらりと食堂を見回したが、特に目立っておかしい所は無い。
会食を済ませると、口元をナプキンで叩いたクレアが、ようやくマルガリータに声をかけた。
マルガリータは、声音を明るく返事をしていた。
腹ごなしの時間を経て、我々はテープレコーダーで聞いた指示通り、執事に招かれて夫々の客室に向かった。
私はクローゼットのハンガーに、明日着るためのシャツとスラックスを干した。
枕元のサイドテーブルには、小さなコニャックの瓶が用意してある。それから、ベッドの上に一つのテープレコーダーと、メッセージカードも。
其処には、「安楽な夢を見る前に、このボタンを押す事」と、書かれていた。
眠る前までに、このレコーダーを聞けと言う事なのだろう。私は再生ボタンを押した。
「トリスタン・ベイリー。私の執事がしっかり仕事をしているなら、このテープが、君の聞く二つ目の言葉になるだろう。
これから、この屋敷では少し薄気味悪い事が起こる。だが、執事のせいでも、メイド達のせいでもない。私は、唯その者を招いて、ちょっとした悪戯を仕掛けただけなのだ。
そのハプニングを、君達がどのような名推理を持って、もしくは探求心を持って、潜り抜けるかを私は確認したい。
トリスタン。君に任されるのは、『観察者』としての役割だ。じっくりと周りを注意深く観察し、少しの事も忘れないように。
それがやがてヒントになり、一つの物語になるだろう。ああ、コニャックに毒薬は仕掛けられていないよ。それでは、良い眠りを」
そこまで再生したテープは、音を立てて停まった。
聞くものは聞いた。意味は明日考えよう。
私は、部屋に備え付けられていたガウン式のパジャマに着替えると、寝酒の瓶から少量をグラスに注いだ。
翌朝。瞼の裏で、部屋の中に光が差すようになったのを感じながら、夏の早い朝を夢現に過ごした。
年若かった頃の妻が、白いストローハットを被り、庭仕事をしている。
手が荒れると何度注意しても、彼女は素手で土を触りたがった。
夏の暖かい土は、故郷を思わせると彼女は常々言っていた。
よく洗ってある布製のグローブを渡すと、彼女は「仕方ない」と言う風な、曖昧な笑顔を浮かべて、華奢な両手をグローブの中に押し込む。
彼女は、笑顔で花壇にじょうろを傾ける。何ともない、夏の思い出である。
瞼を開けると同時に、その妻は、既に亡くなっていた事を思い出した。
「五年目か」と、私は呟く。それだけの時間をかけても、まだ亡き妻の面影を引きずっている。
もう二度と、彼女と共に、庭の花の手入れをする事も無いのだ。
一日目の夜に見た夢は、そのような美しく悲しい記憶であった。
シャワー室で汗を洗い流し、客室に戻って髪のセットを済ませていると、廊下からベルが聞こえた。
「ご朝食を用意いたしました。食堂にお出で下さい」と、執事の声が聞こえる。
ドアを開けると、セザーヌと出くわした。
「おはよう」と声をかけると、「おはようございます」と返ってくる。
「君の部屋には、テープレコーダーがあった?」と、食堂へ向かいながら聞くと、「はい。何だろう。これから何かあった時、『困った人が居たら進んで手を差し伸べなさい』って言うメッセージが入って居ました。ベイリーさんの所にも、何か?」
「ああ。『周りをよく観察して、それを忘れないように』と言われたね」
「どう言う意味なんでしょうね?」と、セザーヌは首を傾げる。
「何かの趣向かな?」と私が受け答える頃、食堂の入り口が見えてきた。




