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⑧打ち上げですっ!

嵐のような十日間が経った。ノクトとミランダも加わり、ガレスの指揮の下、十三階は魔導回路の製造に勤しんだ。アリーは魔眼を解放して選別と検品を担当した。


新設計の魔導演算回路を組み込んだ計算屍の準備が整った。スケルトンはバラされて梱包され、ゾンビに背負われている。海路で中立都市ラグナアリアに向かうのである。


「じゃ、お先」

「はい、お気をつけて」

ゾンビを率いてズィーが出立する。ぞろぞろとゾンビたちが続く。


出陣を見送ってガレスが話しかける。

「アリーさん、一杯いきませんか」

「そうですねぇ。お風呂入ってきて良いですか?」

「えっ、あっ、はい」

ガレスの顔が赤いのは夕陽のせいだけではないことに気づく。


(どうしたんでしょう……寮のお風呂に入ってくるなんて、日常茶飯事だったではありませんか。いや、私、言い方!まるで事前に身体を清めてくるみたいな言い方だったような……?)


「違いますよ?今日も暑かったですし、ガレスさんと飲むのは時間を忘れてしまいますから、共同浴場閉まっちゃいますから……」

「はっ、はい。ごゆっくりどうぞ……僕は先に酒場に行っています」


(待って!ちょっと待って!これどつぼにはまってない!?今日は帰りたくないの……みたいなこと言ってません?おぅふ、やっちまいましたわ……)


「それではまた後で!」

駆け出したアリーの背中に手を振り、ガレスは職員専用の酒場に向かうのだった。


◇◇◇


その晩はふたりとも酔いが回るのが早かった。

なにしろ十連勤である。

生者も屍者も分け隔てなくブラックな『死霊迷宮』であった。ちなみに明日も仕事である。ふたりが不在中の業務をノクトとミランダに引き継がなければならない。


「そういえば、ガレスさん、シビュラって何人いると思います?」


シビュラ・ブルバチェワとは帝国の数理科学を牽引する怪人である。王国軍情報部は複数人説を唱えている。しかし、その人数の推測はふたりから八人とこころもとない数字であった。


「何人という問いが人間の個体数を訊いているのであれば三人ですね」

「あっ……そうですわね、厳密さにかけた質問でした。人間以外も含めて、個性というか癖の数で数えるとどうでしょうか?」


「四体、もしかしたら五体ですね」

「解釈一致ですわ。私も同意見です」

アリーはからあげをガレスの口に放りこんだ。


「もぐもぐ……なるべく弱いシビュラから各個撃破していきたいところですが……」

「こちらは受け身ですからね。話は変わりますが、ガレスさんはおっぱいがお好きなのですか?」


話が変わりすぎである。

酔っ払いだからしかたがないのである。


「ま、まぁ……それなりに……普通です」

「私もそこそこあるほうだと思うんですけれど……心配ですわ……シビュラが巨乳だったら篭絡されてしまうかもしれません。ご存知かもしれませんが、私の父がそういうクズでして……母を離縁して巨乳の愛人に乗り換えたんですのよ!」


フォルモール家の後妻打ち(うわなりうち)と言えば、王都を震撼させた大事件である。前妻エレーヌの数理淑女格闘術が炸裂し、フォルモール家の王都屋敷は灰燼に帰した。奇跡的に死人は出なかったが、さすがに官憲も看過できず、逃亡したエレーヌに指名手配をかけている。


「あ、あのですね、アリーさん?僕は女性のお胸の大小に貴賎を認めませんし、死霊術師ですから、生きていないお胸であれば腐るほど拝んできたわけです。あれ、僕、今うまいこと言いました?」


