4.日向ぼっこは気持ちいい。
暗闇のような黒い猫が、塀の下を歩いている。その赤い瞳は、少しだけ辺りを伺うように動いていた。そんな黒猫の隣を、小さな子犬が歩いている。その表情は、とても嬉しそうだ。あの日から、コクウは塀の下を歩くようになった。その隣には必ず、イチがいた。周りにいる猫達の冷たい視線が、塀の上にいる時より強く感じられるようになったけれど、それでもコクウは塀の下を歩いていた。隣に、イチがいてくれるから。
「なあこくう、ひなたぼっこしようぜ」
「…オレは日に当たるのは嫌いだって、前に言っただろう?兄ちゃん」
前に提案したひなたぼっこをしようと、もう一度イチが誘う。だが、コクウの反応はいつもと同じだった。ただ前よりも少しだけ、その口調が優しくなっていたけれど。
「ほかのねこがきになるのか…?」
どうしても口に出したくなかった言葉を、イチはとうとう言ってしまった。コクウはずっと他の猫達の視線を気にしている。自分は不幸を呼ぶ黒猫だから。本人は口では気にしていないとは言っているが、イチが気になるくらいなのだからコクウはもっと気になっているだろう。少し寂しげに自分を見つめるイチに、コクウは小さな声で「少し…な」と答えた。他の猫達が気になるというのなら、誰もいない場所を選べばいい。自分も大好きな、とっておきの場所がある。そこへコクウを連れて行こう。イチはそう考えた。
「じゃあ、おれのおきにいりのばしょにいこう。あそこはおれしかしらないんだ。だれもいないから、こくうも、きっとだいじょうぶ!」
そう続けてから、イチが嬉しそうに笑いかける。コクウの返事を聞くよりも先に、お気に入りの場所に案内するために、イチはコクウの前をすたすたと歩き始めた。まだ行くとも行かないとも言っていないのに。だが今更拒否しても、イチはきっと何とかして自分を連れて行こうとするだろう。それなら、素直に従っておくべきか。はてさて、この子犬は自分をどこへ連れて行くのやら。仕方なくコクウも、イチの後をゆっくりと追う。
「……オレが日の光を浴びる事になるとはな」
自嘲するかのように、コクウが呟く。だがその表情は、どこか嬉しそうでもあった。