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⑪ハネムーンに出発ですっ!

翌日も王都は快晴であった。


イザベルに渡された旅行日程表によれば、王都の中央駅に集合の予定とされていた。偽装とはいえ夫婦である。別々に駅に向かうのは不自然で不合理であろう。


そういうわけで王国軍中央技術研究所基盤計算技術開発本部の正門で待ち合わせることになった。


サマードレスに麦わら帽子、サンダルをつっかけて、ごろごろとトランクを曳いて現れたアリーに、ガレスの眼は釘づけになった。


昨日の数理淑女礼装も美しかったが、今日の装いはさらに魅力的に見えるのだ。ワンピースに麦わら帽子、生足魅惑のマーメイドなのだ。


アリーはガレスの視線に気づいて微笑みかける。

「お待たせしました」

「あ、いや、待ってないです!」

「嘘ですわね。額に汗をかいてらっしゃいますわ」

ハンカチで額を拭われて、ひさしぶりにガレスがフリーズした。


頼みの綱のズィーは海路で先発している。しょうがないからアリーはガレスの尻っぺたをつねって再起動した。


「さあ、参りましょう」

「はい!」


ガレスは自分のトランクとアリーのトランクを曳いて歩きだした。


◇◇◇


駅のラウンジでダークエルフのイザベルと落ち合う。イザベルは指輪ケースをふたつ取り出してガレスに渡す。


「ご指示のとおり、プラチナとミスリルのシンプルな結婚指輪を用意いたしました」

「ありがとうございます」


人目につかないラウンジの隅で、ガレスはサマージャケットの内ポケットに指輪をしまう。

「レイさん、いけますか?」


内ポケットの魔晶石にレイスのレイさんが憑いてきているのだ。

「もちろん、いけますとも」

「では、お願いします」


「指輪をエンチャントします。成功しました。指輪『合縁奇縁』と指輪『合愛奇愛』に進化しました。私の分体を格納可能です」

「ネームドアイテムですね。さすがレイさん!」

アリーが目を輝かせる。


「あ、あ、あの、アリーさん、指輪、指輪をね、はめさせてもらって、よ、よいですか?」

ガレスはなんとか言い切った。


「はい!」

アリーは左手をさしだした。

ガレスは震える手でアリーの薬指に指輪をはめた。

「ふふ、ぴったりですわ」

アリーはうれしそうに微笑んだ。


イザベルの手柄なような気もするが、野暮はいいっこなしである。


「ガレスさんもお手をどうぞ」

おずおずと差し出しされたガレスの手をとり、薬指に指輪をはめる。


ふたりは見つめあって微笑みあう。アリーが眼を閉じたところでイザベルが声をかける。


「無粋で申し訳ありませんが、ここは駅の構内、公衆の面前でございます。つづきまして業務連絡です。昆虫スケルトンによる通信監視により、シビュラ四数姫第三席『天象』ネメシーダの座標が特定できました。ラグナアリアの北西三十浬、帝国海軍の気象観測艦オランサに乗船しているようです。ズィー特務大佐への情報送信は完了しています」


「ありがとう存じます」

「まあ、海のことはズィーさんにまかせるしかないですが……」

ふたりの世界を邪魔されて若干むっとした顔のガレスの手をアリーが引く。


「それでは向かいましょうか、貴方」

「ふぉおっ」

思わず変な声を出すガレスであった。


◇◇◇


乗り込んだのは一等客車である。

列車の内装は非常に凝っている。革張りの椅子もふかふかだし、窓枠や扉、天井の装飾に至るまで細やかな細工が施されていた。

列車はゆっくりと発車する。


イザベルが口を動かさずにふたりに告げる。

「帝国の外交官がこの客車に乗っています。二等書記官を名乗っていますが、実際は帝国情報局のエージェントです。機密情報を口にしないように注意してください」

ふたりは目でうなずく。


「それと飲酒は禁止です。おふたりの酒癖の悪さは良く存じておりますから」

イザベルの目が笑っていないことに気づいて二人は神妙にうなずいた。


「ねえ、貴方……」

「なんですか、アリーさん?」

「私、お弁当を用意してきましたの。貴方が好きなからあげを入れてありますのよ」

「わあ、嬉しいです!」


アリーはバスケットを掲げてみせた。ちなみに寮母が作って持たせてくれたものである。女子力(数理)のアリーには、寮の台所で油を使う許可が出なかったのだ。


「そういえば、この魔導列車って、どうやって動かしているのかしら?」

「あ、ああ、魔導機関といってですね、ゴーレム技術を応用しているんです」

「さすが、私の旦那様、博識でいらっしゃいますわね!」


任務の都合上、ふたりは新婚夫婦を演じなければならない。しかも、機密を漏らさないように当たり障りのない会話が求められる。数学の話ならいくらでもできるが、世間話とかそういうのが苦手なふたりだった。似た者同士である。


