表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒猫と子犬。  作者: フツキ
5/11

5.結局こうなるんだ。

「こくう、こっちだ!」

 尻尾をぱたぱたと振りながら、イチが叫ぶ。暗い路地裏を抜けて、崩れた塀の穴を抜けた先には、小さな空き地があった。ここを囲む木々が上手く壁となって、イチのような子犬しか入れない場所になったのだろう。コクウもそのしなやかな身体を駆使して、穴を通っていく。途端に広がる眩しい光に、コクウは目を細めた。大人たちからすればここは、空き地と言うには少し小さいかもしれない。確かにここなら、誰にも知られない。

 コクウの目の前には、明るい光が差し込んでいた。きらきらと木々の間から零れる光を、コクウはぼんやりと見つめていた。この先は、自分には縁遠いはずだった明るい場所が広がっている。行っていいのだろうか。この自分が。一歩踏み出せばいいだけなのに、その一歩が踏み出せない。

「こくう、なにしてるんだ?はやくこいよ!」

 そうしていると、待ちきれない、とばかりにイチの声がコクウにかけられる。注意深く空き地を見やる。周りには誰もいない。大丈夫だ、誰もいない、見ていない。

「分かった。今行く」

 そう答えて、コクウは意を決して、ゆっくりと歩を進めた。きらきらと光る綺麗な空き地は、とても暖かかった。まるで隣にいてくれたイチの体温のようで、コクウは気持ちが良いなと心の中でつい呟いてしまった。こんな子犬に自分は心配されてしまっている。そして心安らぐ場所まで、提供してもらった。きっと薄暗い塀の上にいたならば、こんなところ、ずっと知らないままだっただろう。

「あったかいだろ?」

「そうだな…暖かいな」

 空き地の真ん中で嬉しそうに笑うイチに、コクウも思わず微笑む。日の光は、自分の身体だけでなく冷たくなった心まで温かくしてくれるのだろうか。コクウはそう思いながら、隣でごろごろと転がるイチを見つめた。どんなことを言おうとも、どんな場所にいようとも、イチは自分のずっと隣にいてくれた。自分の境遇を、全てを見た上で。もしかしたら彼となら、一緒にいられるかもしれない。

 少しだけなら、彼に心を開いてもいいのかもしれない。しばらく二人で日の光を浴びていると、「イチくん」と入り口の辺りから声が響いた。思わずコクウは身構えたが、イチが声の主を見て「さやか!」と叫んだのを見て構えを解いた。どうやらイチの知り合いらしい。さやかと呼ばれたイチを同じくらいの白い女の子犬が、入り口で様子を伺うように二人を見ている。

「さやか、どうしたんだ?」

「群れのおとなたちが、イチくんを探してたわ。どうして黒猫さんと一緒にいるの?」

 少し怯えた目で自分を見、距離を取るさやかに、コクウは俯いた。きっとこの幼い子犬も、大人達から、自分と関わってはいけないと言われているのだろう。そんなさやかに対し、イチは真っ直ぐな目でこう答えた。

「おれはこくうといっしょにいるってきめたんだ。むれのおとなには、そういっておいてくれ」

 そうしているうちに、明るかった空き地が、だんだんと暗くなってきた。どこから現れたのだろう、真っ黒な雨雲が、太陽を覆い隠してしまう。入り口から先に進めないさやかが、不安そうにコクウをちらりと見た。

「でも、その…黒猫さんは…」

「不幸の象徴だ…って言われたんだろ、嬢ちゃん」

 さやかが言えなかった言葉を、コクウが敢えて続ける。その言葉に、さやかがびくりと反応して、思わず頷いてしまう。子供はある意味、大人より正直だ。大人達から教えられた事を、そのまま真実だと思い込んでしまう。この子がいい証拠だ。やはり一緒にいるべきでは無かった。このままではこの女の子猫が大人達に話をして、イチが群れから追い出されてしまうかもしれない。そうなるとイチも自分と同じようになってしまう。そんなことはさせられない。

「兄ちゃん、やっぱり群れに帰った方がいい」

「なんでだよ!おれはこくうをしあわせにするってきめたんだ!」

「群れに帰れなくなるぞ、それでもいいのか!?不幸になってもいいっていうのか!?」

 そう主張するイチに、コクウが珍しく声を荒げてそう叫ぶ。暗雲が全員を包み込み、ごろごろと、遠くから雷の音が響き始めた。さっきまでの温もりは消え去ってしまった。ぽつぽつと、とうとう雨が空き地に降り始める。大きな雨の粒が、容赦なくコクウとイチの身体を濡らしていった。冷たい。まるであの時のように。嫌だ、思い出したくない。雨は嫌いだ。コクウの心にも、暗雲が垂れ込める。

「群れに帰れ!」

「やだ!」

「いい加減にしろ!大人の言うことが聞けねえのか!」

「……こくうのわからずや!」

 お互いそう叫びた後、イチはそう言い放って、さやかとコクウの制止も聞かずに走り出した。

「お前がわからずやなんだよ…!」

 コクウもそう叫んで、さやかを一瞥してから、すぐさまイチの後を追った。さやかも戸惑いつつ、走り出した。

 どうして、コクウは分かってくれないのだろう。群れの大人達は誰も助けてくれなかったのに、コクウは自分を助けてくれた。だから自分はコクウにお礼がしたいと思った。幸せな気持ちを味わってほしかった。出会ってから少しの間だけれど、一緒にいて孤独だった彼の気持ちも分かったような気がした。その孤独を、どうにかして無くしてやりたいと思った。

 そして秘密の空き地へ一緒に行ったあの時、彼は自分に対して微笑んでくれた。ずっと笑わなかった、あのコクウが。それなのに、それなのに。木々の間を抜けて、暗い路地裏を抜けて。イチはただひたすらに走った。頭がぐちゃぐちゃになって、何も考えられなかった。走れば忘れられそうな気がした。だから周りなど見ずに走り続けた。自分の目の前に、大きな車が飛び出して来ている事も気付かずに。

「兄ちゃんっ…!!!」

 悲鳴に近いコクウの声が、聞こえたような気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