第5話 下水道の女神
「臭い。鼻もげそう」
財櫃はロクスウォッチのライトで足場を照らしながら下水道を歩いていた。
悪臭が漂っており、下水は汚れており、壁にはカビが生えている。
ドブネズミやゴキブリがいつでも出てきそう。
「頑張って。あともう少しで東区と中央区の境に着くから」
財櫃の耳に付けているイヤホン型トランシーバーから千戸浦の声が聞こえる。
「わかった。でもさ、このトランシーバーはともかく、このヘッドライトいる? 超ダサいだけど」
連絡手段は多い方がいいと思うけどさ。光はロクスウォッチのライト機能だけでよくないかな。締め付けきついし。マジでダサいし。これ、ファンの人達に見られたら幻滅される。
それに何よりも遊に見られた半年ぐらいは笑いのネタにされる。
「もしもの時の為だよ」
「もしもなんてあったらごめんよ」
「たしかに」
財櫃はイライラしながら東区と中央区の境に辿り着いた。ただの行き止まりだ。
「なぎ、ポイントについたけど行き止まりだよ」
「壁にテンキーがあるはずなんだけど」
「テンキー? ないけど」
壁には何もない。
「触ってみて」
「触るの?」
汚いから触りたくないんだけど。
「うん。触って」
千戸浦の容赦ない指示。
「もう一回聞くけど触るの?」
「うん。触らないと前に進めないから」
千戸浦の声が少しキツくなった。
これ以上は聞き返せない。こう言う時のなぎって本当に怖い。遊でもきっと怯えるに違いない。
「……わかった。わかりましたよ」
財櫃は深呼吸を一度する。そして、「頑張れ、私。遊を助ける為だから」と言ってから、壁を触った。
すると、ポチッと音がした。
その次の瞬間、壁の一部が上にスライドして、テンキーが現れた。
「テンキー出てきた。テンキー出てきたよ。なぎ」
財櫃は少し興奮気味に驚いている。
スパイ映画みたい。ちょっと、テンション上がっちゃった。
「じゃあ、今から言う数字を入力して」
「了解」
財櫃は千戸浦の指示通りに数字をテンキーに入力する。すると、壁が横にスライドして通れるようになった。
「開いた。開いたよ」
財櫃は嬉しそうに言う。
今の私ってスパイ映画の主役じゃん。不謹慎だけど。
「うん。じゃあ、進んで」
「わかった」
財櫃は奥に進み始める。
「ちょっと聞きたい事があるんだけど」
千戸浦の声がイヤホン型トランシーバーから聞こえる。
「なに?」
「さっきさ。道通れるようになった瞬間、『今の私ってスパイ映画の主役じゃん。不謹慎だけど』って思わなかった?」
「思ってないよ。思ってない」
財櫃は食い気味で否定した。
なぎも菱乃さんと同じでたまにだけど、エスパーのように心の内を読んでくる時がある。
「思ってたんだ」
「思ってない。さっさと行くよ」
財櫃は歩くスピードを上げた。
財櫃は中央区にあるメモリー・パラダイスの真下にたどり着いた。中央区の下水道も東区と同様汚い。
「扉かなんかない?」
千戸浦の声がイヤホン型トランシーバーから聞こえてくる。
「あるよ、扉。それとテンキーも」
財櫃の視界の先には扉が見える。扉の横にはテンキーがある。
「じゃあ、またテンキーに数学を入力して」
「了解」
財櫃はテンキーの前まで行く。そして、千戸浦の指示通りに数字を入力する。すると、扉からカチャとロックが解除されたような音が聞こえる。
財櫃は扉のハンドルを握り、開けようとしたが止めた。
「あのさ、なぎ。この先のセキュリティとか大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。ハッキングし終わってるから」
「そうですか。そうですよね。流石有能幼馴染」
本当に有能すぎて怖い。どこまで先を考え出てるんだろう。部屋の片付けとか出来たら完璧女子なのにな。
「うん、自負してる」
「ナイス自己肯定力。じゃあ、入ります」
財櫃は扉のハンドルを回しながら押し開いて、部屋の中に入った。すると、自動で明かりがついた。
部屋中央には木の形をした機械が聳え立っており、周りにも色々と機械が設置されている。
「入ったけど、どこにUSBを差せばいいの」
「なんか木の形をした機械ない?」
「ある。物凄く大きいのが」
「じゃあ、それに差し込み口があるからUSB差して」
「了解」
