第7話 デバッグルーム
22時10分。
電界島・東区ラボエリア。
財櫃は誰にも会わない様に物陰などに隠れながら、千戸浦のラボに向かっていた。
この時間だから誰も歩いてないと思うけど、もし、遭遇してしまったら終わってしまう。
だって、下水の臭いを漂わせてるんだよ。一応、アーティストなの。ファンがいるの。幻滅されたくないじゃん。
それにしても、マジで臭い。臭すぎる。あと、ロクスウォッチもなんか壊れちゃってるし。
最悪の2乗だよ。
財櫃は千戸浦のラボの前に着いた。財櫃はインターホンを押す。数秒もしないうちにラボのドアが開き、千戸浦が出てきた。
千戸浦は門扉を開けて、「お疲れ様」と財櫃に近づこうとする。
「来ないで。いや、来ない方がいい。臭いから」
財櫃は千戸浦から距離を取る。
流石になぎでも気を使う。
「気にしないのに」
千戸浦が近づいて来る。
「気にしなさい」
「頑張って来てくれた証拠でしょ」
「でもさ。汚いじゃん」
言葉は嬉しいけどさ。あるじゃん色々。
「今だけじゃん。汚れ落としたらいいだけじゃん」
「それはそうだけどさ」
「ごねると思ったからお風呂沸かしてるし、着替えも用意してるし、汚れた服を捨てるゴミ袋も用意してるし、色々と用意してるからラボに上がりなさい。これは命令です。従いなさい」
「なぎ、本当アンタって子は。……もう、もうよ」
財櫃は涙目になってしまった。
やばい、泣きそう。このお心遣い流石の一言だわ。伊達に大親友続けてないわ。
「有能でしょ」
千戸浦はカッコつけて言った。
「有能超えて神よ」
「はい。千戸浦和紗は神にランクアップしました」
「……ありがとう」
「こっちこそありがとう。じゃあ、入ろう」
財櫃と千戸浦はラボの中に入る。ラボの玄関にはゴミ袋が数袋用意されている。
財櫃は千戸浦に背を向ける。そして「お尻のポケットにUSB入ってるから」
「はいはい」
千戸浦は財櫃のスキニーパンツの後ろポケットからUSBを取り出した。
財櫃はロクスウォッチを腕から外して、「これって直せないよね」と、千戸浦に見せた。
「直せないね。残念ながら」
「わかった」
財櫃はゴミ袋の一つにロクスウォッチを入れた。
お気に入りのデザインだったけど仕方ない。
財櫃は汚れた服などを脱ぎ、ゴミ袋に入れていく。その後、全裸になった財櫃はシャワールームに向かった。
数十分後。財櫃はシャワーを浴び終えて、千戸浦が用意していた服に着替えた。
臭いが取れてよかった。本当によかった。それにしても、なぎの服はサイズが大きいな。まぁ、そうか。そうだよね。サイズあるもんね。
あれのサイズが。
財櫃は千戸浦のもとへ向かう。千戸浦はパソコンで作業を行なっている。
「ありがとう、シャワーとか色々」
「どう致しまして。なんか食べるなら冷蔵庫の中のもの勝手に食べていいから」
千戸浦はキーボードを叩きながら言う。
「わかった」
財櫃は冷蔵庫を開けて、飲み物と豆腐バーを手に取る。その後、冷蔵庫を閉める。
「あのさ、私が取ってきたデータで何するの?」
「デバッグルームに入れるようにする」
「デバッグルームって、あのデバッグルーム」
デバッグルーム。ゲーム制作者がデバッグ作業を行うしやすくする為に意図的に用意した領域。ゲームプレイヤーは基本的に入る事ができない領域。
「そう。あのデバッグルーム。ずるいとか言ってられないからね」
「クリアしないと意味ないもんね」
正攻法とか言ってられないし。どんな手段を使ってでもクリアしないと。
「そう言う事」
