ミナから見て、ファビアンってどうなのかしら
気を取り直したお二人は、万一遺跡から魔獣が溢れたら、周辺の町をどう守るのか相談を始めた。
そもそも警報をちゃんとわかってもらわないと、避難もしてもらえない。
今、お二人が動かせるものでなにができるのか、ビシバシやりとりが続く。
私は学院が襲われたりしたら怖いな、くらいにしか考えてなかったけど、やっぱり皇族って視点が違うな……
とりあえず、学院と周辺の町の間で、相互協定を結んでもらうよう、学院とミルトを治める子爵家、皇家直轄領側の町長の三者に、お二人で働きかけようと結論が出たところで、帰らないといけない時間になった。
帝都の大神殿に遠足に行く話が出たので、紹介状を書くから、ついでに書庫でアルケディア関連の文献を漁ってこいと、アルベルト様に頼まれる。
帝都の大神殿は、エスペランザ王国時代の遺構を改修した建物が残っているので、エスペランザ王国や、ひょっとしたらアルケディアの痕跡が残っている可能性があるから、建物の装飾などもよく見ておくようにとも言われた。
「ギネヴィア、あんまり神殿を煽るなよ。
プレシーの次男が、神殿絡みでやられたのかもしれないんだろ?」
アルベルト様は眉を寄せた。
「ふふふ。
三人並んで、仲良くご挨拶するだけですから」
ギネヴィア様、余裕の笑みだ。
信用ならないとばかりにアルベルト様はギネヴィア様を軽く睨む。
ギネヴィア様には見えないのだけれど。
「ミナ、ギネヴィアがやり過ぎたら止めろよ。
どうも心配だ……」
「りょーかいです!」
ピッと敬礼して、資料をしまい、最後に盗聴防止箱を切って手提げに入れると、ギネヴィア様と一緒に出る。
扉を閉める間際、アルベルト様があれ?て顔をされて、先に廊下に出ていたギネヴィア様も、あれ?て顔をされた。
「……ミナ、叔父様とお話していかなくていいの?」
「んん……
今日は一緒に帰ります。
なんというか、ギネヴィア様とくっついていたい気分なので」
ギネヴィア様はアルベルト様に背を向けたまま、楽しくお話されていた。
子供の頃からああいう風にお話されるのに慣れていらっしゃるんだろうとは思うけど……
でも、そばにいる私は、普通にアルベルト様が見えてる。
アルベルト様と私は、言葉だけでなく、表情とかしぐさとかでもやりとりして、一緒に笑ったりしてる。
あの場でギネヴィア様だけそういうことが出来なかったっていうの、お一人になられたときに、ちょっと寂しいというか、切ないというか、そういうお気持ちになるんじゃないかって、思ってしまったのだ。
全然見当違いかもしれないし、巧くお伝えできる気がしなかったので、ごまかしてしまったけど。
「あら、嬉しいわ」
ギネヴィア様は、少しびっくりしたように笑うと、私の肘をとった。
にゅふ〜ってなってしまう。
私がエスコートしているような格好のまま、守衛さんに帰りますと声をかけて、玄関から出た。
周囲を警戒していた護衛の人達が馬を連れて集まってくる。
「よいお天気ね」
春から初夏に移ろうとしている日のうららかな午後だ。
淡い青の空に、薄く雲がたなびいている。
どこかでヒバリがさえずっているのが聞こえた。
「殿下、野原を歩いて戻られますか?」
学院に入った時からギネヴィア様についている護衛騎士、ベルゼさんがギネヴィア様に訊ねた。
「……いいの?」
ギネヴィア様が眼をみはる。
馬車の方が警護しやすいので、ギネヴィア様は短距離でも馬車で移動される。
さすがに学院内では歩きだけど。
「もちろん、馬でお供しますが。
今なら遠くまで見通せますし、たまには気散じをされてもよろしいかと」
ベルゼさんは学院の本館の方を指した。
今は本館の屋上から、警備の人が交代で四方八方を見張っている。
魔獣でも、危ない人でも、野原に近寄ったら鐘を乱打して知らせてくれるだろう。
とはいえ、わざわざ散歩を勧めるってことは、魔獣の件や聖女の件で気を張ってらっしゃるのを、ベルゼさんも心配してたのかも。