財櫃は木の形をした機械の前に行く。木の形をした機械の前にはモニターと作業用のキーボードがある。
財櫃は屈んで、キーボードの下部にUSBが差し込み口がないかを探す。
あるとしたらここに違いない。
「あった」
財櫃の思った通りだった。キーボードの下部にUSBの差し込み口があった。
「なぎ、USB差すよ」
「お願い」
財櫃はスキニーパンツの後ろポケットからUSBを取り出して、差し込み口に差した。すると、突然、モニターの画面に「コピー中。残り99%」と表示された。
財櫃は声には出さなかったが驚いた。
いきなりはやめて。怖いから本当に。
「画面どうなってる?」
千戸浦の声がイヤホン型トランシーバーから聞こえて来る。
「コピー中って表示されてる」
「わかった。コピー終わるまで待機で」
「了解」
財櫃は千戸浦の指示通りに待つ事にした。
数分が経った。
モニターの画面に「コピー完了しました」と表示された。
「なぎ、コピー完了したって表示されたよ」
「じゃあ、引っこ抜いて戻って来て」
「了解」
財櫃はUSBを差し込み口から抜いて、スキニーパンツの後ろポケットに入れた。そして、扉を開けて、下水道の方に戻る。
あーやっぱり臭い。それに汗もやばい。早く戻ってシャワー借りよう。
財櫃は来た道を戻っていた。
突然。目の前に警備型AIロボット「アイゼンリッデル」が現れた。
アイゼンリッデルは西洋の騎士のような外見をしたAIロボット。
剣の形をした警棒「ソードステッキ」と防弾ガラスで出来た「ルパートシールド」を所有している。
どうしたものか?どうやって逃げる。
人格を持たないAIロボットだからAI三原則が適応されてるはず。だから、いきなり襲って来ないはずだけど。
「我が名は魔王ラズルメルテ様の忠実な部下ボルケイス。ラズルメルテ様の邪魔をする者は排除する」
アイゼンリッデルが財櫃にソードステッキを振り落とす。
「う、嘘でしょ。AI三原則は?」
財櫃はアイゼンリッデルの攻撃を避けながら言った。
AI三原則が適用されてない。そんな事ってあるの?
「何かあったの真珠ちゃん」
「なんか自称魔王の部下のアイゼンリッデルに襲われてるの」
「アイゼンリッデルに? AI三原則は?」
「守られてない。どうしたら倒せるor逃げれる」
「えーっと、10秒だけ時間をちょうだい」
「わかった。10秒ね。頑張る」
頑張るって言ったものの10秒ももたす事が出来るか。いや、出来ないと死んじゃう。
アイゼンリッデルはソードステッキ横振りする。
財櫃は屈んで避ける。
やばいやばい。死ぬ。走馬灯見えそうになったんですけど。
アイゼンリッデルが振ったソードステッキは壁に当たる。そして、壁が破壊され、地面に壁の破片が落ちる。
アイゼンリッデルは反動で身体が少しよろけている。
あと何秒だ。そんな事より避ける事だけに集中しないと。
アイゼンリッデルはソードステッキを縦に振る。
財櫃は横に避ける。片足が下水に浸かり、靴や靴下やスキニーパンツに水分が染み込んでくる。
最悪。本当に最悪なんだけど。絶対にこいつは許さない。
「ごめん。お待たせ。倒し方を教えるね」
「待ってました」
「どうにか背後に回って、うなじに強い衝撃を与えて」
「うなじね。任せて」
財櫃は力強く言った。
言ったはいいものの強い衝撃ってどう与えるの。それに背後に回る方法も考えないと。
財櫃は使えそうなものがないか周りを見渡す。
あの壁の破片使えるかも。
アイゼンリッデルがソードステッキを横振りして来た。
財櫃は屈んで、壁の破片を一つ手に取る。
もう一か八かだ。アクション映画に出た時に学んだあれをやるしない。
財櫃はそのまま壁に向かう。そして、壁走りをして、アイゼンリッデルの後方に回る。
「魔王の手下は勇者にやられるのよ」
財櫃はアイゼンリッデルのうなじに壁の破片を力いっぱいぶつけた。すると、アイゼンリッデルはバランスを崩して、下水に落ちた。その衝撃で水飛沫が起こった。
財櫃はその水飛沫を浴びてしまった。
「最悪。本当に最悪なんだけど」
え、匂いとかやばいじゃん。簡単に取れないじゃん。髪の毛とかにいくらかけてると思ってんの。
「どうかしたの?」
千戸浦の声がイヤホン型トランシーバーから聞こえる。
「言いたくない」
「……えっーとお察ししました」
千戸浦は申し訳なさそうに言う。