「まったくおもしろくございません。オヤジギャグは老化の兆候ですよ?」

「申し訳ございません!……しかし、話を戻させていただくと、僕らは偽装結婚なんですから、そこまで気になさらずとも……むぐっ」


アリーはガレスの口にからあげをつっこんで黙らせる。それから麦酒のジョッキをあおった。


「ぷはっ。偽装結婚だからこそ気になるのです」

「だいたい、アリーさんには推しがいるじゃないですか……」


「ニューメ様は別腹ですわ。ニューメ様といえば、ガレスさんを問いつめなければならないことがあるんでした。どうして暗号解読で使わない計算命令を追加していたのですか?わざと魔導演算回路を複雑にして無駄な計算をして……あれではまるで、ニューメ様の超越数観測仮説を検証しているようなものじゃありませんか!」


ニューメ・ロマンサーとは、王国が誇る数理魔導の研究者である。超越数の任意の桁の計算により、魔力代謝を人工的に実現可能であると示した業績で知られている。


「私の知らないアルゴリズムで計算しているし、ガレスさんはニューメ様の正体を知っている?……いいえ、ガレスさん……貴方はニューメ様の協力者ですね!」


「え!?あっ、いや……それは……」

ガレスの眼が泳ぐ。

てっきりニューメ・ロマンサーの正体がバレたのかと思ったが、アリーの思考は明後日の方向に飛んでいったらしい。


「やっぱり……!ズィーさんも知ってるみたいだったし、もしかして王国軍上層部にも協力者がいるんじゃないですか?」


「い、いや、まあ、いるっちゃいますけど……というか、軍の計算資源を私的に流用したら背任なんで……ぅおほんっ!と、ところで、ニューメ・ロマンサーの正体なんか知ってどうするんですか?幻滅するだけですよ、きっと」


「決まってますわ!」

「決まってるんですか……」

「私の魔眼の本当の能力をご相談させていただくのです!」

「アリーさんの……『魔眼乙女』の本当の能力……!?」


「ちょっとお耳を拝借いたしますわね」

アリーはガレスに身を寄せた。湯上がりの石鹸の香りにフリーズしかけたガレスを、酒臭い息が現実に引き戻した。


アリーは耳元でささやく。

「私の魔眼は素因数分解をする異能なのです」

「そんな莫迦なっ……そんな異能がありえるなら、それは……むぐっ」

叫びかけたガレスの唇をからあげでふさぐ。からあげの食べ過ぎで唇はつやつやになっている。


素因数分解とは整数を素数の積に分解することである。例えば、五百六十一を素因数分解すると三かける十一かける十七になる。


ちなみに五百六十一は擬素数である。

素数っぽくて素数じゃない数なのだ。


「もぐもぐ……計算時間は?まさか多項式時間だと言ったりしませんよね?」

アリーは首を左右に振った。

「それよりも速い可能性があります。これまでに観測してしまった数については、定数時間での償却を体感しています」


がたん。

椅子が倒れた。

ガレスが立ち上がり、アリーの左の二の腕を掴んでいた。酔いが吹き飛んだ真剣な眼で見つめられる。


「そ、そんなの女神様の御業ではないですか!そうか、そのメガネは……魔眼が世界を計算し尽くしてしまわないように……」


アリーはガレスの瞳を見つめ返す。

右手の人差し指を唇に当てて黙るように合図する。

店主が近づいて来たのでふたりは慌てて離れた。


「別嬪さんに色男さん、ラストオーダーのお時間だ。うちにゃチークタイムなんて洒落たものはないから、いちゃつくなら余所で頼むよ」

「すまない、マスター。もう出るところだ」

「ごちそうさまでした」

ふたりの声が重なった。


会計をして店を出ると夜は深く更たけている。

「今日は寮に帰りますね」

「お送りします」

敷地内にある独身寮だから指呼の間である。

ゆっくり歩いてもすぐに着いてしまう。


「おやすみなさい」

寮の前で、アリーは広げた手を差し伸べる。

「おやすみなさい。また明日」

掌と掌が触れあい、指先が絡まりあう。

おたがいにぎゅっと握る。

どちらからともなく手を離す。

「はい。また明日です」


ぱたぱたと寮に駆け込むアリーを見送って、ガレスは踵を返す。

「僕も今日くらいは家に帰るかな……」

ひとりごちて歩き出すのだった。

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