第九章幕間『アンチテーゼへ向かうもの達』
――16年前、第二のエイドスドアルーム。
「ニッちゃん、足元気を付けろよ。」
「はい!」
まさか本当にエイドスドアルームがあるとは……。
ショーワ町のよりなんでボロボロなんだ?
あと何っていうかニッちゃんが妙に引っ付いて歩きづらい。
「昨日はベッドであんなにも情けない顔をしていたのに、今はかっこいい~!
きゃ~私の彼氏最高~!」
その言葉そのまんま返す。
あとそれ恐らくヒトメにも言われそう。
鬼の体力ヤバイ。正直少しげっそりしてる。
ヒトメを生き返らせる方法を探して、3年。
まぁこんな年数で見つかるわけない。
わかってはいたが、激動の3年だった。
適当な孤児院の女の子を励まして冒険者にしたり、なんか宗教でこじれている村を救ったり。
ソライがなんか領主の娘さんといいムードになったり。
天空図書館で呪術が暴走してえらいこっちゃになったり、山火事を起こすモンスターを討伐したりした。
まぁそれ以外はほとんど失敗したけども。
あとニッちゃんの熱が全然冷めないという点は不動か。
ヒトメの話をすると、すげー顔をするようにはなったけど……。
しかし、まさかまたエイドスドアルームと邂逅するとはな。
この前の村の村長曰く聖地らしいけどもなんていうか、ボロボロで手入れされなさすぎるっていうか。
モンスターさえ寄り付かない感じだな。
ソライみたいな罠の解除はちょっと難しいけど、時間をかけてゆっくり探索していけば何とかなりそうだ。
ただ問題はこんな時までデート気分の腕に巻き付いているこの人だ。
「ニッちゃん、こんな時まで引っ付かないでくれ……。」
「え~~2人きりなのに?」
「うん、ボロボロで足元悪いし、ここは腐ってもエイドスドアルーム。
何があるかわかったものじゃない。」
「は~~い。」
うん、これで罠の探知に集中できる。
所々に現地民が仕掛けたと思わしき罠がある。
古典的だが、槍とか弓矢が所々に設置しているし。
古典的だからこそ解除はできる。
ここは数か月ほど前、天空図書館の司書から聞かされた場所だ。
俺はヒトメを復活させるために本を読み漁っていたところにエイドスドアルームと思わしき挿絵が載っている本を司書が教えてくれた。
司書曰く
『いつの時代から存在しているのかはわからない。
それが何なのか不明。
誰が建てたものなのかもわからない。
ただ神聖な場所であり、地元住民はあがめている。』
と、謎だらけな詳細だったが、こうも言われた。
『古代から存在している装置であり、生き返りに関係あるかわからないが、何かもっと悍ましいものもあるかもしれない。』といっていた。
俺達はエイドスドアルームがどういうものなのかよく知っている。
だから望み薄で入ってみたが、想像の10倍くらいボロボロだ。
やっぱり期待できそうにないけど調べないのと気が済まねぇ。
――ちょっとでもヒトメを生き返らせる可能性があるならな。
「正直、そろそろ旅から落ち着いてきても、私はいいと思うんですけどねぇ~。」
ニッちゃんはこういう調子だ。
早く結婚したいらしい。
だがその前にここだけは調べないと。
もしかしたら何かがあるかもしれない。
「ん?」
奥に開けた空間が見える。
広い空間と言えばショーワ町のにはたしか、時空間を移動するためのバカでかい装置があったな。
この奥にあるのもそれに類似した空間なんだろうか?
