始まり
よろしくお願いします!
私は物心ついた時からいつも、攻撃されてばかりだった。
家では暴言暴力なんて日常茶飯事、反抗しても黙っても殴られ蹴られ、怯えてばかりだった。
学校では殴られたアザのせいでいじめられて、悪口や好奇の視線に晒されたせいで人の目や声が怖くなった。
どこへいっても攻撃されてばかりだった私の唯一の心の拠り所は、学校と家の間にある図書館だった。
本は私を知らない世界へと連れていってくれた。読んでいる間だけは日頃の辛いことだって忘れてしまえる。
その中でも特に好きだったのは、世界の風景写真。
私のみたことのないキラキラと輝いた風景が本当に綺麗で、私もこの目で見てみたいと、心から願った。
でも、現実はそんな淡い夢を見ることを許してくれない。
いつものように図書館に行くところを、親に見つかったのだ。
いつも以上に暴言を吐かれ、殴られ、蹴られた。ついにはバットまで取り出されて、足を骨折しそうなほど殴られた。
図書館に行かないように、次行ったらまた同じことをすると、脅された。
私は痛みと絶望に泣きながら学校へ行った。私にもっと自分を守れる力があったら。嫌だと言える意思があったら。助けを求める行動力があったら。そう思うと涙が止まらなかった。
涙で視界がぐしゃぐしゃになったからだろう。私は周りが見えていなかった。なにも考えず、いつもの道を歩いていた。だから、気づかなかった。
歩いている横断歩道が、赤だということに。
悲鳴が聞こえてふと隣を見ると、大型のトラックが迫ってきた。
そしてほぼ同時に私の体が空中に打ち上げられる。
景色がゆっくりになり、図書館で読んだ風景写真集の風景が頭に浮かぶ。
あぁ、こんなとこで死んじゃうのか。みたい景色、たくさんあったのにな。行きたいとこ、たくさんあったのにな。
その時、死にかけているというのに冷静だった感情、心が叫ぶ。
嫌だ。まだ死にたくない、と。
そうだ。私は決めたんだから。図書館で見た、あの風景を見に行くんだって。
なのにこんな場所で終わってしまうなんてやだ。
絶対にやだ!
そんな感情が溢れ出してくる。
だけど、そんな思いも虚しく、私は地面に頭から叩きつけられ、意識がプツンと切れた。
◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎
「ん……」
変な感覚だなぁ。ふわふわと浮いているような、それでいて地面にしっかりと足がついているような。
……ん?というか私は死んじゃったはずじゃ。なんで意識があるの?
あたりを見回してみると、何にもない部屋だった。扉もなければ窓もない。え?じゃあ私はどこから入ったの?
「なんじゃ、久しぶりに地球で強い魂の意志を感じたと思って呼び出したら、こんなちんちくりんが出てきおった。」
突然、後ろから声がした。
びっくりして振り返ると、金髪碧眼の杖を持った小さな女の子がいた。
それだけなら、まだ可愛い女の子、で済んだだろうけど、この子にはひとつだけ普通ではありえない特徴があった。
この子は、空中に浮いているのだ。
「うぇっ!?う、浮いてる!?」
「ん?浮いておるが。」
その子はなんでもないことかのように言う。
そして今一番大切なことに気づく。
「あ、あの!ここはどこなんですか?というか、私は死んだはずじゃ…?」
「あぁ、死んだ。トラックにはねられてな。そしてここは、うーん、なんといえばよいかのう。即席で作った空間じゃ。」
おじいさんのような喋り方をする女の子はとんでもないことを言う。
「く、空間を作るって、そんなこと、神様でもないとできるわけが……」
「できるぞい。わしがその神様じゃからな。」
……。
「か、神さまぁ!?そ、そんなわけ……」
「ほんとじゃぞ?でなければお主はどうしてここにいる。」
あ、確かにそっか。
「お主、名は?」
目の前に浮かんでいる神さまが訪ねてくる。
「えっと、桐葉紫乃です。」
「ふむ、紫乃か。歳は?」
「10歳です。」
私が歳を言うと、神さまが目を見開く。
「紫乃、そんなちっこいのに10歳なのか?」
「は、はい。よく小さいと言われますが、正真正銘の10歳です。」
