……わ、わたし……怖くて……?
「『氷の獄』だ!
氷の矢が数十本、飛んでくるぞ!」
エドアルド様が魔法陣の文様を読んで叫ぶ。
てことは、防御結界じゃ間に合わない!
「光弾<仮>いきます!
結界、壊しといてください!」
左の手のひらを枢機卿に向け、半身になって構える。
て、どうやって光弾<仮>打つんだっけ……
でも、身体が覚えているのか、胸から左腕にかけて魔力がみなぎってきたから、きっとなんとかなる!!
「やめろミナ!」
エドアルド様が叫ぶけど、もう遠くに聞こえる。
視界がすぅと昏くなる。
集中して、アレを……魔力とアレを撚って……!
アレ、なんだっけ、アレアレアレアレアレ……!!
わたしの身体の中、魔力とは違うきらめきが見えてきて──
と、右手から青白い光が尾を引いて走り、防御結界をぱりんぱりんと割って枢機卿の水の魔法陣に刺さった。
魔法陣がぐにょっと歪んで消え、ころんと細長いものが落ちる。
なんだあれ、ガラスペン!?
「……ウィカム!?
また邪魔をするか!!」
枢機卿が叫ぶ。
後ろを振り返ると、正装用のローブを着た学院長がいた。
ペンを投げつけたはずみに落ちたのか、転がってる角帽を拾ってかぶりなおす。
「ノルド猊下、これはどういうことですかな!?」
怒りオーラ全開!の学院長の後ろには、ヨハンナがくっついている。
なんで学院長がここに??
「火事はどこだ!?」
「なんだ今の魔法陣は!!」
今度は左手の入り口から、7、8人、神殿の警護騎士がどやどやとやってきた。
学院の制服を着た私たち3人。
オコオコな正装の学院長。
私たちと学院長をめっちゃ睨んでる枢機卿。
ギリギリ見えたらしい枢機卿のヤバい攻撃魔法。
「……ととと、ノルド猊下!?」
騎士達は、状況が掴めなくて固まっている。
ヨハンナがびしいっと枢機卿を指差した。
「書庫で調べ物をしていたら、このオッサンがやってきて、ミナが『運命の乙女』だとかキモいことを言い出して、攫おうとしたのです!
崇高なる女神フローラに仕える尊き神官様のはずがありません!!
不心得にも、神官様に変装して入り込んだ変態なのです!!」
え、なにそれ!?と思ったら、エドアルド様ものっかった。
「ブレンターノ公爵が次男、エドアルドだ。
レディ・ウィルヘルミナを無理やり連れ出そうとする変態野郎を止めようとしたら、僕を突き飛ばして、火事だと叫んで助けを求めたヨハンナ嬢に『雷撃』を打ったんだ!
おまけに僕らに『氷の獄』を打とうとした!
学院長先生が助けてくれなかったら、僕たちは氷の矢でずたずたにされて殺されてた!」
去年に比べればだいぶたくましくなったとはいえ、初見の人から見れば、エドアルド様はまだまだ美少女だか美少年だかわからない。
枢機卿をがっつり指弾した後は、うるっと眼をうるませて、いかにも儚げな雰囲気を秒で作ったエドアルド様は、殺る気満々で枢機卿に向かって構えたままだった私の左腕をぴゃっと降ろさせて、右腕の半袖をまくりあげた。
掴まれた跡が二の腕に赤黒く残ってるし、爪が食い込んでたのか血も滲んでる。
ていうか、まだじんじんと痛い。
騎士達が、一斉に私の方を向いた。
な、なんか言わないと……!?
