第138話『種子が芽吹いていく少女』
「さて、お子様はおかえりになる時間です。
ワタクシはこれからあなた方のご要望通り出頭しましょう。」
「あなたを1人きりにして出頭だなんて。
そんな話、信じられない。
私達と一緒についてきてもらう。」
私がそう言うと潔癖の大罪は一瞬邪悪な笑みを浮かべる。
暗い心地の良いバーの雰囲気の中で何かが一瞬変わったのを感じる。
「そう言えばまだ話していませんでしたね。
残り1人の大罪は恐らく、あなた方から逃げることを専念します。
戦わないでしょう。」
そうだ、こいつを警察に連れて行ってもまだ1人残ってる。
今ここで取り押さえるのは簡単だが、情報が少しでもほしい。
残る大罪は、えっと……。
「8番目の大罪のことですか?」
イチちゃん流石。
ただ潔癖の罪人は首を横に振り、私達から見て右端の席を見つめる。
「いいえ、そのお方ではありません。
席は決まっていますが、そのお方はこのバーには一切顔を出すことはありませんでした。」
??
どういうこと?
「第Ⅷ大罪様は、『欠番』なのです。
我々13の大罪は『0を含めた0~ⅦとⅨ~ⅩⅢ』で13人。
第Ⅷ大罪様は文字通り13人に含まれない『欠番』ですので、あなた方どころか世間のどこを探してもいない。
まだ存在しやしない最後の罪人。
我々では決して会うことのできない終末が訪れると同時に現れる『未来の大罪』。」
妄想だ。
だがいいことを聞けた。
第0大罪は逃げるってことは、私達を襲ってこない。
イチちゃんを横目で見ると、何かを考えこんでいる。
そしてその疑問を口にする。
「ねぇ……未来の大罪っていうのが、現れるってなぜ知ってるの?」
「ワタクシが今から種を芽吹かせるからです。」
そう言って潔癖の罪人が、バーの床に音を立てて倒れ伏す。
うつ伏せで血を吐いて倒れている!
「な!?なにを!?」
こいつ何をして……!?
「ヒーちゃん!!近寄っちゃダメ!!」
イチちゃんに言われてハッとするこいつは大罪だ。
毒が撒かれている危険性がある。
あのワインが毒の可能性もあるけど、ここに一定以上留まることで私達を殺すために毒を散布している可能性が0ではない!
「心中する可能性が0とはいいがたいよ。
今すぐここから逃げるんだよ!」
「うん。」
私達はその場から立ち去ろうとする。
奴は言っていた、8番目の大罪の芽を芽吹かせると。
去り際に倒れた奴をちらっと見る。
どこか邪悪で、いやこういうべきか。
『最悪』な笑顔で私達を見ていた。
……ような気がする。
「……ちゃん!」
バーの扉を握り立ち去ろうとすると、誰かの悲痛な叫びが聞こえた気がした。
◇◇◇
死に際、第Ⅹ大罪『|潔癖《マリア"シン》』の視点
◇◇◇
「おじいちゃん!!おじいちゃんッ!!
しっかりして!!」
聞こえる。
我が孫、リエの声だ。
ちゃんと約束を守り、カウンターの隙間から身をかがめ一部始終を見ていたようだな。
よかった。
赤金魚に探知されないように息をひそめて。
こうして会話をする、ここまで計画通りだった。
毒入りのミルクはさすがに飲んでもらえなかったが、それも織り込み済み。
――正義も悪も、法も誰かによってつくられるもの。
予想通り警戒した故に近づかなかった。
余計なアドバイスをありがとうございます、イチジク様。
おかげですべてうまくいきました。
「おじいちゃん!!」
これを物陰から決してわからぬように、覗いていた我が孫が、その場を警戒して急いで去ろうとする貴様らを見た。
ワタクシが無抵抗に殴られる様を見た。
ワタクシの平和への思いを強引に捻じ曲げるところを見た。
――そんな孫に対してワタクシがこう言ったらどうなるかな?
「リ、リエ……。」
「おじいちゃん!!大丈夫!?」
「よく、きけ。もうワタクシは長くはない。」
もう目は見えない。
しかし、孫がそこにいるのはよくわかる。
流石13大罪の中でひねくれものの冒涜様の毒。
素晴らしい効き目です。
――ワタクシを孫の前でこうして殺してくださり、ありがとうございます。
「あのもの達、赤金魚、達を許す、な。
正義を、潰すのだ。」
「おじいちゃん!!」
舌が廻らないが言わなければならないことがある。
未来へ悪を繋げるのです。
――人を正義の破滅から救うために君臨し制御するのです。
「我々の仇を、恨みを持っていつか成し遂げろ……。
子供でも子孫でもいい。
……絶やすな。」
「おじいちゃん!!」
こんな孫を持ってワタクシは幸せだ。
「憎しみを忘れるな。
その憎しみが、いつか開く、と、き……。
シンの平和が、おとず、れ……る……。」
「おじいちゃんッ!!」
何より悪でいさせてくれた。
ヤベ、アラタ。
手を握ってよかった。
傍にいてくれてよかった。
100年前、研究所で銃を向けたことを今でも悔いている。
お前達が傍にいたから世界の平和に貢献できた。
ありがとう。
何も見えない中。
最期に、孫の決意が聞こえる。
「…………おじいちゃん任せてて、あいつをわたくしが。
いや、わたくし達二代目があいつを殺す!
