2話
心療内科のBGMが耳に染み付いて離れないなんてのは、歌詞なんかでよくある話だけれど、ここの精神病院に流れてるのはゆんゆんのアニメソングかジャキジャキのロックンロールだ。
僕はそれが気に入っていた。病んだ思考を内側から止めるには、萌え萌えな可愛い歌声とかテレキャスターの歪んだ鳴き声などが最適解だと僕は信仰している。
ドアが開く。
「次、オトギの番だよ」
「了解」
僕は視界のウィンドウを閉じる。
受付番号310番の方、診察室にお入りください。
どこか電車の車掌に似た、繰り返しすぎて自分の言葉ではなくなった独特の抑揚で木更先生の声が聞こえた。
木更菜月は僕らが『保護』されてからの数年間、ずっと僕と詩音を治療している。いや、研究と言った方が正しいかもしれない。
それより、僕は今目に止まった通知欄のニューストピックが気になってしまい、立ち上がった姿勢で制止していた。
「お名前で失礼します。霞野御伽さん。霞野御伽さん。診察室にお入りください」
はいはい行きますよ。
「どうですか、詩音の様子は」
「君自身はどうなの?夜は眠れてる?突然不安で苦しくなったり、気分が落ち込んだりは?」
「まあ、ありますけど、薬飲んでれば寝れますし。ほら、僕って現実に膜張って物語みたいに眺められるって言ってるじゃないですか。あれで大抵は平気ですよ」
「一種の離人状態を自在にコントロールして心を落ち着かせるのは面白いけれど、解離性障害は知ってるわよね。記憶が飛んだり、ある日失踪したりする可能性があるのよ。薬を飲みなさい」
「発作が来たら飲んでますよ。怠薬はしてないです」
「離人状態に依存するのをやめなさい」
「はい」
ここまでは、決まり文句のような物だ。毎週毎週、同じやりとりの繰り返し。
「テストの結果だけれど」
テストとはもちろん試験ではなく臨床現場で使われる心理テストだ。ネットに転がってる占いではない、MMPIなど、専門機関でしか受けられない人格特性やその他様々な心理的な状態を検査するもの。サイコミームの拡大と共に対抗策として様々な信用に足る心理テストが考案された。いつ、どこで、誰が、どの程度頭がおかしいのか即座に判断する必要性が生じたからだ。
その中で最も重要視されているのはPSYと
呼ばれる、サイコかサイコでないか診断する為のテストだ。ほとんどの国で半年に一回、全国民が受ける義務を背負っている。
18450問の設問の内、500問が専門のプログラムによって選出され、被験者は質問に対しイェスが100%なら10、ノーが100%なら1を選ぶ。
スコアが40以上ならサイコと診断される。
一般人の平均は20。
サイコの平均は50。
僕は。
「PSYスコアは65。変化無しね。サイコ中のサイコ。完璧に頭のイカれたサイコスルー」
サイコスルーとは、サイコを発症しながら猟奇犯罪を起こさないで生活している者の事だ。サイコと診断された人のなかで0.02%ほどの稀な確率で、普通の精神病患者として生活出来る人がいる。僕や霧原詩音が該当する。
「なんでサイコスルーって分かるんですか。実は先週の水曜日、人を殺しました。夕焼け空が綺麗だったもので」
「分かるわよ。あんたがこーんなにちっちゃかった頃から見てるんだから。言っとくけどね。私を稀な事例を観察してワクワクしてる冷酷な研究者だと思ってるんならお生憎様。私はあなた達の治療を諦めてないし、あんたの事も詩音ちゃんの事も自分の子供だと思えるくらい愛してる」
降参だった。こういう素直な愛や優しさは、僕嫌いだ。
「詩音のスコアは」
「……87」
「2上がってますね。やっぱりあれですか。過剰な共感性」
「過剰な観察力と記憶力も影響してるけど、本質はそこね。最近サイコの事件が増えてたから……この超情報化社会でサイコの情報をシャットアウトするなんて不可能だし。本当、どうしたもんかな」
過剰な共感性、彼女は生来「相手の気持ちを考えて、相手の立場になって考えて、相手に寄り添う」力が過剰に突出しており、またそれは能力というより性格なのでコントロール出来ないのだ。サイコの気持ちを考えて、サイコの立場に立って、もしサイコと出会ったならサイコに寄り添う。
その性格の最大の問題は彼女のPSYスコアでは無い。
「先程、この街で全身の血が抜かれた死体が発見されたらしいです」
「分かった。警察にももう一度念を押しておく。あんたも傍にいてやりなさい。男の子なんだから。今日は終わり」
言われるまでも無かった。
僕が詩音を守る。
過剰な共感性でサイコに寄り添い、サイコを惹きつける体質の詩音を。
狂った世界でかわいそうなお姫様だったあの娘を、群がってくるムシケラ共から守る為に僕は生き残ったんだ。