千戸浦はパソコンのキーボード叩き続けている。
ブラックスノウ・ファンタジー。洞窟内。
友成は体育座りしながら、メニュー画面をいじっていた。
和紗のやつ、俺の事忘れてないか。忘れてないよな。外にお出かけしちゃうぞ。冒険に出ちゃうぞ。
でも、洞窟の外に出て怒られたくないしな。真珠もだけど和紗も怒ったら怖いしな。本当に俺の周りの女子の怖い率高いな。
「お待たせ。遊ちゃん」
千戸浦の声が聞こえてくる。
「別に待ってないよと言いたいけど待った」
「あーモテないよ」
「うるせぇ。モテなくていいわい」
拗ねるぞ。拗ねてやるぞ。
「その思考が駄目なのよ」
財櫃の声も聞こえてくる。
「駄目ってなんだよ。てか、真珠か。無事なんだな?」
なんか、久しぶりに声を聞いた気がする。
「うん。おかげさまで」
「よかった、よかった。でも、憎まれ口はどうにかなりませんかね」
無事なのはよかった。でも、お口の悪さは違うな。違うだろ。
「ごめんなさいね。設定変更不可能なデフォルトなの
「くそだな。その設定くそだわ」
「クソクソ。語彙力がないのかしら」
「なんだと、こら?」
「やる気?」
「二人共止めてもらっていいかな。時間が勿体ない」
千戸浦の少し苛立っている声が聞こえる。
あ、これはやばい。俺も真珠も説教を受けるパターンになる。は、早く謝らないと。
「すみませんでした」
友成はその場で土下座して謝罪した。
「ごめん、なぎ」
財櫃の申し訳なさそうな声が聞こえる。
てか、ちょっと待て。俺には謝罪はないのか。いや、今はそんな事言わない方がいいな。和紗を怒らせない事が先決だ。
「二人共よろしい。遊ちゃん、早速だけど目の前にデバッグルームを出現させるから」
「デバッグルーム?」
友成は顔を上げて、訊ねた。
デバッグルームってデバッグルームだよな。
「うん。真珠ちゃんのおかげで入れるようになったから」
「マジか。それはありがとう。真珠」
何かしてもらったら感謝の言葉。これは親しい相手にも絶対。これは友成家の掟。
「どう致しまして」
財櫃の声は嬉しそうだ。
「卑怯だとか言わないでね」
千戸浦は言う。
「言わねぇよ。今回は仕方ない。卑怯とか言ってられるほど余裕ねぇし」
普通のゲームならズルなんてしない。でも、このゲームみたいな時は使えるものはなんでも使わないと。何が起こるが分からないし。
「ありがとう。じゃあ、出すね」
目の前にドアが出現した。この先にデバッグルームがあるんだな。
「入るぞ」
友成はドアノブを握る。
「どうぞ。入って」
千戸浦は友成にデバッグルームに入るように促す。
友成なドアノブを回して、デバッグルームに入っていく。
ブラックスノウ・ファンタジーのデバッグルーム。
デバッグルームの中は部屋一面真っ白。両側の壁の前に5体ずつ男商人NPCが立っている。
これがデバッグルームってやつか。ゲーム作る方はした事ないからちょっとワクワクするな。
「じゃあ、全員に話しかけてみて」
「了解」
友成は左側の一番手前のNPCに話しかける。
「最強になりますか?」
NPCが質問してきた。
「はいって答えて」
千戸浦の指示が聞こえる。
「はい」
「わかった。経験値を与えよう」
NPCが友成の肩に手を触れる。すると、友成のレベルが自動で上がっていく。
す、すげぇ。なんか、悪い事してるみたい。
NPCが友成から手を離す。
「遊ちゃん、それでレベルマックスになったから他のNPCにも話しかけて」
「了解」
友成は他のNPCにも話しかけていく。
これで魔王ラズルメルテを倒せるはずだ。