第13話「マネートラップ」
ど、どういうことなのかしら。
平民のくせに、この私に金を貸してほしいですって?
ミリア・グランセリオに向かって? ありえない、ありえない、ありえませんわ!
ふん、冗談も休み休みにしてほしいわ。
平民に施すなんて、教育に反するもの。
お父様だって言ってたわ。
「平民に恵むとつけあがる、搾り取るもの」って。
でもまあ、話ぐらいは聞いてあげてもいいわ。
暇つぶしにはなるもの。
「で、何の用なの?」
スライムやろう――じゃなかった、シュウがぺこりと頭を下げた。
珍しいわね、平民のくせに、礼儀だけは人並みにあるじゃない。
「実は俺たち、自由に模擬魂の練習ができるようになったんで、オークとリザードに挑んだんです」
「オークとリザード? ふぅん……」
「それで、何回か挑戦して、全員テイムできました」
(私は……まだ一匹もテイムしてないけど!?)
「で、次の相手がミミックなんですが……」
ワンとヴァイが目を伏せる。なんだか空気が重い。
「何度挑んでも駄目で……その……お金の誘惑に……」
「お金の誘惑……?」
「金貨とか、宝石とか……幻影に出てくるんです。どうしても、手が伸びちゃって……」
あきれた。
そんな理由で失敗してるなんて、みっともない。
でも、ミミックの情報を得るにはちょうどいいかもしれない。
こいつらを使えば、ノーリスクで対策が立てられる。
「それで、ミリアさまにお金を借りて、それを持って望めば、いけるんじゃないかって……」
……バカじゃないの。
でも、興味がわいてきたのも確かだった。
「とりあえず、ミミックとの戦いの詳細を話しなさい」
三人が順に話す。幻影に出てくる金、家族、夢……どれも、貧しい平民が飛びつきそうなものばかり。
だけど、妙に胸がちくりとするのは、なぜかしら。
「あなたたちは、なんのためにここに来ているのかしら」
三人が、ぽつぽつと話し出す。
病気の妹に薬を買うため、親の借金を返すため、自分を証明するため……。
(……そんなの、私は……)
言葉にならないものが喉につかえる。
「あなたたちの気持ちは、正直、わからない……でも、このままでいいのかしら?」
三人が顔を上げる。
「いやだ、絶対成功してやる!」
「もう一回、やらせてくれ!」
「今度は……勝つ!」
その気迫は本物だった。
けれど――
……また、負けた。
幻影に抗えず、金に手を伸ばし……現実世界で、ふにゃふにゃとその場に倒れる。
(イライラする……見ていられないわ)
「もういいわ。私が手本を見せてあげる!」
三人がぽかんと口を開ける。
「えっ、ミリアさまが?」
(しまった、勢いに任せて、つい)
「え、ええ、どうせ暇だったし。あなたたちがあんまり情けないから、ちょっとだけ、お手本を見せてあげようと思っただけよ!」
勢いのまま、個室に足を踏み入れる。
「あなたたちは……そ、そこで、ちゃんと見てなさい!」
言ったあとで、ほんの少しだけ、不安がよぎる。
(……誰も見てなかったら、ここまで言えなかったかもしれない)
――べ、べつに怖いわけじゃないし!
と、心の中で言い訳しながら模擬魂に手を伸ばす。
指先が触れた瞬間、空気が一変した。
……しん、とした空間。
「ここが魂の空間?」
「さて、どこにいるのかしら」
探しても、ミミックは見当たらない。
「ふひひ……こ、ここです……よ……」
いまにも消えそうな声が聞こえる。
足元を見る。
あ……踏んでた。
「あまりに小さくて気づかなかったわ」
つまみ上げて、そっと掌にのせる。
「へへへ……たすかりました……お礼に……」
小さな宝箱の形をしたミミックが、ぱかりと口を開けて金貨を見せた。
「これが欲しいんでしょう……?」
「そんな金で、私が動くと思って?」
(ぐぎぎ、金で動かんのか、ではこれでどうだ)
すぐに宝石に変わる。
「美しいでしょう……?」
(宝石ではどうだ。この輝きを見れば大概の人間は……)
「ふん」
と鼻で笑って、髪を一振りする。
「私は美しいから、宝石なんて必要ないわ」
(ぐ、ぐぎぎぎ……そんなバカな……この反応、初めてだ……!だが、こいつにも何か物欲があるはずだ……)
ミミックは少し沈黙し、今度は……白銀の紀章を見せてきた。
「これはいかがでしょう?」
その時。
「それは……っ!!」
胸の奥で、何かがぶちっと音を立てて切れた気がした。
「それは、私が実力で勝ち取るもの! お前なんぞが軽々しく見せていいものではないわ!!」
右腕を大きく振りかぶり、
「こんなもの——願い下げよっ!!」
ビュンッ!!
ミミックを全力で投げ飛ばす。
パンッ!
空間がひび割れ、音を残して砕け散った。
手が模擬魂から弾かれ、意識が現実に戻る。
「……あれ?」
三人の平民がぽかんとこちらを見ていた。
「テイム……できたんですか?」
私は、ふふんと鼻を鳴らす。
「あんな魔獣、こっちから願い下げよ」
三人は目を輝かせる。
「すげぇ……!」「テイムせずに戻るなんて……!」「逆に勝ったようなもんじゃないか?」
ちょっとだけ、後悔する。
(しまった……テイムしておけば……)
「まあ……私には、あんな下品な魔獣、似合わないわ」
強がって言い放ち、くるりと背を向ける。
でも。
魂の駆け引きに手ごたえを感じていた。掌に、まだ少し、熱が残っている気がした。
さて。
「次は……あなたたちの番よ」
三人の平民は顔を引き締め、頷いた。