第145話『見守る彼らと怪物少女』
◆◆◆
ぶつかり合っている最中、イチジクの視点
◆◆◆
体が全く動かない!!
これが本来あるべき創造主、あるいは魔神としての歯車の能力!!
そのものはぼーっと2人の戦いを見ている。
アタシ達は指さえ動かすことができない。
目の前にいるこの男こそ!
このどうしようもない状況で裏切ったこの人こそ!
「創造主アルゴニック!」
「あ、はいはい。そーですよー。」
こんなたった2人の女の子の戦いで世界が滅びそうな光景だってのに。
この男は悠々自適に見物している!
何て奴だ!
「なぜ裏切った!!アル!!」
「今出ていくとお前ら死ぬだろ?時が来るまで待つしかねーんだわ。」
「はぁ!?ここは決死の覚悟で止めなきゃならねぇんだろ!!」
ユウジさんが必死に呼びかけるが、創造主さんは肩で笑う。
「ユウジ、お前らしくない。頭を使え。」
「はぁ?」
そうだ、頭を使うんだ。
さっきこの創造主は極めて不自然な発言をしていた。
『これは必要なことらしくてな。』と。
らしくってなんだ?
まるで創造主はわかっていないけど誰かがわかっていたような言葉。
それを創造主が実行している?
誰からそれを?そしてなぜ?
ここで重要なのは、アタシ達を進ませたくない理由。
2人がぶつかり合わなければならない理由。
その何者かは2人を戦わせたかった?
「とりあえず見守ろうや。」
「動けぬ!」
後ろにいるネリィさんの声だ。
それを諭すように親であるソライさんがつぶやく。
「ネリィちゃん無駄と思った方がいいよ。
これは『殺』の歯車の能力。
ありとあらゆるものを無効化する力。
正常に動くものを『殺す』ことに特化した力。
この状況を打開したものは、歴史上1人しかいない。」
「方法があるんですか!?」
思わず尋ねる。
体が動かない中、ソライさんのその声は残念がっている。
「……できたのはサイムだけだ。
自らのIdで自らの身体をぐちゃぐちゃに混ぜて無理やりに動いた。
奴が今ここにいないなら動くことは決してできない。」
「そんな……。」
なんて無茶苦茶な方法での状況打開。
アタシ達じゃあ絶対に無理だ。
「そうだ。
お前らは10分間はどうすることもできない。
ここで機会を待て。」
待てって言われてもどっちにしろ動くことができない。
「12Idアビリティ!!リベリオンッ!!」
ヒーちゃんがIdを発動した!?
なんで!?このひりつくような感覚は!?
アタシ達まで身体が焦げるように暑い!
「あれがヒトメさんのIdか……。
………宗教系?いや、なんか違う気がする。
何か異質さがある……怒りが伝播するような。」
ヒーちゃんの能力の元になったのは仏教哲学って言う、別世界の宗教哲学じゃ……。
「まるで、1を1000にするような力だ。
そしてこの伝播してより強くなる。
と、いうことは功利主義……怪物……ヒトメさんのIdの原典ってもしかして……。」
「な、なんなんですか?仏教哲学じゃあ……。」
イラつきそうになりながら思わず尋ねてみると創造主さんはニヤリと笑う。
「これは仏教哲学じゃない。
おおかた、うちの義弟が間違えた解釈をしたんだろうが、そんなもんじゃあない。
釈迦のような神聖さなんてないし、あんなバカでかい宗教とも言えない。
こいつは天使や悪魔解釈によってはどちららともとれる『怪物』その思考実験。
『功利の怪物』だ。」
「功利の怪物?」
確かにヒーちゃんは怪物みたいな力だし、今も皮膚が真っ赤になって人間金魚みたいな姿だけども。
「『功利の怪物』、最多、最大幸福の正否を決める思考実験の一つ。
功利主義に基づいた思考実験だ。
例えばケーキがあったとしよう、それを食べると人はおいしいだの幸せだのを感じ取れる。
この時、ケーキを食べる時の人が感じる幸福を『1』と数値化しよう。
だがケーキを食べた時、幸福を『1000』と感じる怪物が出現したとしよう。
ケーキの数が仮に1つしかない場合、全体的にもっとも多くの幸福を感じるためにはどうしたほうがいいと思う?」
「えっと……怪物の方に与える?」
「そうだ、幸福を感じるためには怪物にケーキを与えるべきだ。
必然的にケーキが2個だろうと3個だろうと、人間にやるんじゃなくて怪物にケーキを与えたほうがいい。」
「そんな怪物とかあまり現実感がつかめませんよ。」
「これが仮に人間や怪物っていうくくりじゃなくて『大人』と『子供』としたら現実感がつかめる。
大人よりも子供の方が幸せを感じるなら、ケーキを与えるだろ?
子供の純粋な反応は幸せな思いを広げてくれる。
こうやって幸福を伝播する、そういう『純粋さ』。
だが一方だけがケーキを得て幸福な思いをしてる『アンバランスな利』、これの正否を問うための思考実験だ。
なぜ義弟が仏教哲学と思ったのかはわからないが、これがおそらく能力の真実だよ。」
「でもヒーちゃんだけが得をするのってそれは利己主義じゃないですか?」
「じゃあ聞くが最近、無駄に敵が強くなったり、敵がヒトメさんと戦うのを喜んだ経験はないか?
ヒトメさんが一番強くはあるだろうが、ほかも弱いままだったか?
