第179話『反命題の少女』
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その時、アルゴニックの視点。
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ん?誰だあの赤い髪……。
「な、なあ……あれ……。」
サイムに呼びかけると目が点になってる。
「なんであんなところに……。」
「誰だ?」
ユウジとユミも驚いたようにハッとする。
「イチジクちゃん?」
「まさかここまで自力でたどりついたのか?」
「なーんだ、じゃあ捜索しなくていいってことだな!」
ハナビも小首をかしげる。
「あの事故からどうやって……。」
いや、なんか嫌な感じがする。
ソライが軽く手を叩いてイチジクさんらしき少女を指差す。
「わかったよ!もしかしてだけど過去に飛ばされてそのまま時間が過ぎたんじゃない?」
――なら、なぜ今になって……。
――――いや、何かがおかしい。
「そうね。」
反対方向。
ニッちゃんらしき声と共に現れたそいつを見て俺は思わず、恐怖してしまう。
ニッちゃんと同じような輪郭で、黒い髪にグレーの服。
不気味で死んだような魚の瞳。
その姿に俺は冷や汗が出る。
気色の悪さ。
昔、大学でプレゼンした時、教授に反論された時と同じような、反命題を突きつけられる感じがする。
いや実際、アンチテーゼみてーなもんだろう。
――なんとなくわかる。
こいつがマル。
「あら、こんにちは、『有限の願望器』。
忌々しい『コギト・エルゴ・スム』の所有者。」
「ああ、こんにちは、『無限の願望器』。
気色の悪い『ウォロ・エルゴ・スム』の所有者め。」
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その時、ヒトメの視点。
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「イ、イチちゃんッ!!」
「イチジクちゃん!?」
「え!?ヒトメ!?」
ニチが突如車いすから駆け出した私へ手を伸ばし、それを振りほどき花畑の中に入る。
みーさんも目を丸くして花畑を見つめている。
「イチちゃん!イチちゃん!!」
私は名前を言いながら彼女の元へ向かう。
黒髪は赤色になってるけども、あの色はイチちゃんの色だ。
黒いローブでイマイチわからないけど、あれはイチちゃんだ!!
私の親友だ!!
重い身体で必死に走る。
白い花をかき分けて花畑の真ん中へ。
「イチちゃんッ!!!」
私が息を切らして彼女の元へ向かうと。
それは確信へ変わる。
「イチちゃん……だよね?」
いつの間にかイチちゃんは大きくなっていた。
背丈で言ったら私と同じくらいか?
赤く地面につきそうなほど、髪の毛は長くなっていたけど私の知る顔に赤い瞳。
大きくなっているけれども間違いなくイチちゃんだ。
風がはためき黒いローブがはためき花びらが宙を舞う。
私を見るとイチちゃんは優しく微笑む。
「ヒーちゃん。
久しぶりだね。」
「イチちゃん!ずっと会いたかったよ!
事故とか大丈夫だったの?」
「大丈夫。だと思う。
アタシだってずっとずっと、会いたかった。」
私を見て、イチちゃんは思わず涙がこぼれる。
掠れた声はゆっくり言葉を発する。
「やっと会えた。ずっとずっとずっと、会いたかった。
何度心が砕けたことか……。」
イチちゃんは大粒の涙をこぼして嗚咽交じりに、何とか言葉を紡ぐ。
顔をよく見ると少しやつれていて、そして声も少しだけ枯れている。
表情はぐちゃぐちゃで、今にも倒れそうなくらい切なくてつらい感じだ。
「アタシはこの数年間ずっとヒーちゃんを探してきた。
どこまでも、どこまでもどこまでもどこまでもずぅぅっと!!」
「大変だったんだね……。」
「苦しくて悲しくて、全部思い出して、それでも必死にあきらめなかった!
何年も何年も!!
あなたを求めてあなただけを求めて!!!」
この数年で相当きついことが起こったのだろう……。
妙に鬼気迫る言い方だ。
話聞いてあげなきゃな。
友達を、イチちゃんを大切にしていきたい。
またラーメンでも食べに行こう。
いっぱい遊んで、いっぱいサイムの愚痴を言ったりしよう。
「この25年間ッ!!
アタシは……僕は、あなただけを求めてきたんだッッ!!!」
「ん?」
25年間??
イチちゃんは今、そこまで歳を取っているようには見えないし。
それに僕?
なんだか怖い。
イチちゃんは大粒の涙が頬を伝たわせて叫ぶ。
「ずっと、ずっと、諦めなかった!
かなうもんだなぁ……、たとえどんなことがあっても諦めずにいれば!
師であり友達である、あなたをずっと信じてよかったッ!!」
え?どういうこと……。
――――なんだかとても嫌な感じがする。
「イ、イチちゃん……えっとねあの……。」
「大丈夫、大丈夫、全部知ってるから。
結婚したこととか、ヒーちゃんが何で出来ているとか、全部全部。」
「あ、知ってるんだ……。」
「ずっと願って生きてきた。
全部、求めてあなたを欲して、そしてわかってしまうまでずっと。」
驚かせたかったっていうのもあるけど驚かされている。
なにかイチちゃんの様子が変だ?
