第11話「最強と最弱の狭間で」
(お前は、クソの最低最弱の弱虫野郎だ)
(何言ってんだ、こいつ……)
黒ずんだ模擬魂が、じわりと熱を帯びる。
(気分がいいのはわかる。お前ら三人、よくやったよ)
(でもな、勘違いするな。あれは「ゴブリン」だ。スタートラインに立っただけだ)
魂に、ざわりと波紋が走ったような気がした。
(そんなこと……わかってる。でも、今くらい素直に喜んだっていいだろ)
(ああ、だからこそ言っておく。お前が一番「壊れやすい」時期だからな)
(……は?)
(見せてやろう)
ここは、俺は竜に乗って飛んでいる? 空気が薄く、肌に当たる風は鋭い。眼下には雲が流れ、その下に見える山や森は、まるで積み木のように小さく整っていた。気を抜けば、すぐにでも振り落とされそうだ。これが、竜の見ている景色……世界がきれいで、そして、驚くほど小さく見える。
(これは……模擬魂の奥底に刻まれた、誰かの記憶だ)
(これが俺が見ていた世界だ)
上空だと、仲間の配置が見える。戦場の流れを上から読めるという優越感。竜の影を見るだけで、魔物は逃げ、音を立てて道が開けていく。
竜の腹が膨らむ。低く、喉の奥を震わせるような音が響いた。空気がびりびりと震える。まるで雷の前触れのような、息を呑むような静けさの中——
次の瞬間、竜の口から轟音が吐き出される。
「ゴオオオオッッ」という咆哮混じりの熱風が、前方の森をなぎ払った。
俺が指を向けるだけで、森が焼け焦げ、魔物たちは悲鳴すら上げずに霧散していく。
「いい子だ、そのまま、掃除してくれよ……俺の道をな」
俺は指をひと振りした。道が割れる。進路が開く。それが当然のように思えていた。
竜も、仲間も、戦場も——すべてが、俺のために。
(こういうこともあったな)
竜に乗って、上空から全体を見下ろしていると、一人、動きの鈍いメンバーが視界に入った。地上での位置が悪い。あの場所では、竜のブレスが味方にかかってしまう。俺は即座に指示を飛ばす。
「おい、そこの位置じゃブレスが撃てねえ! もっと横にずれろ、回りを見ろ!」
風を切って飛ぶ中、俺の声は大きく響いた。地上の彼がびくりと動き、慌てて場所を変える。
「ちっ……次からは気をつけろよ。足引っ張るな、先に進むぞ」
舌打ち混じりにそう言って、俺は竜の進路を指で示す。まるで隊長気取りだった。地上に降りた今も、竜の背中は高く、俺の声は誰よりも大きく、誇らしげだった。
「ははっ、雑魚どもは道を開けろ」
竜が歩くだけで、森に潜む魔物たちが悲鳴を上げて逃げていく。小さな群れは音を立てて散り、牙を剥く間もなく消えていく。俺は胸を張って笑った。
まるで、竜が世界の王で、俺がその王を従える王だったかのように。
「ヒユッ」
そのとき、不意に風を裂く音がした。
次の瞬間、鋭い痛みが足を貫いた。矢だ。右足のふくらはぎに、赤黒い柄の矢が突き刺さっていた。視界の端に、岩陰から飛び出した小さな影が見えた。見くびっていた。雑魚なんかじゃなかった。
「おいっ、お前ら何やってんだ!」
怒鳴り声が喉の奥から飛び出した。足の激痛に耐えながら振り返ると、目が合ったやつがいた。けど、首をすくめて目をそらした。
手を出せば届く距離にいるのに——誰も動かない。
誰かの手から滑り落ちた武器が、石の床を転がっていく。耳をつんざくほど静かな中、それだけがはっきり聞こえた。
援護の声も、駆け寄る気配もない。
俺は助けを求めた。でも——返ってきたのは、沈黙だけだった。
俺は、ただの的だった。
(俺は何を見せられていたんだ?)
(典型的なテイマー様だよ)
(平民でも、貴族でもだいたいこうなる)
(ドラゴンにまたがると、自分まで最強になった気がする)
(力を借りてるだけなのにな)
(でも、それが一番、命を落とすパターンさ)
(もし、この後、ドラゴンを操るテイマーが死んだら?)
(「放たれたドラゴン」がどうなるか……お前なら想像できるよな?)
(そう、地獄絵図だ)
(守るフリだけはするんだ。ちゃんと)
(でも気づけば、お前が一番危ない位置にいる)
(俺もそうだったよ。守られてると思ってた。……最後までな)
(だから、お前は、自分をクソの最低最弱の弱虫野郎だと「思い込め」)
(同時にお前は、最強の竜を手なずけるS級のテイマーになる)
(そして、お前を壊すのは——他の誰でもない、「そのつもり」になったお前自身だ)
「最弱で最強、そんなこと……俺にできるのか?」