第1話 ゲームスタートは突然
クロスワールド・ナラティブは、【メルヒェンエデン】・【メタリックウィルダネス】・【ゴッドキャンバス】・【トレジャーパラダイス】・【クロスピア】の5つのエリアに分かれている。
【クロスピア】以外のエリアは現実世界とリンクしており、何処の国や地域からログインしたかによって、最初に遊べるエリアが決定する。
ヨーロッパなら【メルヒェンエデン】、アメリカなら【メタリックウィルダネス】と言う具合に。
ゲーム内で移動アイテムや魔法陣を使えば、それぞれのエリアに移動可能。
【クロスピア】以外のエリアの中央には過去のイベントに参加出来たり、レイドボスと戦える施設が存在する。
【メルヒェンエデン】には《ヒストリーバベル》、【メタリックウィルダネス】には《パストアンダーシティー》、【ゴッドキャンバス】には《サウダージパーク》、【トレジャーパラダイス】には《ノスタルジックアトランティス》。
新規プレーヤーでも過去の武器やアイテムなどを獲得できるようにする為の措置である。
2205年8月22日。15時半ごろ。
友成遊はサウダージパークの惑いの森で50年前のレイドボス・真鍮竜・オリカムヴルムと戦っていた。
原因不明の黒い雪が降っている。新作ゲームの宣伝なのか、クロスワールド・ナラティブの新イベントなのか定かではない。
くそ、この黒い雪のせいで足場が悪い。
真鍮竜・オリカムヴルムの皮膚はオリハルコンで覆われており、攻撃のほとんど通らない。
やっぱり、硬いな。倒せねぇ事はないけど。
「和紗、アシスト頼む」
友成はオリカムヴルムの連続攻撃を最小限の動きで避けながら援護を要請した。
しかし、返事がない。
「おい、聞いてんのか。和紗」
友成はオリカムヴルムの攻撃を避けつつ、後方にいるはずの千戸浦和紗をちらっと見る。
髪はミルクティーベージュのロングヘアー。性格を知らなければもてはやされるであろうキュートな顔面、かなりダボっとした魔法使いのローブからでも分かる胸。そして、150センチ前半身長。あれは間違いなく和紗だ。
ちょ、ちょい待て。
友成はオリカムヴルムの方に視線を戻す。そして、オリカムヴルムの攻撃を再度避けてから、千戸浦を見る。
やっぱり、やっぱりだ。
ゲーム中にレトロゲーム専用携帯機「ヴィレロ」で違うゲームをされてますよ。それも正座で。
こっちはお前の頼みでこいつと戦ってるのに。
「和紗、戦いに集中しろ」
「なんか言った?」
千戸浦は友成の声に気づき、ゲームを中断して訊ねた。
「戦いに集中しろ」
「あーめんごめんご」
全く誠意がこもってない。「ヴィレロ」を隠そうともしない。
「覚えとけよ」
友成はオリカムヴルムから距離を取る。
「残念。都合の悪い事は忘れるたちでして。てか、まだ終わってないの?」
千戸浦は悪びれずに言った。
女子じゃなかったら1発殴ってもいいよな。許されるよな。
「バフかけてくれたらすぐ倒すわ」
「仕方ないな。バフかけてあげるから30秒で倒しなさい」
「10秒で充分」
なんで、命令形。俺じゃなかったらキレてるぞ。まぁ、俺だから言ってるんだろうけどさ。
「言ったね。1秒でも過ぎたら驕りだから」
「はいはい」
「じゃあ、ほれ。アビリスタイ」
千戸浦は友成にバフをかけた。
友成の攻撃力、移動速度、行動速度が10倍になった。
「それじゃあ、いっちょやりますか」
友成は裂龍剣・泪鱗を握り直した。
16時。
友成と千戸浦は「クロスワールド・ナラティブ」をログアウトして、仮想空間「ロクス」内にあるロクスタウン・ジャパンの電界島エリアを歩いていた。