――イチちゃんはふらふらと私へ近づく。
俯いて目から流した涙をぬぐう。
「だから、だからね……。」
ゆっくりとイチちゃんは私の肩を持つ。
風が待って白い花の匂いがあたりに舞うと同時にイチちゃんは顔をあげる。
「――――誰にもあなたを渡さない。」
「へ?」
イチちゃんの顔に赤い涙のような隈取が見えたのと同時に。
「イチジクちゃーーーん!」
後ろからみーさんが駆け寄ってきている。
な、なんだ?
……何かやばいような。
「『奪』の歯車≠、みーさんから開闢の歯車を奪え。」
「「え?」」
イチちゃんの手元にあったのは、見たこともない歯車。
歯の形がDNAのように螺旋に描いた不思議な歯車。
それがブーメランのようにみーさんのもとへ向かい、その身体を瞬く間に貫く。
「え?」
唖然としていると貫かれたみーさんの身体から歯車が4つ空中へと放り出される。
「みーさん!?」
駆け寄る間もなく、謎の歯車はみーさんから排出された歯車をかすめ取るように網のようなもので捕縛してイチちゃんの元へ向かう。
手元に戻ってきた歯車とみーさんのイチちゃんが回収する。
歯車を失ったみーさんは倒れて花畑に放り出される。
「まずは4つ……。」
「い、イチちゃん何を……それ、みーさんに返して、あげて。」
思わず突然な行動に息が詰まる。
「返さないよ。
ヒーちゃんのために必要なことだもん。」
「どういう……。」
「説明はおいおいしてあげる。
今すべきことをアタシはするだけよ。」
――イチちゃんは黒いエメラルドのようなものがはまった何らかの装置を天に掲げる。
「エイドスドアルーム起動。」
私が息をする間もなく、地面が揺れて大地が避けていく。
地震だ!
「イチちゃん!?何をしているの!?」
花びらが散っていく。
「この世界……いえ、全部の世界をリセットするの。
立方体を崩してね。
ヒーちゃんのためにも、再創造する。」
「何言ってるの?何言ってんのよ!!」
「アタシはやるべきことをやる。
この世界を終わらせて、新しく創りなおす。
この世界は不要な存在だ。」
「そ、そんなわけないじゃない!」
「……何も知らないくせに。
言っておくけどもうエイドスドアルームは起動し始めている。
少しずつ世界が壊れ始めているでしょ?」
地鳴りがひどくなっていく、空に亀裂が入っているようにも見える。
「う、嘘……。」
「突然で悪いと思ってるけど、アタシは本気だ。
ここまで予定調和だ。
確実にやり遂げる、ヒーちゃんのためにもね。」
――本気なの!?
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その時、アルゴニックの視点。
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ようやく会えたな。
捻じれた時空の女。
「ええ、会えたわね。
矮小な思想風情が。」
「俺はお前が嫌いだ。勝手に決めつけやがって。」
「私もあなたが嫌い。勝手に動き出すから。」
目の前にいるのは、おそらく俺とは別の創造主。
俺はこいつの事を実際、認識したことがある。
認識したのは大昔だったけども、近年になって誰だったかわかってきた。
こいつはおそらく、一番厄介なねじれ時空の女だ。
数学の授業中に空想した世界線の人間だ。
さらにこいつはおそらく、俺のIdの原典、デカルトが提唱した『我思う故我あり』『コギト・エルゴ・スム』の反命題。
メーヌ・ド・ビランが提唱した『我意欲する故我あり』『ウォロ・エルゴ・スム』だ。
サイムもみんなも睨みつけている。
「みんな、迎撃体制だ!」
「わかってる!!」
サイム達はガジェットにギアを嵌め込む。
「「「ガジェットギア・セット!」」」
ギアが回り、ガジェットは各々の武器になる。
小型だから案の定持っていたな。
全員でマルに敵対し、間合いをはかる。
ここにいるのは武山冒険社だ。
手負いだが、そんなのいつも通りだ。
やつは表情を一切変えず、冷笑な瞳を向ける。
「ようやくこの時が来たわ。」
そういうと気色の悪い命題を保有している女が、歯車を取り出す。
「『絡』の歯車מ、この場にいる全てのものを拘束しなさい。」
無数のワイヤーのようなものが奴の歯車から放出される!
させるか!
「『操』の歯車ν!止めろ!!」
こっちも無数の糸を出して皆に向かってくるワイヤーを絡めとる。
だがもう1つ歯車を取り出してる。
拘束される前に……。
「『圧』の歯車צ。押さえつけなさい。」
「『重』の歯車σ!この場一体の重力を軽くしろ!」
逆回転しあってる歯車同士がぶつかり合い互いの力が相殺し合われる。
歯車同士の衝撃で吹き飛びそうだ。
「「ッ……。」」
舌打ちの音が互いに聞こえる。
こんなにムカつくのはずいぶんと久しぶりだ。
同じような能力。
――だが、同じような力だというなら、俺が有利に立てる要素が一つある。
人数差なら……。
「サイム!!」
「あいよ!」
サイムとソライが重力が変動する中をかけていく。
ハルバードを横にしてソライがそれを足場代わりにして跳ぶ!!