「最初は『向こう側』の蒸気機関を模倣しようとしたんですけど、この世界には化石燃料がないから頓挫したんです」

「知らなかったぁ」


もちろん、それらのことはアリーも知っている。これは秘策、新婚さしすせそなのであった。


「逆に言えば、どうやって密度の高いエネルギー源を確保するかという、たゆまぬ努力のひとつの到達点だと言うこともできます」

「すっごーい」


「アリーさん、この魔導列車は驚くほど振動が少ないでしょう?魔力キャパシタの軽量化で車両重量が減ったおかげなんですよ」

「せ、せ、せ……センスあるっ!」


「んー、あとは、なにがあったかな。……そうだ、レールにも工夫があってですね。ただの鉄じゃなくて、ミスリル線を埋め込んで列車から漏出した魔力を回収してるんです」

「そうなんですね!」


アリーはガレスの手をぎゅっと握った。新婚さしすせそを完走しただけで気息奄奄疲労困憊のふたりである。


「アリーさん、これ、我々に向いてないですよ」

「確かにそうですわねえ。数学の話はできませんから……神学論争でもしますか」


「そういえば、アリーさんは修道院送りになりかけたんでしたっけ?」

「ええ、貴方に娶って?いただけなかったら、修道院に幽閉されて一生を過ごすところでしたわ」


ふたりは見つめあった。

修道院か王国軍中央技術研究所基盤計算技術開発本部かの二択で後者の『死霊迷宮』を選んだという色気のない話である。


そもそも、アリーが後宮占星班を追放されたのは禁書を借りパクしたからである。ボーモンティア夫人はアリーの動機を察した上で、選択肢を提示した可能性が高い。


「ねえ、旦那様。さきほど、石油のお話をしてくださったわね。『向こう側』にある燃える水の話を」

「あれは石炭の話のつもりだったんですが、ああ、神学の話でしたね。そうか、神の無謬性の話ですね?」


アリーは我が意を得たりと微笑む。打てば響く会話のほうが楽しいに決まっている。


「女神様は完璧で絶対だから、化石燃料みたいに便利なものをうっかり作り忘れるはずがない。人類は原罪を犯したがゆえに火から遠ざけられたのだ。って、まあ、御伽話ですね」


「うふふ。皇帝権神授説のために無謬性を押しつけられた女神様もお気の毒よね。神性なんて、具現化した無限や永遠にすぎないのに」


「おっと、帝国でそんなこと言ったら異端審問だよ、マイハニー!」

ガレスがおどけて言うと、アリーは肩をすくめて舌を出す。


「まあ、それでは帝国に征服されないように私たちは戦争努力に邁進しなければなりませんね」

「違いありません」


それからふたりはからあげを食べさせあった。


◇◇◇


車掌がやってきて、大規模な魔力嵐が発生しているため列車を停止させる旨を告げてまわる。


雲が天然の魔導式を形成した場合に発生する特殊な台風である。魔力擾乱を伴うため、魔導列車の天敵なのであった。


「魔力嵐ですか……そんな予報は出ていませんでしたが……」

アリーは急速に暗くなっていく空をにらみながらつぶやいた。


ガレスはアリーの左手をとって耳に当てさせる。薬指の指輪が振動し、側頭骨から蝸牛に音を伝える。


「レイスのレイです。ズィーさんからの緊急通信を受信しました。通信内容を再生します。『良い知らせと悪い知らせともっと悪い知らせがある。良い知らせ。帝国海軍の気象観測艦オランサを無傷で拿捕した。悪い知らせ。乗組員を制圧したら、うっかりシビュラ第三席のネメシーダまでゾンビにしちゃった。てへぺろ。もっと悪い知らせ。帝国の気象魔導兵器が暴走して台風が巨大魔力嵐に発達した。王都直撃コースで東に進む見込み。このままだと甚大な被害が出る。ガレス、アリー、魔力嵐を無力化するパラメータを計算して。あたしがオランサの気象魔導兵器で発振する。よろ卍。オーバー』通信は以上です」


「おけまるでございます」

「紙とペンはありますが、机が必要ですね。イザベルさん!」

「車掌車を接収します」

イザベルは車両後方に駆けていった。


「さて、我々も向かいますか」

「はい、マイダーリン」

座席を立ったふたりの前に立ちふさがる影があった。帝国の外交官、もとい帝国情報局のエージェントである。


「ガレス・ベルトラン、魔人シビュラの数理気象魔導式、貴様に解かせるわけにはいかん!」

男の手には魔導短針銃が握られている。


ガレスはアリーを庇うように抱き寄せ、男に背を向ける。

「安心してください。ズィーさんほどではありませんが、僕もそれなりに遣います」


魔人ガレス、なにを遣うというのか——?


ガレスの背がぼこりと音を立てて盛り上がる。サマージャケットのセンターベントがめくれあがり、手指の骨が現れる。前腕の尺骨と橈骨が姿を表し、上腕骨があらわになる。


アリーの身長ほどもある長大な骨であった。全身骨格ならば三メートルを越えよう。巨人族のスケルトン、その右腕であった。


「ひいっ!バケモノっ!!」

「数理骨法『巨兵腕』です。アリーさんのおかげで魔力に余裕ができましたからね。昔遣っていたのを引っぱりだしてきました」


男は魔導銃を発射するが、骨の腕に弾かれるだけである。ぶんっ、と巨腕がうなり、男を薙ぎ払う。男は天井に激突し、床に落下する。


「ガレスさん、その男はイザベルさんにおまかせしましょう」

ガレスの腕のなかでアリーが告げる。


もどってきたイザベルが男を拘束しながら、口早に伝える。

「車掌車は接収しました。後で食堂車からコーヒーを運ばせます。いちゃいちゃなさるのはほどほどになさってくださいね」

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