その娘は聖女ではない
「ギネヴィア、よく来た」
やや暗くなっている側廊から、神官が何人か出てきた。
先頭の人は40代後半くらいかなっていう感じの、背の高い、目つきの鋭い人だ。
肩先で揃えた銀髪の上に小さな帽子をかぶり、ケープがついた高位神官の服を着ている。
他の人と違って、帽子もケープも鮮やかな緋色。
緋色を着るのは枢機卿だ。
てことは……
「ノルド猊下、ご無沙汰しております」
すっとギネヴィア様が、略式のカーテシーをされる。
さざなみのように皆、礼をし、ヨハンナも私も慌てて礼をした。
顔を上げたところで、アントーニア様とエレンに気づいたのか、ノルド枢機卿は露骨に嫌な顔をした。
アントーニア様の発案で、聖女候補&候補の候補の仲良しアピールとして、3人ともハーフアップにしておそろいの白いリボンを結んでいる。
枢機卿は、アントーニア様から眼をそらし、なんでお前がここにいるとばかりにエレンを睨んだ。
「エレンのことはご存知ですよね?
愛らしい子で、わたくしもアントーニアも、とても可愛がっておりますの」
ギネヴィア様は、いつもの姫様スマイルが眼に浮かぶ声で枢機卿におっしゃった。
「どう聞いているかは知らないが、その娘は聖女ではない。
皇女の立場にふさわしい友人を選べ」
苦々しい顔で枢機卿は言う。
「あら。
聖女になるかどうかは別として、学院では身分の隔てなく、対等につきあうというのがルールですわ。
猊下もそのようになさっていたと、うかがいましたけれど?」
ギネヴィア様は、しとやかな口調を崩さずおっしゃる。
枢機卿とこちらに背を向けている3人の聖女候補と候補の候補、どういう言外のやりとりがあったのか、やがて枢機卿は苛立った顔をして視線を外した。
ていうか枢機卿、学院時代、平民の生徒となにかやらかしてたんだろうか……
「では、グリゼルダおばあ様のところにご挨拶に伺うお約束をしておりますので」
グリゼルダ様というのは、先々代皇帝の妹。
今、神殿に在籍している元皇族の序列で言うと、一番上になる人だ。
ご高齢でもう表には出ていらっしゃらないけれど、女子修道院長を務めながら、宮廷と連携して救貧などの社会事業に長年尽くされた方で、大変尊敬されている方だと馬車の中でうかがった。
ということは、もともと皇家で浮いていて、聖女候補の件でも他の皇族系神官から距離を置かれている枢機卿からすれば、苦手な方なのかもしれない。
「失礼いたします」
枢機卿の返事を待たず、ギネヴィア様は軽く会釈をすると、祭壇へ向かった。
自然にその後を、枢機卿に会釈をしながら生徒達がぞろぞろとついていくかたちになる。
枢機卿はなにか言いかけたが、ギネヴィア様には聞こえなかったのか、聞こえないことにしたのか足は止まらない。
私たちもくっついて行ったけれど、ふと振り返ると、ノルド枢機卿がこっちをめっちゃ睨んでいて、ぞわってなった。
ノルド枢機卿、大神官の次に偉い人なのにわざわざ出てきたのは、ギネヴィア様とお話して、聖女候補になるように直接説得するつもりだったのかも。
で、ギネヴィア様はそう来るだろうと読んでて、さっくり逃げたってことなのかな。
そもそもギネヴィア様の進路は、皇家が決めることなんだから、まず皇家に交渉しろって気もする。
先代皇帝との確執があるから皇家と交渉したくなくて、ギネヴィア様に直接言ってどうにかしようとしてるのかもしれないけど。
なにはともあれ、神殿に来たからには女神フローラにご挨拶くらいはしないとってことで、ギネヴィア様以下、それぞれ供花を求めて、祭壇に供えた。
ヨハンナはひなげし、私はスイートピーにした。
供え終わったところで、群れはバラけて、ギネヴィア様にご挨拶しながら、三々五々と散っていく。
「では、行ってきます」
アントーニア様とカール様、エレンは、ここで大神殿を抜け出す。
3人でプレシー侯爵家に行って、カール様のお兄様、ヘルマン様をエレンに診てもらうのだ。
ピクニックの後、カール様にちょいちょい勉強を見てもらったりしているので、なにか恩返しがしたいとエレンが言い出したのだ。
エレンは病気は治せないみたいだけど、ヘルマン様は病気なのかなんだかよくわからないので、逆にエレンの魔法が効く可能性はある。
アントーニア様も、公爵家に帰ってしまうと自由に動けなくなるけど、ここからカール様のおうちに直行するなら、大好きな婚約者に4ヶ月ぶりに会うことができる。
「エレン、しっかりね」
緊張気味なエレンに眼を合わせて、ギネヴィア様は励ました。
エレンが少し笑顔になる。
「また月曜に」
ギネヴィア様が頷くと、アントーニア様、カール様、エレンはささっと側廊に入って去って行った。
「ミナは研究所のお使いで書庫に行くのよね。
ご挨拶、おばあ様の体調次第でだいぶ待つかもしれないから、ここで別れましょう」
ありがとうございます、とお辞儀をして、ユリアナさんと奥の方へ向かうギネヴィア様をお見送りする。
「ん? レディ・ウィルヘルミナ、書庫に入る許可をもらってるの?
もしかして、同行者も一緒に入庫できたりする?」
私たちも見学に行こうかってなった時に、エドアルド様が食いついてきた。
「紹介状、私と、私と同行する学院の生徒ってことにしてもらってるので、大丈夫ですよ!
ヨハンナに一緒に来てもらうつもりだったので」
アルベルト様からは、大神殿の書庫でアルケディアに関する資料を漁って、面白そうなのがあれば、貸し出しを依頼して欲しいと言われた。
大神殿の書庫、蔵書目録がきちんと整備されていなくて、直接見て漁るしかないんだそうだ。
でも、古いエスペランザ語の本は手書きだし、書体が装飾的すぎて、私じゃ内容を確認するだけでも時間がかかる。
なので、ヨハンナに一緒に来てもらうことにしたのだ。
「ここの書庫、見てみたかったんだ!
僕ものっかってもいいかな?」
「どうぞどうぞ!」
エドアルド様には圧倒的にお世話になりっぱなしなので、たまにはお役に立たないと!
「あ、でも、軽く見学してからでもよいですか?
私、大神殿って初めてなので」
「じゃあざっくりこのあたりを見て、展望台に行くのがいいかな。
ヨハンナ嬢のおすすめは?」
「わたくしも、展望台はマストかと思うのです。
帝都を見渡せますですしね」
ヨハンナもこくこく頷く。
なにそれ凄いってなって、エドアルド様案で行くことにした。
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ありがとうございますありがとうございます!
それにしても不思議…どなたかにご紹介いただいたんでしょうか。