「応木流刀術!!弐葉!!」
最速最強の斬撃だ!行けるはずだ!
ソライの居合が相手へと向かう。
「桃ッ!」
「『硬』の歯車כ。」
バリア!?
俺の『守』の歯車、みーの『反』の歯車と同じタイプか?
ならこれでどうだ!?
「『力』の歯車δッ!
サイムのハルバードに力をッ!」
俺は歯車を飛ばしてサイムのハルバードに力を授ける。
「さんきゅーーー!!
武山流槍術!!富士!!」
サイムがバリアに向かって武器を振り上げる!
わずかにバリアにひびが入る!
ひびが入ったところにハルバードを突き立てて、両手で力いっぱい握る。
「いまだ!カオスミックス!!」
自分と武器を混ぜ合わせ、武器で作ったひびから自らを液体のように強引にバリア内に侵入する!
「借りは返させてもらうッ!!
オラァア!!」
サイムが右ストレートを無限の願望器へ放つ。
「永遠の歯車『向』の歯車שׂ。
お前の力なんて無駄。
所詮は力の向きさえ変えれば当たらない。」
パンチがそれた!?
「ならば……!」
「はぁ……。
カオスミックスしようとも無駄。
お前の射程は、私のIdの射程でもある。」
――まずい。
「『空』の歯車μでサイムをワープ!!」
「『場』の歯車ל、空間の異常を修復しなさい。」
ワープの妨害!?
「サイム!避けろ!!」
「カオスミ」「『限』の歯車י、時を止めなさい。」
奴以外の少しずつ時間が遅くなっていく!
こっちも時を操る!
「『時』の歯車κ!」
俺の周りの時間が元に戻っていく。
この互いの力が相殺し合う中で、サイムを救う方法……。
あそこだ。
間に合え、奴の手がサイムに触れる前に!
「100……。」
「『土』の歯車ω!!陥没させろ!!」
とっさに周囲の土地を液状化させて地面を陥没させる。
地面が歪んで、不安定になった足場によろついて奴の能力の発動を強引に阻止する。
そのわずかな隙をついて、サイムがカオスミックスでバリア内から脱出する。
「あっぶねぇええ……。」
「大丈夫か?」
「ああ……。」
あのバリアがある限りほかの仲間の攻撃は通らない。
俺らの攻撃を見てユウジが俺らの肩を叩く。
「……お前ら、長引かせすぎてる。」
「どういうことだ?ユウジ。」
「時間をかけすぎているんだ。」
ん?時間?
「奴がこうしてオレ達の前に出てきたってことは、何かをしようとしている。
とっさに不意打ちでオレ達を前みたいに転送することだってできただろうに。
だが妨害してくるばかり、まるで『時間稼ぎ』みたいにな。」
ハナビもユウジに頷く。
「なんだかさっきから周りがおかしい、ハナビたち以外の音とかが隔絶されている。
サーモグラフィで周りを見ても非常に不鮮明。
まるで映画の舞台セットの中に閉じ込められたみたいになってる。」
俺とサイムの頬を冷や汗が伝う。
……奴が俺と似たような力を持っているとして……。
『音』の歯車と同じように無音にしてトリックアートを作り出す『絵』の歯車と同じような力を持っているとしたら?
「気づいたようね。
『美』の歯車ת、セットを崩してもいいわよ。」
周りの世界が幻影がはじけ飛び、絶句する。
空が三原色に覆われている。
地面が揺れ始めている。
――やられた……。
「なんだこれは?」
「推し進めていたことがうまくいったようね。
あとは……。」
「サイム君!!」
おそらく幻影の外にいたであろうニッちゃんがサイムの元へ駆け寄ってきた。
俺達が不意を突かれたそのわずかな瞬間……。
「『瞬』の歯車ח。」
ニッちゃんの後ろにマルがッ!?
――2手遅れた!!
「な、なんですか!?」
振り返りざまにニッちゃんの頭を片手で鷲掴みにする。
「元に戻る時が来たのよ。」
なんだ?あいつの手にある禍々しい4つの歯車は!?
マルはニヤリと笑う。
「草島 日。
認証コード、『虚無の歯車』。
『全ての肯定を穿つもの』
『心を持って生きようとする全てを穿つもの』
『人類の繁栄を穿つもの』
『根底を穿つもの』。」
「え……。」
ニッちゃんの心臓の位置に見たこともない4つの歯車がマルの手によって体内にいれられる。
それも俺が歯車を取り込む正規の手段と同じ方法で。
歯車を体内に入れて、肉体が保つのは……。
――創造主か、魔神しかいないのに……。
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この物語の『更新』は現状『毎週金、土、日』に各曜日1部ずつとなります。