そう答えると神様は、じーっと私の体を見つめてくる。
「ど、どうかしましたか?」
「よく見ると紫乃、身体中にアザがあるの。いつもどんな生活をしていたんじゃ?」
首を傾げて質問してくる神さまに、私は少し俯きながら話す。
「……実は、家では親に暴力を振るわれたり、学校では悪口を言われたりしていて…。今日も図書館に行ったことがバレて、ずっと殴られてっ……!」
話してしまうと、もう言葉がとまらなくなってしまった。
泣きながら今までのことを話す。
その間、神様はなにも言わずに話を聞いてくれた。
「そうか。そうだったんじゃな。今まで辛かったであろう。」
そう言うと、神さまは頭を撫でてくれた。
「ありがとうございます。神さまに話を聞いてもらって、とても嬉しかったです。」
いつもずっと押し込めてばかりだったことを聞いてもらえて、すごく楽になった。
「それで、私をここに呼び出した理由って、何なんですか?」
「そうだった。それをまだ言っていなかったな。」
神さまはそういえばと言う顔になって、私の方に向き直る。
「紫乃、お主はもう死んだ。通常なら地球の輪廻の輪に戻り、記憶を無くして転生するだけだろう。だが、お主は死ぬ直前に、強い魂の意思を放った。その意思は、他の神の管理する世界にも影響し、良い方向へと進んでいくだろう。」
神さまの言う強い意思って、もしかして風景写真集で見た景色を見たいって思いかな。
「そこで、お主に提案がある。」
神さまは、その綺麗な空のような青い瞳をこちらにまっすぐと向ける。
「お主の強い願い、それを叶える代わりに、わしの管理する別の世界へと行ってくれないか。」
別の…世界?そこに行ったら本物の綺麗な風景が見れるの?
「そこに行ったら、私の願い……写真集で見たような風景を見ることができるんですか?」
神様は力強く頷く。
「あぁ、見れるとも。わしの管理する別世界は、お主のいた地球では創作の物語として描かれていたの。いわゆるファンタジーの世界というやつじゃ。そこでは魔法の植物や月の泉、地球の花畑とは比べ物にならんくらいの綺麗で大きい花畑が存在する。因みに魔法もあるぞ。」
ファンタジー世界……図書館で読んだ本の中にもあったな。勇者が地球から召喚されて、魔王を倒すために冒険する話。
魔法があるんだ!使えたら楽しいだろうな。
そして、何より魔法の風景。地球の世界遺産や花畑の写真も綺麗だったけど、魔法の風景は流石になかったな。
どんな花が咲いているんだろう。どんな生き物が住んでいるんだろう。どんな星空が見えるんだろう。
考えるだけで、胸がドキドキして、自然に笑っていくのがわかる。
「私、その世界に行きたいです!そして、いろんな景色を見に行って、いろんなところを旅して、たくさんの綺麗な風景を見てみたいです!」
地球では叶えられなかった夢。それが異世界で叶うかもしれない!
神さまは、ニコッと笑って、
「お主ならそう言うと思った。こちらこそ、新しい世界での活躍を期待しておるぞ。」と言った。
「か、活躍って、私はそんな目立つようなことは……。」
「なーに。その世界に行き、強い意思を持って自分の好きなことをすればいいだけじゃ。それだけで、その世界はいい方向へと進む。」
「そ、そうなんですか….?」
ちょっと不安になるよ。
「うむ。大丈夫じゃ!……あっ!大事なことを忘れておった。」
大丈夫と言われた後に不安になることを言われた。
「紫乃、今からお主が行く世界には魔物という、凶暴な生物が存在する。」
「ま、魔物?」
どんな生き物なんだろう。
「その世界のエネルギーである魔力を吸収して進化した動物たちじゃ。お主にわかりやすく言えば、ドラゴンなどがそうじゃな。」
「ど、ドラゴン!?」
あの有名な龍!?
「まぁ、ドラゴンはSランクと言って、かなり強く、数が少ない。そのためほぼ遭遇することはないがな。それでも、大きな熊や蛇の魔物など、危険なものはたくさんおるぞ。」
「く、熊に蛇…そんな怖いものが……。」
想像しただけで震えてきた。
「うむ。紫乃が行きたい風景があるところにもそんな魔物はたくさん存在する。今のままだと秒で魔物の餌だろうな。」
「ひぃっ!」
そ、そんな怖いものがいるところに行くの!?
