校正者のざれごと――どうしてそんなに長いのか
校正をしていてキレそうになるポイントは、実はこんなところにも潜んでいる。
校正を始めてわりと初期のころから、介護保険に関する仕事を定期的に担当している。介護保険の制度は1997年に成立し、2000年から施行された。介護支援専門員や介護施設に関することなどが「介護保険法」という法律に定められている。校正の仕事で扱うのは、ケアマネジャーの資格試験の問題集や、「よくわかる! 介護保険のしくみ」などといった実用書になる。
長年扱っているのでいまではすっかり慣れてしまったが、初めのころは非常に戸惑った。それは、この介護保険制度で定められている各サービスの名前の長さ。「通所介護」「通所リハビリテーション(デイケア)」などは短いし、わかりやすい。でも、一般的に「グループホーム」といわれているサービスは正式には「認知症対応型共同生活介護」と法律に書かれている。これは要介護の人向けなのだが、要支援の人向けになると、「介護予防認知症対応型共同生活介護」になる。長い。校正のさい、このサービスが本来入るはずのところに入っていないと、手書きで「介護予防認知症対応型共同生活介護 もイレル?」などと書かなくてはならない。ほかにもある。2つ並べてみる。
「地域密着型特定施設入居者生活介護」
「地域密着型介護老人福祉施設入所者生活介護」
やっぱり長い。そして「地域密着型サービス」に分類されるこの2つは、よく見ると前者は「入居者」、後者は「入所者」になっている。もちろんちゃんと意味があって使い分けているんだろう。でも、校正者にとってはある意味落とし穴なんじゃないかと思う。
さらに校正者を悩ませるのが、この制度を支えるさまざまな基準。内容うんぬんではなく、基準の名称がとにかく長いのだ。
介護保険サービスを受けるためには、介護支援専門員に相談して「サービス計画」を作る必要がある。これを担うのが「居宅介護支援」というサービスで、「指定居宅介護支援等の事業の人員及び運営に関する基準」に定められている。まあ、この程度ならさほど長くはない。これと同じく要支援の人に「サービス計画」を作るサービスが「介護予防支援」というもので、これの基準はこうなる。
「指定介護予防支援等の事業の人員及び運営並びに指定介護予防支援等に係る介護予防のための効果的な支援の方法に関する基準」
――こんなに長くする必要ある?
作った人の熱い気持ちが込められているのかもしれない。それにしても、もう少しシンプルにできないものだろうか。この基準が本来入るべきところに入っていないのを見ると、絶望する。これ、やっぱり全部書かなきゃだめだよね。校正者が書いた文字が間違えていたらシャレにならないので、一字ずつ慎重に書く。さらにもうひとつ紹介する。
「指定地域密着型介護予防サービスの事業の人員、設備及び運営並びに指定地域密着型介護予防サービスに係る介護予防のための効果的な支援の方法に関する基準」
そう、長い基準名はひとつではないのだ。実際のゲラ(校正紙)では、前に同じ基準名があれば「同基準〇条」とすればいいので問題ない。ところが、間に違う法律名などを挟むと、混乱を避けるため、もう一度この基準名を書かなくてはならない。でも、どうしてももう一度書く気にはならないので、基準名を「A」とし、「A ハイル」などとすることで何とか書くことを回避する。
ここで、じゃあいちばん長い法律はどうなっているのかと検索してみると、参議院法制局のホームページにこんなものがあった。
「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定及び日本国における国際連合の軍隊の地位に関する協定の実施に伴う道路運送法等の特例に関する法律」
もちろんこんな長いもの、いちいち打ち込んだりしていない。コピペだ。ちゃんと読む気にもならない。
長い法律名にはそれなりにちゃんと意味があって、もちろん校正者を困らせるためにできているわけではない。わかっていても、つい恨み言を言いたくなる。
やっぱり、民法とか刑法とか、シンプルなほうがいいよね。薬事法とか。
と油断していたら、薬事法は名前が変わってしまった。
「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」
通称は「薬機法」。薬事法よ、 お前もか。障害者自立支援法も「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律」になった。
もうこのくらいにしておこう。たぶん、法律名が長くなっても日常生活にはなんの支障もないし、誰も困らない。長いからって必ずしも悪いってもんじゃない。たとえば、B′zさんの「愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない」名曲だ。ちなみにこの曲のタイトルを見ると、マレーシアのスーパーで売っていた木べらについていた説明「木製品は鍋の表面を傷つけやすくない」という不思議な日本語を思い出す。
さて、気を取り直して今日もe-Gov法令検索と格闘するとしよう。