いや、違う時空転移の部屋じゃない。
ここは大きさこそ違えどあの部屋にそっくりだ。
「ここは……。」
「見覚えがあります……。」
3年前、アルが封印されていたあそこにそっくりだ。
エイドスドアルームが地中に埋まっていた時、その露出した部分が塔型のダンジョンに見えていた。
人々はそこをメイジダンジョンとして呼んでいて、街の風物詩だった。
俺達はそこで封印されていたアルを見つけたところからすべて始まった。
その始まりの場所。
封印の間。
アルが入っていた水晶がないことを除けばここはそっくりだ。
あとは向こうにフラフープのような装置があるのも違うなぁ。
でも雰囲気はそっくりだ。
あの時、創造主であるアルの封印を解いたのは俺とニッちゃん。
ちなみにあの時あの場所にソライ達はいなかった。
いたのは敵として、立ちはだかったどこぞのロボット七姉妹の長女くらいなもんだ。
ここは全ての始まりの場所にそっくりだ。
「なんだか懐かしいですね。」
「ああ、確かに懐かしい。」
あの時メイジダンジョンを探索していた理由は確か、ニッちゃんが持ってきたチラシ。
ダンジョン内に隠し扉が見つかったという内容のチラシから始まった。
あのチラシに従いダンジョンを探索していった結果、俺達はあの創造主を解き放った。
――だがここには何も封印されていない。
謎の恐怖が心のどこからか湧いて出てくる。
俺達の知らないエイドスドアルーム。
何も封印されていない同じような部屋。
もともとここに何かがいたのではという不安感。
まずは、あのフラフープのような装置を調べてみるか……。
◆◆◆
――3時間ほど調べてみたが、よくわからない。
起動のさせ方も電源が通っているのかさえ分からない。
ただ、装置のそばに歯車型のくぼみがある。
歯の形は『台形』。
アルの保有する歯車は『三角形』と『四角形』
これとは違う。
恐らくこのエイドスドアルームで作られた歯車じゃないと無理だな。
しかしここは恐らくショーワ町のと違って、エネルギーが枯渇している可能性が高い。
歯車は生成できないだろうし、これを動かすことはできない。
ただ形状から予想できる。
よく見るとフラフープの近くに操作盤の様なものがあった。
球体とダイヤルがついた操作盤だ。
球体は若干ざらついており磁石のような材質をしている。
ダイヤルは6種類あり個数は1,4,2,2,2、2と並んでいてだいぶ幅がある。
一番左のダイヤルには『A,C』『B,C』と表記されている。
ここからは推理になるが、恐らくこのダイヤルの表記的に、紀元前後、年、月、日、時、分を入力する装置だったんだろう。
ショーワ町のにも似たような制御パネルがあった気がする。
――問題はこの制御パネルの下。
サークル状の謎の模様が刻まれている。
思わずそれを指でなぞるとサークルは動く。
これも入力装置なのか?
なんていうか模様が地形に見えなくもないが……。
「パズルだなこれ……。」
サークルを動かすと隣のフラフープも回る。
子供とかが公園とかにこういう遊具があったら、喜びそうなやつだ。
「サイム君!ちょっとこっちに来てください!」
「はーい。」
ニッちゃんが呼んでる。
そういえばついこの間、『こっち来てください』って呼ばれて不意打ちでキス食らったなぁ。
のそのそと移動するとニッちゃんが部屋の中央を観察している。
キスではないっぽいな。
「ココ見てください。」
床に何かくぼみがあるな。
「ちゅ。」
ああ、床のくぼみ見ているタイミングにほっぺにチューか、してやられた。
なんていうかダンジョンの緊張感ってのがないっていうか。
初心がないっていうか。
これはあれだな。
「ニッちゃん、これは彼氏としてではなく社長として言っておく、今はもう少し緊張感を持ってほしい。」
「はぁ~い。」
気だるそうに言うなぁ~。
はい、1000円減俸。
ここは彼氏と言えども心を鬼にして減俸。
悪いがこれが武山冒険社だ。
俺の会社だ。
まともから最も遠い俺の会社だぁ~。
と、サイレント減俸しつつ。
くぼみを見てみる。
罠……か?
「これ、なんでしょうね?えい。」
「馬鹿!ニッちゃん!」
「へ?」
何にナチュラルにくぼみに指ツッコんでんだ!?ニッちゃん!?
浮かれすぎだろ!?
……。
何も起こらない。
そりゃそうだ。
ここは燃料切れのはずだ。
何か起こる方がおかしい。
「何も起こりませんね。」
「ニッちゃん!肝を冷やしたぞ!
