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1話 グランドラゴーンへの依頼

 依頼人の男は私と対面するように椅子に座った。


「にっこり小学校はいい場所です。先生は優しいし、私も学業に励みました。あまり真面目な生徒ではなかったかもしれませんが、学校の恥にならぬよう勉強しました。隣のクラスに好きにな人もできました。……一目惚れでした。あの日、体育の合同授業でした。私は彼女と一瞬、ほんの一瞬です!目が合ったんです。……それ以来、私の心は平穏とは言えない桃色に染め上げられました。”恋”です。それからというもの、テストの点数は散々!腑抜けていてドッジボールにも勝てやしない!授業中にあの優しい沼田先生に叱られました。私が『授業を聞いていない』と。……私は、隣のB組の彼女が大好きです。恋は素晴らしい。ですが、その恋のお陰で今の私は散々な憂き目に遭った。そして心に決めたんです。私の心の平穏の為、”正義”の為に『いおり秀華しゅうか』の所へ行こうって。」


 話し終えた男は鎮痛な面持ちで私に訴えかけた。

 初恋に狂わされた彼は4年C組の陳反ちんぱんという男子生徒である。


「……名前は?」

「は、陳反ちんぱんです。陳反ちんぱん寿ひさし。」

「それは知ってるよ。君は友達だからな。彼女だよ、彼女の名前。」

「あぁすみません。彼女の名前は───」


 彼は大きな大きなそれは大きな”ゴクリ”という音と共に唾を飲み込み、一呼吸置いてからその名を口にした。



夜叉崩やしゃくずれ、です。」


 夜叉崩……聞いたことがあるな。

 私の脳裏にはたと彼女の面影が映るが、とりわけ私と面識のある生徒ではなかった。


「それで?」

「それで、というと?」

「君はそれで、自分の心の平穏の為に私に何を頼みに来た?恋愛相談か?」


 するとまたしても彼の表情かおに一層の鎮痛の色が浮かぶ。

 私に懇願する目で言った。


「……どうしたら言いでしょう?何でも言ってください!願いを聞いて欲しいんです!」

「だから、どんな事だ?」


 すると彼は椅子から立ち上がり、私の耳元まで近づき……声を潜めた。

 うんと小さな声で、彼は願いを口にする。



「彼女に、LINEを送りたいんです。」


 見れば彼は顔を真赤に染めていた。

 そして、彼は懐からスマートフォンを取り出し、おもむろにLINEのアカウントを突きつける。

 『や~しゃ♡』というアカウント名の、恐らく女子生徒のものであった。


「彼女のLINEアカウントです。友達伝てにやっとの思いで入手しました。……しかし、ああ不甲斐ない!私は毎日来る筈の無い彼女からのメッセージを待つばかり。……自分から、送る勇気がありません。何を送っていいかも分からない。私は彼女の趣味も好きな音楽も知らないんだ。」


 鬼気迫る表情であった。

 しかし、私は務めて冷ややかな態度でそれをあしらった。


「…………それは出来ない。」

「ッ!!───お礼は幾らでも出します。」


 食い入るような彼に私は冷静に言って聞かせる。


「あんたとは知り合って長いが、相談とか頼み事は今度が初めてだ。最後に君に誘われて、ドッジボールをしたのが懐かしいな。君の筆箱に私の使っていた鉛筆が入っているというのに。」


 因みにだが、私の鉛筆は始めは陳反の親友の甲冑峰かっちゅうみねという男が筆箱を忘れた日にここを訪ね、私が好意で貸した物だ。

 それが何故か返されることなく、今はこの陳反の筆箱に入っている。


「ハッキリ言ってあんた……私の友情を退けた。要は、借りを作りたくなかったんだな。」

「ただ面倒事を避けたかったんです。」

「それが?今になって『庵秀華に恋のキューピッドを』か?………敬意を払うでもない、友情の証も無い、私を『グラン・ドラゴーン』と呼ぶ気も無いのに、想い人のLINEを代筆してくれと来たもんだ。」

「何をお出しすればいいでしょうか?消しピンで絶対に負けない改造消しゴムですか?揚げパンの残りですか?絶対にバレないカンニングペーパー?───


 尚もまくし立てる彼に、私は一度『バンッ』と机を叩いてみせる。

 それほど強い力じゃなかったが、彼は口をつぐんだ。

 だいたい、私が使っているのは皆んなが使ってるMONO消しゴムだが、消しピンに負けたことなど一度も無い。



「私がどうしたからそうまで軽く見られるのだ?私達は友達だ。友達として恋愛相談を持ち掛けられたのなら、今にでも気の利いた文面を考えてやるものを。君のような真面目な生徒の想い人なら、私にとっても魅力的な人だろうしな。……『彼女の趣味も好きな音楽も知らない』と言ったな、それを探るのは怖いか?」

「怖いです。名前を口にするのも、恥ずかしい!瞳も見られないッ!!」

「なら、それを探ることもしよう。夜叉崩さんと君との橋渡し役を担おう。」


 そこまで言うと、彼の態度もようやく変化を見せる。

 頭を垂れ、私の手を取る。


「友として、グランドラゴーン……」


 そして、手の甲に深く口付けした。


「ん、よろしい。」




 彼は去った。

 陳反と夜叉崩さんとの間を取り持つこの案件、ドラゴーン組の他のメンバーの手を煩わせるほどのものではないだろう。

 まずは彼女との接触を図り、身辺を探る。

 やはり私だけで十分だろう。


 そう、考えていた。

 だがそれこそが、『グランドラゴーン』と呼ばれたこの私が唯一悔いることとなる『過ち』なのだった。

 そうだ。その日から、絶対と思われた特別学級ドラゴーン組の地位が揺らぎ始め、遂には崩壊の危機をもたらす程の『過ち』。


 この私に、恋愛経験が無かったばっかりに───

特別学級ドラゴーン組


庵秀華(グランドラゴーン)含め総勢5名と担任教諭からなる特別学級。

授業は行われず、メンバー達はそれぞれに与えられた仕事を全うする日々を送る。

学校中の『友達』から依頼を受ける彼女らだが、その過程で組織的に不当行為に身を染めることを厭わない。

それこそが、現在の絶対的な権力の所以ゆえんである。

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