第10話「つかの間の勝利」
「おい、次、どっちだ早くしろ」
教師がいら立って声を上げる。
教室内は張りつめた空気に包まれていた。模擬魂を使ったゴブリンのテイム演習が続いている。
ワンが、一歩、前へ出た。
「お、俺が行きます。」
教師のややいらだった声に、ワンがすこし萎縮している。
「緊張するな」 俺は背中にそっと手を当てた。
ヴァイも俯いたまま、小さく息を呑んでいる。
——大丈夫。きっとやれる。
俺の心にも、正直まだ怖さはあった。
けれど、それ以上に今は、信じたかった。
ワンは口を真一文字に結び、歯をくいしばるようにして模擬魂へ手をかざす。
世界が沈黙する。
魂の空間——灰色の霧が広がる世界。
そこにいたのは、ゴブリン。
(こいつなら——!)
ワンは強引に踏み込んだ。
魂の引っ張り合い。
ゴブリンの抵抗は、あっけないほどだった。
数秒後、霧が晴れる。
「成功だ」
教師の声。
ワンが両手をぶるぶると振って戻ってきた。
「お、おれ……やった?」
「やったよ」
「っしゃああああああ!」
ガッツポーズ。同期の平民たちが、思わず声を上げる。
次はヴァイだった。
彼は、模擬魂に触れた瞬間、深く息を吸い込んだ。
目を閉じ、霧の世界へ入っていく。
……ヴァイの世界は、静かだった。
揺れる水面のような魂の気配。
ゴブリンは、小さな舟のようにそこに浮かんでいた。
その魂に、ヴァイはそっと触れた。
(大丈夫。お前も、怖いだけだろ)
優しさとも違う。ただ、共鳴するように——魂を包み込む。
次の瞬間、霧がふっと消えた。
「よし、成功だ」
教師の言葉と同時に、ヴァイは目を開けた。
その瞳の奥に、光があった。
「やった……できた……」
小さく呟いた彼の声を、俺はしっかりと聞いていた。
3人並んで、しばし沈黙した。
その沈黙が、何よりの証だった。
(俺たちは——やれたんだ)
教室の隅で、貴族たちがざわつく。
(俺たちはテイマーになれたんだ! ようやく……スタート地点に立てた)
テイマーは、「最初に魂を結んだ種族」がすべてだ。
模擬魂でもテイムを成功すれば、その瞬間から〈テイマー〉のジョブが開かれる。
「は? ゴブリン? そんなの誰でもできるわ」
「平民が調子に乗ってんじゃねぇよ」
貴族たちのあてつけのような笑い声が、教室のあちこちから漏れてくる。
教師が、それを制するように咳払いを一つ。
「本日の実技は以上。各自解散」
◇
夕暮れ、寮の部屋に戻る。
扉を閉めた途端、ずしりと疲れが押し寄せてきた。
ベッドに倒れ込む。大の字になって、天井を見上げる。
(やった……俺たち、やれたんだ)
ポケットの奥から、黒ずんだ模擬魂を取り出す。
光は相変わらず弱々しいが、どこか、前よりも脈打って見えた。
「……見てたか?」
問いかけるように、呟く。
魂の奥で、かすかに何かがうねった気がした。
貴族どもの冷笑を、ほんの少しだけ黙らせた気がした。
いつもなら下を向いていた俺たちが、今日は胸を張って教室を出た。
嬉しかった。
少しだけ、見返した気がした。
その時だった。
(——お喜びのところ悪いが、お前に言っておくことがある)
脳の奥に、ざらりとした声が響いた。
(お前は、クソの最低最弱の弱虫野郎だ)
その声は、嘲るでもなく、ただ事実を突きつけるようだった。
ぬるく、冷たく、そして妙にリアルだった。
(はぁ?何言ってんだこいつ?)
思わず心の中で声が漏れた。