「ありがとうベルゼ。
甘えさせてもらうわ」
思いがけず、ギネヴィア様とお散歩タイムになった。
わーい!ってなって、手をつないで研究所の裏手に回る。
シロツメクサの花が絨毯のように広がっている、広々とした野原の向こうに、学院が見える。
なんだろう、空がめちゃくちゃ広く感じる。
足元にはところどころ、タンポポの黄色も混じってた。
馬に乗った護衛の人達は、私たちの視界の邪魔にならない位置から、ついてきてくれている。
「……ミナから見て、ファビアンってどうなのかしら」
ふと、ギネヴィア様はお訊ねになった。
なにがお聞きになりたいのか、ちょっとわからなくて戸惑う。
「ええと、ランキング形式で言うと……」
ヨハンナを真似て私が言うと、ギネヴィア様は「ランキング!?」と笑った。
真面目な顔を作って続ける。
「1位:焚き火料理がちょう美味しかった
2位:天然俺様っぷりが凄くて、ヨハンナがよくぐったりしてる
3位:でもなにげに愛嬌があるかも?
4位:ヒルデガルト様とお幸せになるといいなぁ
って感じですかね」
ギネヴィア様は声を立てて笑った。
「3位は、確かにそうかもしれないわね。
我が強い子だから、どうなるかと思っていたけれど、学院に馴染めて良かったわ。
ヒルデガルトも良い子だし」
「ファビアン殿下とは、あんまりお話されてないんですか?」
2人とも皇族寮にお住まいだ。
しようと思えば、お話する機会はいくらでも作れるはずなのだけれど、どうもお互い避けている雰囲気は前から感じてた。
「そうね。
子供の頃から色々あったのだけれど……
ファビアンは自分は3属性なのに、2属性の私の方が高度な魔法を習っているのがひっかかっているみたいで。
わたくしはわたくしで、ファビアンに……嫉妬してしまっているところがどうしてもあるし」
「はいいいいいい!?」
ギネヴィア様が嫉妬!?とぶったまげた。
「ファビアンの焚き火料理、陛下に習ったものだと思うの。
陛下は野外活動がお好きなようだから。
本当は騎士になりたかったと、昔、お聞きしたことがあるってお母様がおっしゃっていた」
親子なのに、建物は違うとはいえ同じ皇宮にずっとお住まいなのに、ギネヴィア様と陛下はほとんどお話されてない、っぽい。
「陛下は、休日はほぼファビアンとファビアンのお母様と過ごされるの。
わたくしが陛下にお会いするのは、皇家の行事や公務の時だけなのに。
兄弟姉妹はたくさんいるけれど、陛下が自分の子として本当に可愛がっているのはファビアンだけなのよ」
ギネヴィア様は、微笑みを浮かべた。
いつもの姫様スマイルだけど、どこか寂しそうだ。
「そうなんですね……」
最初から父親がいない人、子供の頃に亡くなってしまった人、遠くに離れている人も辛いだろうけど、ちゃんと近くにいるのに、そばに来てもらえないっていうのは、また違う辛さがありそう。
なんて言ったらいいか、わからなくなってしまって、つないだ手をむぎゅむぎゅってする。
ギネヴィア様の口元が、ほんの少しほころんだ。
「どうしてファビアン殿下には魔法をあんまり教えていないんですか?」
そんなに大事にしているのなら、陛下が自分で教えそうなものだ。
「教えすぎてしまうと、先々、脅威とみなされてしまうから……かしら。
皇族でないと発動できない魔法がいくつかあるの。
全員が教わる、皇族としての力を示すものがあって。
それとは別に、皇族の中でも相当な魔力がないと覚えられない、極大魔法と呼ばれるものがあるのね。
ファビアンは3属性だし、コツがわかれば極大魔法を複数使えるようになるかもしれない。
そうなると色々、いらないことを考える人が出てくるわ」
皇族に妙に多い「不慮の事故」。
そういうことになりかねないってことか。
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