第3話「模擬魂の囁き」
使えるかもしれない。
俺は、模擬魂を片手に、ベッドの支柱に革のベルトを巻きつけた。
そして自分の左手首をそこに固定する。簡単には抜けないよう、きつめに縛った。
また転がり回って机をなぎ倒すなんて、もうごめんだ。
模擬魂の光は、かすかにまたたいている。
スライムよりも弱い……いや、もはや虫か、小動物レベルじゃないか?
それでも、俺の中で、何かがざわついていた。
右手で、玉に触れる。
その瞬間、胸の奥が一瞬だけ焼けつくように熱くなった。
(……よう。見てたぜ。古き伝統ってやつは、ほんと嫌になるな。災難だったな、スライム君)
誰かの声が、意識の中に響いた。
男の声。軽く、飄々としていて、少しだけ哀れみを含んでいるような——そんな声だった。
(……だれだ?)
(まあ、だれでもいいじゃないか。それより、あれ、恒例行事なんだぜ)
(……恒例?)
(ああ。平民に、スライムじゃなくてスライムキングを模擬魂でぶつけて、魂を乗っ取られかけさせる。
模擬魂で完全に乗っ取られることはない。ただ、しばらく“スライム的”な行動をとってしまうだけさ)
(……)
(それで、貴族様に教えるんだよ。“テイムは危険”ってな。そして平民の自信を、こう、ぐしゃっとへし折るんだよ)
(そんな……)
(運が悪かったな。まあ、だしにされたってことだ)
(……)
(テイムは魂同士の戦いだ。貴族は自尊心が鼻から強い。親がドラゴンテイマーなら、火トカゲぐらいは素で従うと思ってる。 実際、ほとんどの場合、それだけでテイムできる。今日のお前の失敗でより一層自尊心が高まるって寸法さ)
(だが、平民は違う。まず、“お前”という洗礼の儀式で、びびる)
(スライムですら強敵だと思い込む。すると、本当にスライムすらテイムできなくなる)
(……最初は、そんなもんだ)
(……俺が、戦い方を教えてやろうか)
(……見返りは?)
(あいつを、もう一度……)
(……あいつ?)
(お前はまだ知らない。だが、いつか出会う。俺の望みは、その時にわかる)
(そのときのために、お前には“魂の力”を知ってもらう必要がある)
(……お前に託す。俺の戦いの続きを)