「8.96かぁ。約1秒も残すなんて。残念」
「残念ってなんだよ。素材とアイテム手に入れたんだからいいだろ」
「まぁ、確かに」
「てか、あれだ。俺がオリカムヴルムと戦ってた時にやってたゲームってなんだよ」
友成は千戸浦に訊ねた。
レイドボスをほっぽらかして熱中するほどのゲームなら知りたい。と言うか、やってみたい。ゲーム好きならそう言うもんだ。
「プリンセス・ラブストーリーズ」
「プリンセス・ラブストーリーズ? どっかで聞いた事あんな」
「響野祥雲の作品だよ」
「なるほど。だから、聞いた事があんのさ。今度貸してくれよ」
響野祥雲。死後100年経っても色褪せない偉業の数々を語り継がれている天才。彼を超える天才なんてこれからも生まれないだろうとも言われている。そんな天才が作ったゲームだ。面白いゲームのはず。
「いいけど、クソゲーだよ」
「マジで?」
友成遊は思っていた答えと違った事に驚いている。
クソゲーなのかよ。響野祥雲が作ったゲームなのに。
「うん。だって、恋愛ゲームなのに必殺ゲージあるんだよ」
「必殺ゲージ? もしかして必殺技があんのか?」
格闘ゲームじゃねぇか。そのシステムはジャンルが違うだろ。
「察しがいいね。あるんだよ。どんなプリンセスでも口説ける必殺技が」
「どんな技だよ」
「気持ちを込めて、『愛してます』って言うだけ」
「ま、マジで?」
「うん。マジ。ちなみに主人公は勇者ね」
「クソだ。マジでクソだ」
そんなの恋愛ゲームとして破綻してるぞ。相手に告白するまでの過程が無駄じゃねーか。
「でしょ。ヤバいよね」
「ヤバすぎる」
「なんで、販売したんだよ」
「理解不能だよね。それにこの作品には都市伝説もあるの」
「都市伝説?」
必殺技の次は都市伝説か。話題には困らない作品だな。
「ゲームの容量的にシナリオがもう一つ存在するの。その解放条件が今だに発見されてないんだよ」
「嘘だろ。ハッキングしたら分かるもんじゃねーのか」
友成は冗談で言った。
「したよ。けど、解析出来なかったぁ。本当残念」
「したのかよ」
友成は二つの意味で驚いている。
一つ目はハッキングした事。二つ目はアメリカの政府機関にハッキングして、国家機密を閲覧した事がある才能の持ち主でさえ無理だなんて、どんなセキリュティレベルだよ。
「そこは流石響野祥雲だよね」
「まぁ、そうだな」
「それにしても楽しみ。真珠ちゃんの会社の新作ゲームを事前に遊ばせてもらえるなんて」
千戸浦は嬉しそうに言った。
「テストプレイさせて不具合とかを見つけさせたいだけだろ」
「そう言う事言わない。素直に楽しみって言えばいいのに」
「うるせぇ。俺には大事な筋トレと言う日課があるんだよ」
マッチョになりたいからしてるわけじゃない。生まれつき筋肉量が少ない。だから、筋トレしないと普通の高校男子の筋肉量を維持出来ない。
「はいはい、それはゲームしてから」
友成と千戸浦は財櫃真珠から渡されたURLを使い、財船クリエティブカンパニーのエリアに入った。
財船クリエティブカンパニーは財櫃真珠の父親・財櫃世織が代表取締役社長を務める財櫃グループカンパニーの子会社の一つで主にゲーム制作を行っている。
友成と千戸浦は目の前に表示されている赤色の矢印の指示通りに道を歩き、テストルームへ向かっている。道中は何も表示されておらず、真っ白の殺風景。
友成と千戸浦に与えられた権限では閲覧出来ない事になってるからだ。
「もう少し閲覧権限くれてもよくねぇ」
