第152話『知恵を巡らせる少女』
朝起きると妙な違和感を感じる。
なんだ?この感じ?
ベットから降りあたりを見渡す。
恋敵以外、特に見た感じの変化はない。
だが何か変だ。
何かが……。
恋敵もベッドから身を乗り出してあたりを見渡す。
何が変だ?
隣にいるこいつもそれに気づいているらしい。
そうか、わかったぞ!
静かすぎるんだ!
小鳥のさえずり町のざわめき、宿屋の生活音さえも聞こえやしない。
ベッドから降りたのに床が軋むわずかな音さえない。
完全な無音状態だ。
テレビとかで見たことがある、無音室に入った感じのタレントの状況と今の私達がそっくりだ。
「……。」
私は口を開けて何とか伝えようとするが、喋れない。
いや、声は出ているはずなんだが音が消滅していく!?
「……。」
恋敵はそれを見て首をかしげて口をパクパクとしているが、私と同じようにしゃべれないことに気づき、喉を抑える。
とにもかくにも耳鳴りがしそうな状況だ。
何も聞こえないし、何もしゃべれない。
これはいったいなんだ?
この静かな朝、本来だったら気持ちいい太陽に当たりに行きたいところだけど状況が状況だ。
私達の身、あるいは周囲になにかが起こっている。
恋敵は荷物からペンとイチちゃんの持ち物だった手帳を取り出す。
ほっそい丸字で何かを書いて私に向かってそれを指差す。
『これはおそらく『音』の歯車の仕業です。』
『音』の歯車?
首をかしげていると、恋敵はすらすらと筆を滑らせる。
『『音』の歯車はアルさんの持つ歯車の1つ。
無音にするのも、音を出すこともできるうるさい歯車です。』
状況は全くうるさくないわけだが?
『何者かに『音』の歯車を使った攻撃を仕掛けられています。おそらく福音の刺客です。』
私も手帳を取り上げ書き込む。
『敵の心当たりはあるの?』
私が書き込むのを見て、難しい顔をする。
『わからないです。
町に何かあるかもしれません、行きましょう。』
宿屋を出て町の様子を見てみる。
宿屋の店員さんもいなかった。
それに自分たちの足音すら聞こえないのは、あまりにも気色悪い。
五感の1つを奪われると、こんなにも変な感じがするなんて驚きだ。
敵を察知するのが極めて難しいぞ。
この町を見渡してみるけど、人がいない。
さらにいい加減耳鳴りがしてきた。
何も聞こえないのはこんなにも不安なんだな。
「……。」
となりの恋敵の腕が当たっただけで、ドッキっとしちゃった。
気配察知しずら過ぎて、おもわず情けない声が出ちゃった気がするけど、無音になってある意味良かったかもしれない。
「……。」
恋敵も同じくむすっとしているようだ。
だが無音のせいか、あまり迫力がない。
人がいない町って不気味すぎる。
ゾンビさんでも出てきそうだ。
――恋敵は何かを見つけたのかある物を指差す。
街のど真ん中の広場に置かれた立て札らしきものだ。
『この先の洋館で待つ。』
私達の国の言葉だ!
この先の洋館に罠かもしれないけど敵がいる!
十中八九罠だろうけど、飛び込まねばならない!
◆◆◆
足跡のない中、それらしいデカイ館が見えてきた。
このまま金魚モードでぶっ壊したほうが早いと考えてしまったが、逆鱗を潰さないと一撃で屠るのが難しいロストエンシェントキメラドラゴンさんあたりが出てきてしまったら、面倒くさいのでやめよう。
館の扉を開け中に入ると真っ暗で何も見えない。
私達が音もなく入ると同時に玄関ドアが勝手に閉められ、暗闇に閉じ込められる。
だが天井は暗闇でも高く感じるし、なんていうか強敵の気配がしない。
指で進むことを指示して恋敵と共に進む。
「ようこそ、高達ひとめ、草島日。」
女性の声が聞こえる!
この事件の首謀者か!?
「金魚モードになることをお勧めします。
この暗闇でワタシの刺客を倒したいのならば。」
やはり罠、そしてこの声以外音が聞こえず、館は暗闇だ。
ならば罠と分かっていてもやるしかない!金魚モード!
周りに生命の反応!
音は消せても二酸化炭素の排出量は変わらない!
問題はこの呼吸的に彼らは武術をたしなんでいるタイプの人達じゃない!
おそらく町の住民だ!
その街の住民たちに紛れて何か変な行動をとっているのが数名いる!
「……。」
町の人らに対しては奥義を使用せず手刀で薙ぎ払っていく。
問題はそれに紛れてあからさまに、変な立ち回りをしている奴。
視覚、聴覚は頼りにできない。
だが呼吸と触覚でわかる。
こいつの動きは武術のそれだ。
脚運びがまるで、柔道場や剣道場で見るそれ。
近くにいた恋敵もそれに気づいたのか、頷いているのがわかる。
デメキンでは対処が難しい。
ここはリュウキンで……。
私が接敵するよりも、恋敵が先に接敵するのを確認する。
先に出られたのがなんか腹立つ!
