3話
会計を待つまで、僕は上着のポケットからナイフを取り出して刃をパチンと開いた。
この刃が、医療用のメスみたいにとっても薄くて綺麗なんだよ。
でも薄いからって侮っちゃいけない。「ヒステリア・ロック」から保護された当初の僕は武器としての刃物が手元にないとすぐに感情が昂っちゃう状態でさ。
刃物を取り上げられた僕はいつサイコスルーからサイコになっちゃうか分からないくらいの錯乱を起こした。
刃物依存症とでも言うのかな。武器としての刃物がどうしても必要だった。
サイコスルーは治療に必要だと医師が判断した場合、ある程度の法規を超えた資格みたいなもんを与えられてる。
普通のナイフを持ち歩くのを許可されてた時期に、僕はとある猟奇殺人事件を猟奇的に解決した。
裁判になり、その後すぐ木更先生が大学の同期に連絡をとって、刃物に強迫症的なこだわりを持つ僕の為のナイフを作ってくれた。
薄くても特殊な素材でコーティングされてるから刃先はこぼれないし、一体何の素材でどうやって出来ているのか、金属バットを受け止めたって折れるどころか歪みもしない僕だけのナイフを作って「処方」してくれた。
他にも色んな刃物が家のナイフケースにあるよ。僕が持ち歩くのはこのメスみたいなフォルディングナイフだ。もちろん銃刀法違反なんだけど、障害者手帳を見せれば警察はあっさり引く。
僕はナイフをしまうと視界にウィンドウを呼び出し先程のニュース記事を読んだ。
事件現場はドレミファ公園という公園とは名ばかりのベンチとオブジェがおいてあるだけの空き地(この街にはそういうちょっとした公園が何個かある)に生えている木に、全身の血が抜かれた身長175センチの男性の死体がワイヤーで吊るされていたのを下校中の小学生が発見。死因は絞殺。吊るす為のワイヤーと同じ物で頸動脈を圧迫したものと思われる。
まとめるとこんな感じだった。
「受付番号317番までの方、会計が済んでおります」
「詩音、公園に寄ってから帰ろうか」
あまり事件現場なんて死の匂いが濃い場所に彼女を連れていきたくはなかったが、別々に帰ってサイコと遭遇したら最悪だ。いや、したらじゃない。僕の経験上、確実にそうなる。彼女は狂気から妄執的に愛されているのだ。
パーカーのポケットのナイフの手触りを感じながら、僕は詩音を連れて歩く。
刃物ほど単純で、機能的で、原始的で、何より美しい道具を僕はしらない。何かを切断すること。繋がっているものを突き刺し、切り裂く為だけの道具が、原始時代から今まで人間の手に握られてきた。
人類の相棒は犬だと言う。僕は刃物だと思う。
ドレミファ公園についた。警戒線のテープは公園の奥を塞ぐように張られていた。木の奥の開けた場所で、ニュースで知って事件現場に寄ったというのに、警察はまだ仕事を終えていなかった。隣街でも女の目玉を抉る傷害事件が起きているし、人手不足なんだろう。これでも猟奇殺人なのでかなり人員が割かれているはずなんだが。
スマートレンズで拡大して、木のワイヤー跡、地面の血を確認する。血の跡は半畳より小さいほどだった。
「お腹が空いていたんだね」
飲んでる。僕も詩音と同じ考えだった。
「さあ、帰ろう。物騒だから家まで送るよ」