「仕方ない。発売前や制作中のゲームの情報のオンパレードだろうし。もしもの時のリスクヘッジってやつじゃん」
「まぁ、そっか。でも、なんかさ。もう少し風景ぐらいは変えてくれてもよくねぇ」
一応頼まれて来てるんですけど。真珠さんよ。ちょっとは気を使ってくれませんかね。
「いいじゃん。もうテストルームなんだから」
千戸浦は目の前に見えてきたテストルームのドアを指差した。
「決めた。1発文句言ってやる」
「なんて言うの?」
「何も決めてない。テストルーム着くまでに考える」
「いつものやつ。絶対何も思いつかないって」
「うるせぇ」
考えれば何か思いつくわ。普段からあいつには色々と厄介事を押し付けられたりしてんのに。
友成と千戸浦はテストルームの前に到着した。
テストルームのドアには入室IDを提示してくださいと表示されている。
「で、思いついた?」
「なんでだろう。言葉が降って来ないんだ」
くそ、思いつかなかった。なぜだ、なぜなんだ。そうだ、俺が心優しき男だからだ。そうだ。そうに違いない。
「ほら、言ったじゃん。残念。だって、遊ちゃんだよ」
「帰る。俺帰る」
友成は来た道を戻ろうとした。
「何言ってんの。行くよ」
千戸浦は友成の腕を掴み、入室IDをテストルームのドアに提示した。
テストルームのドアが開く。すると、数メートル先にもう一つドアが見える。
友成は千戸浦に腕を引っ張れて、テストルームのもう一つのドアの方へ連れて行かれる。
「離せよ。帰るんだよ」
「だだこねない。アンタって子は」
「おかんか」
母さんにこんな怒られ方はされた事ないけど。なんとなくイメージで。
それに本当に母さんを怒らせたらやばい。その前に一番上の姉ちゃん・菱乃姉ちゃんに殺される。
「残念。キュートな幼馴染でーす」
「…………」
言い返さないでおこう。そうしたら、顔を真っ赤にするだろうから。
「なんか言ってよ」
千戸浦は顔を真っ赤にして、照れて言った。
「いいと思う」
やっぱり顔を真っ赤にした。恥ずかしくなるなら言わなかったらいいのに。
「なにそれ。あたし帰る」
千戸浦は友成の腕から手を離して、立ち去ろうとした。
「真珠に怒られるぞ」
友成は目の前のドアに入室IDをかざした。
テストルームのドアが開く。
友成遊はテストルームの中に入る。
「あーずるい。本当に遊ちゃんって意地悪」
千戸浦も続いてテストルームの中に入る。
「お互い様だろ」
「それはない。圧倒的に遊ちゃんの方が意地悪」
「はいはい」
友成は適当に答える。
テストルームの中央にはゲームの入口・ゲーム・ゲートが設置されている。まだ発売されていない為、ゲートはホワイトにカラーリングされている。発売されればウッドカラーに変更される。
ゲーム・ゲートの前にはダボっとした白いTシャツに黒のスキニーパンツ姿の財櫃真珠が眉間に皺を寄せて、腕を組んで立っている。
コバルトブルーのセミロングヘアー。はっきりとした顔立ち。すらっとしているが出る所はちゃんと出ている。
アーティスト活動していて、ファンも大勢いる。
幼馴染の目から見ても美人なのは分かる。まぁ、和紗と同じで性格には難があるけど。アーティストとしての実力は非の打ち所がない。歌は上手いしダンスも一流。歌に関しては本人には絶対に言わないが好きな曲が数曲ある。
「二人ともダッシュ」
財櫃が睨みを効かしている。
友成と千戸浦はダッシュで財櫃のもとへ駆け寄る。
「うっす」
友成は適当に挨拶をする。
「うっすじゃないわよ。集合時間過ぎてるのわかってる?」
「いいじゃん。数分だろ」