「……。」
恋敵のあの構えはやはりリュウキン。
位置関係的に私よりも早く接敵したんだな。
「……。」
耳も目も使えないけど。
これはやっていないことはわかる。
血も何もない。回避されたか?
いや、おそらく受け流された。
相手が誰だかわからないけど知り合いである以上、恋敵は一瞬力を抜けてしまったようだな。
今度は私がぶっ潰す!
敵がいるあたりにリュウキンの構えで迫る!
!?
そ、そういうことかぁ~!
敵対しているのが誰かわかった!
特徴的な耳と尻尾。
クマに白衣。
狐の獣人でヨゾラちゃんの父親!
アメキチさんだ!
躊躇するわけだ!
手に持っているのは、刀!
里を抜けたとはいえ、培ったであろう王木流刀術で防がれたっていうわけだ!
だが恋敵の立ち回りから、どうすればいいか分かった!
「……。」
刀ごとデメキンで打ち砕けばいい!
――な、なんだ!?
アメキチさんが白衣から何かを取り出す!
なんだ?その試験管に入ってる液体は?
まずい!デメキンでこれを砕くのは何かやばい!
力を弱めるが当たってしまう!
「……。」
いっったああああああ!!
ひりひりする!!
私が思わず痛みから叫ぶが無音だ。
むっちゃいたい!!
これはあれか!酸だ!!
酸の試験管を私に割らして、攻撃をひるませたんだ。
よく見てみると恋敵も同じように負傷している。
やられた。
顔なじみな分、攻撃の意識をそがれる。
そして、相手は福音の洗脳で躊躇なく攻撃をしてくる。
さらに言えば高度な知識を持つ分、それを補う戦いをして戦い慣れしている私達がそれに警戒してさらに戦闘のキレをそがれる。
そういうことを理解したうえで、緻密な戦闘を行ってくる。
そろそろ金魚モードが呪いで強制解除される。
恋敵を担いで距離を取る。
この館の外に出れば、まだチャンスがある!
ん?玄関まで遠い?
なぜだ?
いや、まて。
玄関まで向かっている気がしない。
さっきの酸か!
方向感覚を狂わせる何かを混ぜ込んでいたな!
おそらく匂いみたいなものだ。
ただでさえ感覚を2つ潰されて、感覚過敏になっていた嗅覚で狂わされた。
まずい、頼みの綱の金魚モードが解除される。
こうなったらアメキチさんを2人がかりでぶっ飛ばして……。
「計測時間通り、金魚モードが解除されたわ。無音解除、明かりをつけて。」
その言葉と同時に、音が戻り窓が開く。
「まぶし!?」
「な、なに!?」
そこにいたのは私達が倒した町の人々。
どちらかの攻撃で傷を負ったアメキチさんと、部屋の中央にある階段に腰かけた人物。
それはオータバ電気街で怠惰の大罪と戦ったユウジのおにいさん、ユウタロウさん。
そして、会うのはずいぶんと久しく感じるゴスロリ服の美女、マチルダさんだった。
マチルダさんは2階に椅子に座っており私達を見下すように笑っていた。
「お久しぶりね、2人とも。」
「うむ、そうであるな。」
「さっきのは痛かったよ。」
なるほど、アメキチさんを含む非戦闘員たちが組んだんだ。
道理で巧妙な作戦なわけだ。
金魚モードが封じられた。
相手は知恵を持つもの。
ごり押しはできない。
「さて2人とも、ゲームをしましょう。」
「「ゲーム?」」
「貴女方は現状金魚モードが使えず、こうしてまんまと罠にはまった。
ワタクシ達も貴女方が厄介に思っている。
そして貴女方もワタクシ達を厄介だと思っている。
と、いうわけでここで少しゲームをして勝敗を決めませんか?
むやみに血を流し体力を消耗して、他の福音様の刺客に倒されるなんて愚行です。」
「「……。」」
確かにそうだが、問題はそれじゃない。
メリットは体力の温存、デメリットがイマイチはっきりしない。
それにメリットが弱すぎる。
「負けたらどうなるの?」
「負けたり我々が殺された場合は、真冬の地図にも乗っていない孤島に転送させていただきます。
勝ったら我々の持つ福音の欠片を3つとも与えましょう。」
福音の欠片……万歳ストームのみなさんにもあった洗脳の元と思わしきアレか!
最終的にHって文字のカードになったアレだ!
「さらに勝てたら、魔国までの道順を教えてあげてもいいですよ。」
「え!?いいの!?」
「構いません。さて……。」
マチルダさんは立ち上がり、微笑む。
「挑戦者の2人方?
福音の名のもとに、ゲームを受けますか?」
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