アンドロイドヒロイン・アミカナの木曜日の午後:アリガトウの『う』
これは「時間戦士は永遠の夢を見るのか」本編の第9話「削られる日常」の「* * *」の部分に挿入される出来事になります。未来から来た女性タイムトラベラーであるアミカナは、自身がアンドロイドであることを隠して、大学生の志音と行動を共にしています。本編では描き切れなかった、互いに惹かれていく二人の心の触れ合いやすれ違いを描いています。本編未読でも、少しは楽しんで頂ける……ことを願っています。
<木曜日>
志音の街での球体との戦闘を受けて、半島にいた人々は、遠隔地に避難するために、内陸に繋がる道に殺到した。おかげで、街へと帰る道はどこも大渋滞となっていた。車列は一向に進む気配がない。ラジオでは、どこの局も戦闘に関する臨時ニュースを流している。暫くは聞いていた二人だったが、気持ちが陰鬱になるだけだと感じた志音はラジオを消した。動かない車の中は無音となる。重苦しい沈黙に耐えられなくなった志音は、ダメ元でしりとりを提案してみた。「何言ってるの?」と軽蔑されるかと思ったが、意外にもアミカナは乗ってきた。既に、何回戦目かの勝負になっていた。
「それはさっき言った」
「え~? そうだっけ?」
「じゃあ、またアミカナの負けね」
彼女は口を尖らした。志音の記憶力の良さから、アミカナの二回言いは見過ごされることがなかった。
「むかつく!」
腕を組むと悪態をつく。勝負事にはこだわる性格のようだった。志音は肩をすくめた。
「じゃあ、アミカナから始めていいよ」
「ムカツク!」
「いいから始めて」
「もう始めてる! ムカツクの『く』!」
……名詞じゃないんだけど……まあ、いいか……。志音は勝者の余裕を見せることにした。
「く……靴」
「つ……ツギハ ゼッタイ カツ!」
「何それ?」
イレギュラーな言葉の連発に、彼は苦笑した。彼女はちらりと彼を睨む。
「いいから! カツの『つ』!」
「月見」
「ミテロヨ オマエ」
「……お前って言うな」
志音が突っ込むと、彼女はとぼけた。
「別に志音のことじゃないわ。ただの言葉の羅列よ」
「……じゃあ、え……駅」
「き……き……き……」
それまで天井を見上げるようにして言葉を紡ぎ出していたアミカナは、不意に目を伏せた。両手を太腿の下に入れる。
「……キノウハ ハゲマシテクレテ アリガトウ」
「え?」
彼女の言葉に、志音は思わず聞き返した。彼女は俯いたままだった。
「……『え』じゃない。……アリガトウの『う』」
「ああ。……う……う……」
ただの言葉の羅列ではない。照れ隠し? しりとりに乗じて、感謝の言葉を伝えようとしている?……そういうことなら、自分も、何か伝えられるだろうか?……
「ウマク ゲンキヅケラレタ?」
調子を合わせた志音に、ハッとして彼女は彼を見た。二人で微笑み合う。
「た……タスカッタワ。アナタ、ヤサシイノネ。ホントウニ」
「に……に……に……ニンゲンガ デキテル カラネ。タヨッテクレテ イイヨ」
「よ……ヨカッタ。……」
そう言った彼女は、一度息をついた。不意に彼の方を向くと、真顔で身を乗り出す。
「……私は、あなたともっと一緒に居たい。あなたもそう思う?」
青い瞳で見つめられて、志音は混乱した。え、しりとりのはずでは?……。彼の言葉を不安げに待つような彼女の表情に、彼は心を掴まれた。
「……う……うん……」
思わず頷いた志音に、彼女は微笑んだ。
「はい! 志音の負け!」
「……は?」
よほど間の抜けた顔をしていたのだろう、彼女は嬉しくてたまらないというように声を出して笑った。久々の勝利に興奮したのか、両手で顔をあおぐ。
「志音は心理戦に弱いね!」
弄ばれたと気付いて、彼は体中が熱くなった。一瞬本気にした自分の愚かさを悔いる。まるで、結婚志願者に無理難題を押し付けて翻弄する、おとぎ話の姫のようだ。男心を何だと思ってるんだ……
「……うるさいよ……」
ぶっきらぼうに言って、彼は窓を開けた。勢いよく風が吹き込む。違和感を感じて彼が振り返ると、彼女も窓を開けていた。ちらりと彼を見る。その瞳には、勝利の優越とは違う色があるような気がした。
「……ごめん……調子に乗った……」
窓の外を眺めて、彼女は呟いた。
「え?」
驚いて彼女を振り返る。彼女は窓の外を眺めたままだった。
「……でも、嘘は言ってないわ……。ハゲマシテクレテ アリガトウ……」
「……ああ……」
「……『あ』じゃないわ。アリガトウの『う』……」
彼は苦笑した。いつの間にか、次のしりとりが始まっているようだった。
……う……う……嘘は言ってないって……どこまで?……
一人呟いた彼は深く息をついた。球体の目的、歌の意味、昨夜の叫び声とため息、神社でのやり取り、今の彼女の言葉……何もかも、謎だらけだ……
考えることを諦めた彼は、正面の車列に目をやる。赤いテールランプはどこまでも続いていた。
「……進まないね……」
彼が言うと、彼女も前を見据えた。テールランプを追った目線がやがて遠くを見る。彼女は苦笑した。
「……そうね……何もかも……」
お読み頂きましてありがとうございます。もう一編用意できました。さて、本編の隙間も大分少なくなってきました。一方では仕事の都合もありまして、年内に、もう一編くらい書けるといいなと思っております。ここまでお付き合い頂きまして、本当にありがとうございました。