「そこでじゃな。わしらとしても紫乃にすぐ死なれるわけにはいかん。何よりわし個人の思いとしてが紫乃に死んでほしくないからな。じゃから、紫乃には何か1つだけ、特別な力かアイテムを授けよう。」
「と、特別な力?アイテム?」
「たとえば、無限の魔力や無限の体力、なんでも切れる魔剣や、どんな魔法でも使えるステッキなどかの。」
「へぇ…。どんな力やアイテムでもいいんですか?」
図書館で読んだファンタジーの本にも、カッコいい魔剣や不思議な魔法もたくさん登場していたな。
「まぁ、その世界のパワーバランスを大幅に崩しかねない力や、人を傷つけるようなもの以外ならなんでも良いぞ。紫乃はそんなもの望まないだろうがな。」
悪いことに使えるような力じゃなかったらどんなものでもいいんだ。だったら…
「……じゃあ、結界。敵からのどんな攻撃にも耐えられる、強い結界を生み出す力をください!」
今まで、いつもずっと殴られ、笑われ、蹴られ、蔑まれてきた。
だから、今度はどんなに怖いこと、どんなに痛いことをされても平気でいられるような、自分を守れる力が欲しい!
「そうか。確かにお主は戦うより守る方が向いてそうじゃな。よかろう。お主にどんな攻撃にも耐えられる結界の力を授けよう!」
そういうと神さまは杖を私の方へかざした。するとそこから光が迸り、私の体の中に収まった。
「うわわっ!こ、これが力?」
「うむ、そうじゃ。力の使い方は……まぁ、感覚的に使えるようになるじゃろう。結界内の機能は多少いじれるようにしておいたぞ。」
か、感覚的にって……まぁなんとなく使い方はわかるから大丈夫だけど。
「よし。では最後に、わしからのプレゼントじゃ。」
「プレゼント?」
なんの?
「そうじゃ。ほれっ。」
神さまは空中に杖を振る。すると……
「これは……アルバムと、箒?」
空中からアルバムと箒がポンっと出てきて、私の手の中に収まった。
「そうじゃ。そのアルバムは、お主が見て感動した景色が自動で写真となって記録される魔導具じゃ。」
「魔導具……」
確か、本で読んだのだと魔法の道具のことだよね。
「そ、そんないいものがもらえるんですか!?」
「うむ。これはわしの楽しみでもあるからな。」
え?どういうことだろう。
「これはわしが持っているもう1つのアルバムと連動してるんじゃ。お主のものに記録された風景がわしのアルバムにも記録される。神は基本下界に行かんから、下界の風景はわしの楽しみなんじゃ。」
「なるほど。」
神さまの楽しみも兼ねているんだね。
「そしてこっちの箒はいわゆる魔法の箒じゃ。移動するときに便利じゃろ。」
「ま、魔法の箒……!」
「これは魔力によって動く。まぁ、紫乃は異世界人じゃから今からいく世界では規格外の魔力と言ってもいいからな。心配いらんじゃろ。」
ん?規格外の魔力?
「今からいく世界は魔法使いが沢山おる。だから世界全体の魔力量が地球より少ないんじゃ。その反面、地球は魔法使いなど存在しとらん。だから世界全体の魔力量が多いんじゃ。」
ふむふむ。
「そんな世界に住んでいる人間は今からいく世界の人間と比べて自然と魔力が多くなるものじゃ。まぁ使わんから意味はないがの。」
へぇ、地球にも魔力ってあったんだ。
「箒も乗れば感覚的にわかるじゃろ。……じゃあ、そろそろお別れじゃな。」
「あ、そうですね……。何から何までありがとうございました。」
深々とお辞儀をする。
「いや、むしろわしらの方からお礼を言いたいくらいじゃ。お主のような強い魂の意思を持った者に別の世界へ行ってもらえるんじゃからな。」
「それでも、本当にお世話になりました。」
「……下界はいいことだけでもないらかな。悪い奴に騙されたり、奴隷にされたりするでないぞ。」
「ど、奴隷……そうならないよう頑張ります!」
「うむ。まぁお主は魔力と素質があるからな。学べば強くなれるぞ。」
「はい!本当に、ありがとうございました。」
「そんなに礼を言われたら照れるわい。」
あ、ちょっと赤くなった。
「さて、それではいくぞ。紫乃よ。新たなる世界へ旅立つが良い!」
神さまはさっきのように杖を振り私の方へ向けた。そしてさっきよりも大きな光が私を包み込んだ。
「転移先は大きな街から少し離れた安全な森じゃからな!」
薄れていく意識の中で、神さまがそう叫んでいた気がした。
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