そういう経験があるのなら、ヒトメさんは分配し搾取していると言っていい。」
――あてはまる。
最近の敵はみんな戦うことを、喜んだりしているのが多かった。
ギリギリの戦いも多かった。
その中でもヒーちゃんだけが強い。
ヒーちゃんは純粋だ。
よく考えれば、ヒーちゃんが幸せならアタシも幸せになる。
まるで他人のケーキを貪るような強力無慈悲な『怪物』。
他者から強さを食らってる。
他者の幸福を食らう代わりに、新たな幸福を他者に慰めのように与える。
与えた幸福を搾取して、さらに新しい幸福を与えるループ。
おそらくヒーちゃんは万物の存在の『利』を貪りつくす。
モンスターを寄せ付けるのも、『生命としての強さ』を差し伸べている。
つまり、『ケーキ』をささげていたんだ。
だから出会った頃よりも戦いを重ねて強くなったんだ。
心当たりがありすぎる。
人の心なんて、こんな不平等な存在の前ではさしたるものではないだろう。
「ただ、そうなったら死からの復活についての謎が……。」
「おい!アル!!考察なんていいから早くオレ達を開放しろ!」
創造主はユウジさんの方を見てため息をつく。
「やめとけ、ユウジ。
……そうか、お前が珍しく考えていないでいるのを見ていると、ヒトメさんのIdの影響と考えれば理解できる。
ヒトメさんにとって今、『利益』としているのは『怒り』だ。
伝播されたな。怒りの感情が循環しているんだ。」
そういえばさっきからひりつくこの感じ、起こった時に出る鳥肌と血液が沸騰しそうなこの感覚は、まぎれもない『怒り』だ。
「Id持ちには功利の怪物に対しての抵抗ができている。
作戦に支障はない。
が、あの状況のタイミングを見測らねばならない。」
そう言った最中で、ニッちゃんさんがヒーちゃんによって地面に伏せられる。
「「ニッちゃん!!」」
「……。」
「おい、アル!いい加減拘束を解きやがれ!!ニッちゃんが!!」
「……。」
「アル!!このクソ創造主!!何やってんだ!!仲間を見殺しにする気か!!?」
「……。」
「馬鹿!!何やってんですか!!アルさん!!」
「……。」
「アル!見損なったわよ!!」
「……ギャーギャー!やかましい!だまぁってろッ!馬鹿共!!
追い込まれているのはヒトメさんの方だ!!」
「「「はぁ?」」」
この創造主は何を言い出すんだ?
ヒーちゃんはむしろ追い込んでいるんじゃ……。
「ヒトメさんのあの状況は長くはできない!
ペナルティも俺がかつて予想していたものかどうかわからん!
そして今のニッちゃんの状態を知っているからこそ、この状況は俺達が想定していたよりも早いんだ!
あの水晶の濃度から考えてもっとやばいかもしれん!
状況を見極めるために集中してんの!そこで黙っててくれよ!」
やっぱり何かを知っている。
この人は何かを知っている。
誰かと何かの情報を共有している。
「思い出してきた。
アル、お前19年前もオレ達にいろんな隠し事をしていて、小出しにしていたよな。」
「冒険社の社訓的に隠し事はしないはずだよね?アルさん。」
「……。」
「アル!頼む!」
「お願いよ!」
創造主は神妙な面持ちで立ち上がる。
「悪いな、今この場で言うと依頼が失敗するんだわ。
仲間に情報を伏せてでもやらなくてはならないことがある。
あとで説明するから、そのままでいてくれ。
頼むよ、みんな。」
なんだろう、依頼って……。
ただ、依頼という言葉を聞いて誰かの息をのむ声が聞こえる。
「…………まさか、そういうことなのか?」
ユウジさんは何かを察したようだ。
「え、どういうことユウジ?」
「ソライ、わからないのか?奴の言葉。」
◆◆◆
アタシ達なんて目もくれず、ヒーちゃん達は殴り合い続けている。
――そろそろ大きな一撃が来そうだ。
――おそらく、同じ人を好きになったもの同士の決着がつく。
「さて、そろそろ頃あいだろう。
空間を切り裂いて『黒幕』と『協力者達』を呼ぶとしよう。
状況を進展させるために。」
◆◆◆
ボロボロのヒトメの視点
◆◆◆
許さない!!もう許さない!!
絶対に殺す!!許さない!!
どれだけ殴り合っても終わらない!!
どれだけ蹴っても終わらない!
互いが同じくらい傷付いていく!
すでにIdを発動してから何度も殴り合って、何度も傷つけあっても同じくらいにしかダメージが行き届かない。
「「はぁ……はぁ……。」」
「はぁ……肩で息していますが、大丈夫ですか?」
「はぁ……くだらない皮肉を言わないで頂戴。」
なんで決着がつかないんだ?
何故Idを発動しても仕留められないんだ?
なんで虚をつくようなカウンターを加え続けられているんだ?
鏡と戦っている、そっちの方が幾分かマシだ。
なぜなら実際に戦ってみて、まれに相手の一撃が私の一撃を上回ることがあるからだ。
こうなったらあれしかない。
デメキンの構えを取る。
もう体力がない。
この一撃にすべてを込める。
「……来ますか。」
「ああ、お前を屠るにはこれしかない。」
これはデメキンの構えをしているけどデメキンじゃあない。
その上位に位置する技だ。
敵は私をにらむ。
相手も同じように構える。
「次の一撃が恐らく互いに最後。
私もあんたをここで倒します。
鉄拳制裁です。」
「覚悟しろ、最高の少女。草島日。」
「覚悟してください、最上の少女。高達ひとめ。」
※ブックマーク、評価、レビュー、いいね、やさしい感想待ってます!
この物語の『更新』は現状『毎週金、土、日』に各曜日1部ずつとなります。