6.不幸を招く黒猫。
ざあざあと、雨が降り続いている。何も分からない、何も見えない、何も聞こえない。雨に濡れた身体がどんどんと冷えていく。コクウは呆然としたまま、ぼんやりと、道路の前で立ち尽くしていた。車からヒトが降りてきて、イチを拾い上げている。早く病院へ。そんなヒトの声を、コクウは呆然としながら聞いていた。ああ、あの時と一緒だ。思い出したくもない、あの日の出来事を。
『お前が殺したんだ』
「違う…違う…!」
ふるふると頭を振って、コクウが叫ぶ。嫌だ、嫌だ、思い出したくない。目の前に倒れている大切な存在の、生気がどんどん失われていく。コクウの心はいつかの、過去の、消すことが出来ないビジョンに変わっていた。倒れている大切な存在。大丈夫よ。そんな優しい声が聞こえる。ああ、ああ、大丈夫なんかじゃない。だって貴方は、赤い血で染まっていくじゃないか。嫌だ。ああ。ああ。自分はまた何も出来ないのか。また不幸を招いてしまったのか。
『お前はやっぱり不幸を招く猫だったんだ』
そうなのかもしれない。自分と一緒にいたせいで、イチは事故に遭ってしまったのだから。知らず知らずのうちに、真紅の瞳から涙がぼろぼろと零れ落ち、そして雨となって地面に染み渡っていく。どうしていいのか、分からない。がくりと力が抜けて、立っているのか、それとも倒れ込んでいるのかも分からない。涙と雨のせいで、目の前が滲んで良く見えない。
「オレの…オレの、せいでっ…」
何も出来ずに立ち尽くすコクウの身体に、冷たい雨がずっと降り注いでいた。