第16話「導きと崩壊」
お前たちは、雷におびえていた、あの時の私。
……そのとき、私はまだ幼くて、ただ扉の奥を見つめていた。
ムチの音。ろうそくに照らされた光。よくわからないまま、それを「強さ」だと思った――
あのとき私は知ったの。魂の強さは、痛みとともに鍛えられるのだと。
……でも安心なさい。今は私が、導いてあげる。
バシィンッ! 訓練場に鞭の音が響く。
「いだだだっ、ミ、ミリアさま、今のはちょっと強すぎませんかっ!」
「そ、そうです、父ちゃんのげんこつより痛いんですけどぉおお!」
ワンとヴァイが、同時に地面に倒れ込み、わちゃわちゃと痛がっている。
しかし、その目は淚目ながらも、どこか覚悟の光を宿していた。
(お父様は、痛みに耐えて、魂を鍛えていた。 ……だから今度は、私が痛みを与えて、魂をみちびく番なのよ!)
ミリアは、涼しい顔で鞭を巻き取ると、ふたりを見下ろして言った。
「……甘ったれたことを言うのはそこまでよ。これは魂のトレ……いえ、禊よ、魂の禊…欲望に負けないための!」
シュウは、訓練場の端でその様子を見守りながら、そっとつぶやく。
(……貴族は本当に日々こんな過酷なトレーニングを行っているのか……
もしそうだとしたら、俺は……)
珍しく、模擬魂が答える。
(そうだな、俺も、お前をすこし甘やかしていたのかもな……。 まぁ、このトレーニングは無理にまねしなくてもいいと思うぞ)
ふたりの平民はやがて立ち上がり、深く息を吸って――
「ミミック、テイムしてみせますっ!」
「行ってきます、ミリア様!」
その背中には、かつて見たことのないほどの決意が宿っていた。
彼らを送り出したミリアは、ふっとひとつ笑み、鞭を肩にかついで、無言で見送った。
* * *
その日の夕方。 訓練場の脇に、ざわめきと熱気をはらんだ列ができていた。
「ここに一列に並んでくださーい、そこ、通行の邪魔になるので、あけてくださーい」
「最後尾はこちらでーす」
ワンとヴァイの成功が噂となり、「魂の禊」に挑戦したいという平民が増え始めていた。
「ミリア様がミミックのテイムに導いてくれるらしいぜ、おれ、なんどやっても駄目だったんだよね」
「まじで?俺もいくいく」
「……また来てしまった。」
「三回目なんだけど……」
と何度も並ぶ者もいる。
「ミリア様にお仕置きされたい……」
「俺叩かれて何か、目が覚めました……ミリア様」
と目を潤ませる者もいる。
「はいはい、順番守って並んで、服は脱ぐな、まだ早い!……って、俺なにやってんだよ……」
シュウはぼやきながらも、一人ひとり平民を誘導していた。
その横では、ミリアが毅然と鞭を掲げ、ひとりひとりに向き合っている。
「あなた、何が大切なの?」
「俺の大切なものは……」
「おそい!何が大切なのか、すぐに答えなさい」
ビシィッ! 乾いた音が響いた。
「あいってええええっ! は、はいっ!」
「礼も言えないのかしら?」
「あっ、ありがとうございますっ……!」
いつもはシンとした訓練室が、鞭の音と、絶叫と、熱い息遣いで満ちていく。
だが、魂の空間から帰還するたびに、平民たちの表情は変わっていた。
自信、誇り、そして希望——
叩かれることで、なぜか彼らは立ち上がっていく。
痛みの奥に、何か大切なものがあると信じたくなったのかもしれない。
(ほんとうに……魂のトレーニングになっている……)
模擬魂がまたつぶやく。俺の知ってる“鍛錬”とは違う。でも——
(うーん、こういうトレーニングもありなのか……
現実の痛みが、魂の空間にまで届く?
……俺にも、まだわからない世界があるとはな)
* * *
その光景を、訓練場の外れからじっと見つめる男がいた。
学園の教官だ。温厚な外見とは裏腹に、学園の秩序を守る番人である。
「馬鹿な……平民が、次々とミミックのテイムに成功? こんな事例は記録にない……」
「……ミミックは、本来“壁”のはずだ。誰でも超えられるような存在じゃない。特に平民にとっては……」
絶望を噛み締めるような顔で、ミリアに鞭で打たれている生徒を見つめる。
「くぅ、平民ばかりを……あのような……導き方で!」
「まずい……このままでは学内の秩序が崩壊してしまう……!」
だが、その瞬間、自分の中でも何かが崩れた。
「あああああっ……!」
男は頭をかきむしり、顔をゆがめながら、声を殺しきれずに——
「わ、わたしも……叩かれたいっ! ミリア嬢ぉぉぉぉ!!」
「……はっ!」
気づけば、男は列の最後尾へと整列していた。