⑨お茶会ですわよっ!
王国軍中央技術研究所基盤計算技術開発本部暗号解読課は朝からてんてこまいである。
帝国海軍の実働演習に伴い、魔導通信量が増大している。運搬スケルトンが十階と十三階をひっきりなしにいったりきたりしている。
解読作業の合間を縫って引き継ぎを行っていると来客があった。王国軍情報部のジュリアンとイザベルである。
イザベルは更新された旅行日程表を広げる。『いとしのアリー』作戦の実施要綱である。アリーとガレスは偽装結婚して中立都市国家ラグナアリアに向かい、極秘諜報施設『死霊リゾート』を稼働させる計画だ。
「明日、魔導列車でラグナアリアに出発していただく旅程でしたが横槍が入りました。その前に、急遽、王宮で開催されるお茶会に出席するようにと、その……」
「統合情報保安会議ですか?」
ガレスが尋ねる。
「はあ……まあ……」
イザベルが目をそらす。
ジュリアンが話を引き継いだ。
「捕虜交換のために帝国の使節団が王都に滞在している。名目上の団長は第七皇女殿下。このお姫様がイケメン死霊術師の接待を要求しておいでだそうだ」
全員の視線がガレスに集まる。
背は高い。
髪はぼさぼさだが、整えれば良い話である。
イケメンかと問われると、さて——
容貌は十人並だが、ある種の女子にモテがちな眼付きをしている。それが、ガレス・ベルトランという死霊術師だった。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って、なんで僕?やだよ、怖いし。僕、ようやくアリーさんとならフリーズせずに話せるようになったくらい陰の者だよ。帝国のお姫様の相手なんて無理!絶対無理!だいたいイケメンって条件満たしてないじゃないか!」
「ガレスさんは私にとってはイケメンですわ!」
「ひゅーひゅー」
ジュリアンが無駄に良い声で囃し立てる。
「ひゅーひゅーじゃねえ、ジュリアン!」
ガレスの抗議を無視し、ジュリアンはアリーに一通の手紙を手渡す。差出人は後宮占星班班長『数霊魔女』ボーモンティア夫人である。手紙は星座暗号で暗号化されていた。
「数理淑女礼装にて万遺漏なく邀撃せよ。敵はシビュラ四数姫が末席『魔剤皇女』セラフィナ・アフトマートカ。自分の男くらい自分で守りなさい。以上」
「やれやれですわね……というか二つ名が微妙にかぶってるのがいらつきますわ……」
アリーの眼が据わっている。
「ア、アリーさん?」
「シビュラ迎撃指令が下りました。ガレスさん、王宮に向かいますわよ。エスコートしてくださいませ」
「よ、よろこんで!」
◇◇◇
王宮の庭園を涼やかな風が吹きぬけていく。
夏の薔薇の匂いに鼻孔をくすぐられ、ガレスがつぶやく。
「ああ、あれは薔薇だったんですね……」
「なんのことでございましょう?」
ガレンの腕に軽く手を置き、アリーは優雅に歩を進める。
「アリーさんがいらっしゃった初日にですね、花の香りがする方だなと思ったんですよ」
「まあ……」
アリーは眼の色に合わせた淡い紫のシルクのドレスをまとっている。ミランダの手による化粧はいつもより華やかだ。ガレスは白いリネンのスーツで、髪を後ろに撫でつけている。
(ガレスさん、額を出しているほうが素敵ですわ)
意匠を凝らした噴水が水飛沫をきらめかせる中を庭園中央のあずまやに向かう。
テーブルには砂時計が置かれ、サンドイッチが盛られた白磁の大皿の周りにコーヒーポットとカップが並べられていた。
屋根の下で日差しを避け、コーヒーを楽しんでいた数理お嬢様たちがふたりを注視する。
「なんてこと、『魔眼乙女』が男連れてますわよ……!」
「あれは……ベルトラン卿では……?」
「業を煮やした『数霊魔女』様が押し付けたのでは?おいたわしや……」
かしまし娘たちを率いているのはエリサ・シャルドン侯爵令嬢である。賭け数理令嬢勝負でアリーにすってんてんにされ、ドロワーズまでむかれたという哀しい過去を持つ。
「私は貴女に負けてから、臥薪嘗胆、コーヒーもブラックで飲みながら、数理お嬢様道を邁進してまいりましたのよ!それなのに貴女ときたら、殿方と乳繰り合ってましたの?うらやま……いえ、破廉恥ですわ!そんなことで、あれに勝てますの!?」
ガレスの腕に手を回し、アリーはにっこりと微笑んだ。
「ご機嫌うるわしゅうございます、皆様。こちら宅のガレスでございます。どうぞよしなに……」
「ガレス・ベルトランと申します。お嬢様がた、心配には及びません。愛を知ってアリーはさらに強くなりましたから……」
ガレスは覚えてきたセリフを必死に暗唱する。イザベルの脚本では俺様口調だったが、キャラに合わないので丁寧語に落ち着いたのだ。
令嬢たちが黄色い声をあげる。
「きゃー」
「おのろけいただきました!」
「いけないいけない、お辞儀お辞儀!」
ざっ。
令嬢たちは一糸乱れぬ淑女礼を披露した。
アリーも答礼する。
スカートがふわりと舞い、陽光を受けて絹布がきらきら輝いた。
◇◇◇
最初に聴こえてきたのは高笑いであった。
「おーほっほっほっ!」
ついで聴こえたのはキッチンワゴンの車輪音である。
ずかずかと、しかし、優雅さを損なわない足取りで近づいてくるのは金髪碧眼ふわふわ縦ロールの白皙のロリ巨乳美少女であった。
付き従うメイドが押すキッチンワゴンに載っているものは、紅茶でもスコーンでもマカロンでもない。
大量の魔剤である。
魔剤とはカフェイン入りのマジックポーションである。糖分や微量のアルコールも含まれている。魔力を回復しつつ、神経を覚醒させる作用があるとされている。
その魔剤の瓶が山と積まれている。
異様な情景であった。
「おーほっほっほっ!帝国第七皇女セラフィナ・アフトマートカですわ。苦しゅうないですの、頭を上げなさい」
ふたりだけ頭を下げていない者たちがいた。
アリーとガレスである。
それはさておき、帝国では皇女は母方の姓を名乗ることになっている。アフトマートカ家は、演算ゴーレムの製造から販売まで手がける大財閥である。
そんな帝国のお姫様が、びしりとガレスを指さして高々と宣言する。
「ガレス・ベルトラン、私の夫になることを許しますの!」