第4話
再びパソコンの前に座り、「小説家になりたい」を開く。最近ではコメント返しどころか読むことすらしなくなったコメント欄に有象無象の書き込みが数百件ひしめきあっているのを無視して、エディタを開いた。太郎に先回りして指摘されてしまったので、リザードマンは使えない。2分くらい考えた結果、とりあえず主人公のルークとヒロインのティアラがこっぱずかしい雑談をしながらひたすら道を歩くシーンを書いて、文章量を稼いでおくことにした。会話文を中心とした文章を書くことにはいまだに慣れないけれど、キャラクターが魅力的かという点が特に重要視されるライトノベルにおいては、避けて通れないポイントだ。
「あら?」
3000文字程度を書いて下書き保存をしたところで、異変に気付く。いま私が書いた話は54話のはずだが、なぜか56話という扱いになっていた。よく見ると、既に54話と55話が下書き保存されているようだ。私の記憶違いかとも思ったけれど、54話の中身を開いてすぐに状況を理解した。
太郎だ。太郎の仕業である。どうやら太郎は、私のパソコンをハッキングして非公開の話を読んだだけでは飽き足らず、勝手にアクロディア戦記の続きを書いたらしい。しかも、一行目にはご丁寧に「※私の案を書いておきました。あらすじだけですが参考にしてください。」と記載されている。おそらくこれも、全く悪気がないのだろう。だからこそ、気持ち悪い。
本来であればこんなものはすぐに削除すればよいだけなのだが、最初数行を読んで少し興味が沸いてきた。太郎は「あらすじだけ」と言っていたが、実際は1000文字近くある。アクロディア戦記は1話3000字前後で更新しているので、あらすじというにはかなり長いといえるだろう。その自称あらすじを更に要約すると、以下のような内容だった。
まず、王都シュテルンブルクから隣国の都市ベリーズへ向かって旅に出たルーク一行は、スライムやゴブリンなどを倒しながら成長をして、森の中の小さな温泉宿にたどり着く。自分たち以外にほとんど客がいないその宿で、風が気持ち良い露天風呂に入っていると、王道のラブコメ的なちょっとエッチなイベントが起きる。ここまでが54話。そして続く55話では、温泉宿に泊まっていた他の客とトラブルになり、剣を交えることになる。その結果ボロ負けして馬鹿にされたまま相手が去ってしまうという話が書かれていた。
「ふーん、なるほどね。」
ハッキングされたことを不気味に思うことも忘れ、素直に感心した。たしかに、ただ道を歩きながらイチャイチャするよりも、温泉街というイベントを挟んだ方が面白い気がする。将来的に挿絵を挟んだりアニメ化されるなど、ビジュアライズされることも視野に入れて考えると、入浴シーンというのは最適ともいえるイベントだろう。主な読者層は10代から20代の男性なので、お色気シーンは必要だ。
それに、この辺で後々強力なライバル、あるいは助っ人となる人物を初登場させておくのも悪くない演出だと思う。もう50話以上書いているとはいえ、文字数にすると15万字程度。冒険編はまだ始まったばかりだし、今から伏線を貼っておくと後々の話に深みが出る。今回は新キャラクターが軽く顔見世だけしておけば、ライバルにするか、助っ人にするかという詳細な設定は、あとで考えれば十分である。
全て読み終えたところで、ふと考える。このまま太郎の案をパクってしまえばよいのではないか? そんな考えが脳裏によぎった。これは盗作ではないだろうか。いや、違う。太郎は自分の作品として発表したのではなく、あくまでも一人の読者として私にシナリオの続きを提案してきたにすぎない。それに応じるかどうかは私が決めてよいはずだ。むしろ、このアイディアを使って面白い話を書いて欲しいというのが太郎の望みだろう。太郎に感謝されることはあっても、非難されることはないはずだ。
それに、最悪太郎のアイディアをパクったことが彼の気に障ったとしても、絶対に話を大ごとにはできないはずだ。まさか、「自分がハッキングして勝手に続きを書いていた内容を盗まれました。」なんて言えるわけがない。いつだったか耳が聞こえない作曲家のゴーストライターが実態を暴露した事件があったが、彼は単にゴーストライターをしていただけである。道義的に問題はあったかもしれないが、ハッキングのような明らかな犯罪をしたわけではない。それに引き換え太郎は、私が警察に告訴さえすれば、刑事事件になることもあるレベルの行為を既にしているのだ。自分の犯罪行為がバレる可能性を考慮すれば、太郎から事実を世間に公表するなんてことは絶対にできないと思う。
念のため自分が書いた道を歩きながらイチャイチャする話をメモ帳にコピーして、保存する。その後、太郎が書いてくれたあらすじをもとに、改めて54話を書きなおすことにした。