「……わ、わたし……怖くて……?」
エドアルド様が「棒だな」と唇の動きだけで呟いた。
ヨハンナの方を見ると「なんでそこで疑問形なのですか」と書いたようなしょっぱい顔をしていた。
「貴様らああああ!」
枢機卿は真っ赤になって怒鳴り散らしはじめたけど、騎士達の視線は余計厳しいものになった。
私たちを枢機卿からかばうように、間に入ってくれる。
「猊下、お鎮まりを!」
大人しくしなければ、実力行使で抑え込むつもりなのか、騎士達は剣の柄に手をかけた。
魔法は強いけど、どうしても隙ができるから、これだけ近いと騎士達が抑え込める。
……ていうか、騎士達のこの冷めた目線。
枢機卿、これまでもさんざん問題を起こしてるんじゃあるまいか。
昼間っから酒臭いし。
分が悪いと思ったのか、じりじりっと枢機卿は下がり、ぱっと身を翻して逃げ出した。
「あッ、猊下!?」
騎士達が慌てて追いかけると、一言だけの詠唱と共に強い風が起きて、カーテンがぶわっと舞い上がった。
「…………ッ!?」
すぐに身体が吹き飛ばされそうな強い突風になって、皆、思わずかがみ込みながら眼をつむった。
その隙に枢機卿は回廊へ出て、ぽーんと外に跳んで逃げてしまう。
術者が離れても、風はごうごうと音を立てて書庫の中を吹きすさび、本棚から本が滝のように落ちたり、紙類が舞い上がって書庫の外まで吹き飛ばされたり、もうめちゃくちゃだ。
表紙に鋲を打った大型本まで飛んできて、慌てて伏せる。
詠唱が短かったから、風属性で最初に習う下級魔法「風」としか思えないけど、「風」がこんなに強いってアリ!?
ようやく突風が収まったところで、騎士達が呼子を吹いて増援を呼び、大騒動になった。
私たちは救護所で傷の手当を受け、偉い人のところに学院長と一緒に連れていかれ、書庫にいた理由や枢機卿とのやりとりを聞かれた。
例によって、主にエドアルド様が答え、学院長とヨハンナが補足し、私は紹介状を見せた後は置物という感じになる。
学院長は、学院生の見学を受け入れてくれたお礼を朝イチで大神官長に言いに行き、トラブルが発生した時に備えて、下の図書室で本を読みながら待機していたんだそうだ。
そこでヨハンナの叫び声が聞こえて、回廊に上がってみたら、「氷の獄」の魔法陣が見えたと。
枢機卿の魔法陣を消したのは、水属性の魔力をまとわせたガラスペン。
水属性の魔法陣に接触すると、魔力のバランスがおかしくなって発動できなくなるとか。
ごく稀に、イキった生徒が他の生徒に攻撃魔法を打とうとすることがあるので、学院の先生方は、万一に備えてあの技を身に着けているそうだ。
今回は、とっさに防御結界で幾重にも包んで投げたけど、なんとか間に合ってよかったと学院長は笑った。
イケメンすぎる。
ていうか、枢機卿が学院生だった時、他の生徒といさかいを起こして攻撃魔法を打とうとして、学院長がすんでのところであの技で止めたという因縁もあったとか。
枢機卿、昔っからそういう人だったんだ。
なるほろ……
とかなんとかで、気がついたら夜になってしまい、私達はとにかく神殿を出ることになった。
学院長に「枢機卿が逆恨みして襲ってくるかもしれない、少なくとも今夜は警備の厳重なところにいた方が良い」と言われ、私とヨハンナはブレンターノ公爵家に泊まらせていただくことになった。
いきなり公爵家にお泊り!?てなったけど、親戚や、領地の管理をしている人たちが帝都に来たら公爵邸に泊まるので客室はたくさんあるし、ご飯もお風呂も着替えもなんとでもなると言われた。
ちなみに、エドアルド様は生まれ育ったおうちに何部屋あるのかわからないらしい。
メッセンジャー・ボーイを呼んで、ヨハンナのおうちに手紙を届けてもらう。
エドアルド様は公爵家の執事に「手紙鳥」を飛ばして、じきに公爵家の馬車が来た。
4頭立てで、馬車の御者台と後ろのステップに計3人、警護の騎士が乗っている。
学院長によくよくお礼を言って別れる。
逆恨みなら、学院長も受ける可能性があるのでは?と心配になったけれど、騒動が落ち着くまで、ご家族も一緒に警備が厳重な帝国大学倶楽部に泊まるとのことで、安心した。
私達が神殿を出る時、たくさんの騎士達が、逃亡した枢機卿を探してまだ右往左往していた。
エミーリア「だから、わたくし言ったでしょう? 学院長は魅力あふれるナイスぴっかりなのよ!!」
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