赤金魚殺す!!わたくし達がしくじってもその後継者が、それが駄目でもその後継者が!
アイツの子供、子孫を!!憎しみを持って踏みつぶす!!
おじいちゃんが思い描いた平和のためにッ!!
わたくしは正義をむしばむ、悪になる!!」
これを待って、た。
――審判は下された。
「わたくしは今より二代目、潔癖の大罪。
憎悪を継ぎ、この世界を平和にするものだ。」
◇◇◇
――ここはどこだ?何も見えない。
「お、待っていたぞ。」
――皆様……。
「まったく♡♡バーテンダーなしで始めちゃうところだったじゃない♡♡」
「お前がいないと始まらないじゃないか。
こんなにも楽できているのに。
酒を飲めないのはつまらなすぎている。」
この暗闇の中、皆様がいるのを感じる。
先ほどのお声は、色欲様、怠惰様。
「ごーはーーん!酒と飯!食い物!」
「…………。」
暴食様、沈黙様がワタクシの料理を心待ちにしているご様子。
どうやら遅刻してしまったようですね。
面目ない。
「ほら、そこらへんに転がってた酒だぞ!
一通りそろえておいたぞ!
怪盗はどこにいても華々しく窃盗をして、バーテンダーはそれを客に出すものだろ?」
「火ならあるぜ!猫舌なんでな、レアで頼む。」
強欲様、嫉妬様、感謝いたします。
ああ、そうか。
ここが地獄なのですね、なんて素敵な場所なのでしょう。
皆様がいてワタクシはいつも通り、皆様に支えられてお酒をお出しできる。
「おうおー!ここはつまらない場所だろ?
まぁこの言葉は見え透いているか!」
「ゲヘラゲヘラ!!アタリマエだ!あの世はスバラしい!好奇心と嗜虐心!
そしテ悪意で踏みにジリたいものであふれておル!!
そこへはバーテンダーがいないとハジマラヌところであったゾ!!」
ええ、虚飾様、温かい嘘をありがとうございます。
楽しみにできますね、冒涜様。
「みな、あの子娘にやられるとは。
まったくもって喧嘩を吹っかけるべき相手を間違えるとは、呆れかえるほど憂鬱だ。」
ええ、そうですね。
長らくお待たせして申し訳ございません憂鬱様。
「この程度で、終わるとは怒髪天だ。
怒りはまだ底を知らずわきたってるってのによぉ~~!!
だが!!仕事前の一杯もなしに暴れまわるのは、それこそ怒りが噴火しちまうところだったぜ!!
お前の一杯が必要なんだ!ハイド!!」
ええ、憤怒……アラタ。
「あまり待っていないが、この貴重な我の時間を奪ったことに変わりはない。
ただ無事に仕事を終えたことは、見事と言っておいてやろう。」
ヤベが、手を差し伸べる。
あの時と同じように。
その手を取る。
「はい、無事。
罪人として種は撒かせていただきました。
彼ら二代目が正式に、『悪』となりました。
我々の死という計画通りに。
全ては計算通りでございます。」
ヤベが微笑み、傲慢として頷く。
「さて早速だが注文を取れ、ハイド。働いてもらうぞ。」
この地獄でゆっくり待っていよう。
第Ⅷ大罪様のラストオーダーを聞くまで。
「かしこまりました。
罪人の皆様、ご注文はいかがいたしましょう。」
その言葉を聞き皆様が頷く。
ワタクシは第Ⅹ大罪『潔癖』
司法大罪に潜むものであり、彼らのバーテンダーだ。
「「「「酒を一杯と、正義が駆逐される様を!」」」」
「オーダー承りました。」
◇◇◇
第0大罪『原罪』リギョク様。
ならびに。
――欠番とされている最終最悪の大罪様へ。
こちらでゆっくりお待ちしています。
どうか、我々から受け継いだ種が芽吹き、花になるその日まで。
ここで悪が成就するラストオーダーを受け取れるその日まで。
世界がマゼンタ色に染まるまで。
ワインを熟させるように、長い時間をかけて。
最後の罪人、人間の業が行きつく終わらない連鎖の罪。
――第Ⅷ大罪『憎悪』様。
――――我々は大罪、いつまでもあなたが訪れるのを、ここでお待ちしております。
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この物語の『更新』は現状『毎週金、土、日』に各曜日1部ずつとなります。
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本日のヒトメさんによる被害/買い物
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傲慢:病死
潔癖:自殺