そんなに怖い顔しなくてもいいだろ。ファンに見せてる優しい笑顔で接してくれよ。一応客人よ、俺。
「ごめんね。真珠ちゃん。全部遊ちゃんのせいだから」
「おい、こら。和紗」
こいつは。本当にこいつってやつは。
「そうだと思った。言う事があるよね」と、財櫃は言った。
「はいはい、遅れてすみませんでした」
「よろしい」
「ドンマイ」
千戸浦が友成の肩に手を置く。
「覚えとけよ」
「残念。覚えなくてもいい事は覚えない素晴らしい頭なので」
「都合いいな」
「褒めんなよ」
「褒めてない」
財櫃が咳払いをする。
友成と千戸浦は財櫃を見て、姿勢を正した。
これ以上何か言われるのはごめんだ。全部悪いのは和紗だけど。
「早速だけど、テストプレイしてもらうゲームの説明をするね。テストプレイしてもらうのは『ジュード・リポート』のスピンオフ作品『異世界捜査局・チームX』の最新作よ」
「マジか」
「それは楽しみ」
『ジュード・リポート』は異世界捜査局・元捜査官で現在は記者のジュードが、とある事件で引き取る事になった少女エマと何にでも変化できるメタモルフォックスと様々な別界(異世界を意味する)へ行き、その別界にしかない仕事などを取材する話。
『異世界捜査局・チームX』は『ジュード・リポート』のスピンオフ作品で、異世界捜査局が様々な別界で起こる事件を捜査する作品。
「なぎには事件のトリックやシステムがおかしくないか見てほしい」
「任しんしゃい」
和紗は俺と真珠と違いクリエイターとしての才能もある。オリジナル作品と企業と一緒に作った作品があり、どちらも評価されている。
「俺は?」
「ラスボスと戦って」
「ラスボスね、わかった。任せとけ。て、ラスボス?」
おいおい、そんな軽く言うかね。ラスボスですよ。略さなかったらラストボスよ。ラストなのよ。分かってらっしゃいますかね。令嬢様よ。
「うん。ラスボス」
「いきなりはおかしくない」
「おかしくない。だって、遊なら操作慣れたらすぐ倒すから」
「たしかに」
千戸浦は同意する。
「否定はしないけどさ。でもさ」
「遊がどれだけ苦戦するかで難易度調整が決まるの。いいなれば、この作品の命運はアンタが握ってるの」
「その言い方はず、ずるい。……わかった。やればいいんだろ」
そう言うこと言われると反論しづらいだろ。
俺の扱い方を本当によく知ってるよ。
「よろしい。販売開始したらあげるから」
「特典版だぞ」
「分かってる」
「ならやるよ。てかさ、一つ聞きたい事があるけどいいか?」
「何?」
「黒い雪が降るゲームが販売するとか聞いてねぇか?」
「うーん、聞いた事ない」
「聞いた事ないか」
真珠の耳にも入ってないか。
「どうしたの急に?」
「嫌さ。クロナラのレイドボスと戦ってる時に黒い雪が降ってたからさ」
「新シナリオの宣伝じゃない」
「そうだよな」
突然、真珠の後ろにあるゲーム・ゲートが灰色に染まり始めた。
「おい。真珠後ろ」
ちょ、ちょっと待て。ゲーム・ゲートが灰色に染まるって事あんのかよ。
「後ろがどうしたのよ」
ゲーム・ゲートが自動で開いた。
そ、そんな事あるはずない。聞いた事ないぞ。
「あぶねぇ」
友成は財櫃のもとへ駆け寄り、横に突き飛ばした。
「痛い。何すんの」
財櫃は尻餅をついた。
「なんだよ、これ」
ゲーム・ゲートの先には黒い雪が降っている世界が広がっている。
そして、次の瞬間。友成はゲーム・ゲートに吸い込まれた。
友成を吸い込んだゲーム・ゲートは自動で閉じた。そして、ゲーム・ゲートには《ブラックスノウ・ファンタジー 冒険中勇者1人》と表示された。