付き合ってからすごい浮かれすぎだ!」
「ごめんなさいです。」
だいぶ腑抜けているな。
緊張感が無さすぎるっていうか。
ヒトメと同じような……。
「はぁ~~。」
部屋の中央に合ったくぼみは、特に何もなかったみたいだが……。
俺は立ち上がり、周りを見渡す。
しかしここ以外に部屋なんてないし……。
少しここにとどまる必要性がありそうだな。
「ニッちゃん、今日はここで野宿だ。」
「……。」
「……ニッちゃん?」
「サ、サイムさん……。」
ニッちゃんへと振り返ると、驚くべき光景が飛び込んでくる。
「お久しぶりね、『ヘーゲルの弁証論』。
武山才無。」
もう1人いた。
灰色の少女。
死んだ魚のような瞳。
ニッちゃんにそっくりな彼女がニッちゃんの肩を持つように後ろに立っており、不気味に微笑んでいた。
――俺はこいつに覚えがある。
これは冒険社の中でも俺しか知らないことだ。
3年前、エイドスドアルームが地中から這い出た時。
その翌朝、燃えて崩れる俺の故郷を眺めて、歌っていた少女だ。
ただ世界が終わりそうな時に、楽し気に歌っていた少女だ。
そして俺はわけあってこいつの正体をそのあとに知った。
とある記憶に引っかかる。
ああ、わかってきたぜ。
このエイドスドアルームの持ち主はこいつの可能性が高い。
「お前は『無限の願望器』だな?」
「あら覚えててくれたの?
嬉しくはないけど、説明が面倒だから助かるわ。」
「そうか、お前がここの主だな?」
「それに関してはノーコメントとしておきましょう。
お前には関係ない。
私の今回の目的はこの子。」
無限の願望器がニッちゃんに用事?
何とかしてあのいかにもろくでもない女から、ニッちゃんを引きはがさないと。
「ろくでもない女だなんて失礼しちゃうわね。」
心を読まれた!?
いや、違う……。
そうか。
「お前、文字通り俺を読んだな?」
「ええ、それの何が問題?」
いけ好かない奴だ。
「それが私にとっての普通なの。
それは重々承知しているはずよね?ヘーゲルの弁証論。
お前はここまで役割を果たした。
そしてこの子には、別の役割があるの。」
「なんの役割だ?」
「私にとって、必要な部品よ。」
奴が指を額に置く。
――この動きは……!!
させるか!
「01Idアビリティ!」
俺の最大能力でせめてニッちゃんに害をおよばないように!
アイツの肉体や魂をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせる!
――風!?
まずい!?何かに引っ張られる!?
さっきのフラフープの装置が作動してる!?
いつの間にか制御パネルに歯車がはまっている!!
それにあの装置、フラフープっていうより穴か!?
あの穴の中にブラックホールみたいな感じで吸い込まれる!!
「す、吸い込まれる!?」
「これが私の無限の歯車。
『限』の歯車יよ。
対象を引きずり込め。」
足で踏ん張れない!
穴の中に引きずり込まれる。
まずい!
ニッちゃんが手を伸ばす!
「サイム君!」
「ニッちゃん!」
手が届きそう、あとちょい!
「今どき、そんなありきたりな展開、誰も求めていないから。
とっとと行きなさい。」
その手を無限の願望器に、はたくように振り払われる。
ふざけるな無限の願望器!
「サイム君!!」
「ニッちゃん!!」
二回目だぞ!!ヒトメの時で一回目!
ニッちゃんまで引きはがされてたまるか!!
「うぉおおお!?」
だが、穴に吸い込まれ何とかふちにつかまる。
これが限界だ。
「『絡』の歯車מ、そいつを落せ。」
奴からまた別の歯車が射出されて、穴のふちにへばりついていた俺の手を引きはがす!
「ニッちゃんーーーッ!!」
「サイム君ッ!!」
暗い穴の中へ吸い込まれていく中最後に見たのは。
俺の最高の彼女と。
――彼女と同じ顔をし死んだ魚の瞳をした『無限の願望器』の目だった。
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