一応!コレでも!エラい人なので! そこんとこ、よろしく!!!!
とりあえず今できる話はここまで、という雰囲気になったところで、ギネヴィア様は資料の中に少し写したいものがあるから、この会議室をしばらく使ってもよいかとお訊ねになった。
構いませんとジャレドさんが食い気味に頷いて、戸惑っている残りの研究員を促して一緒に部屋を出る。
このへん、段取りをアルベルト様に指示されてた感じだ。
アルベルト様はまた横歩きで、ギネヴィア様の後ろのあたりまで移動すると、壁によりかかった。
3人が部屋を出たところで、アルベルト様がこっちを見て頷いたので、エドアルド様からお借りした盗聴防止箱を手提げから出して起動する。
アルベルト様も盗聴を防ぐ魔法は使えるけれど、どんなものか見てみたいとおねだりされたのだ。
「……叔父様はいらっしゃるの?」
「振り返らないように。
君の後ろだ」
私が答える前にアルベルト様がおっしゃった。
「……久しぶりに叔父様のお声が聞けて、嬉しいわ。
ミナ、3人の資料を」
「はい」
手提げから、ヒルデガルト様、アデル様、エレンの3人の、エドアルド様のプリズムを使った魔力測定結果や、生い立ちをまとめたものを出して、アルベルト様にお渡しする。
細かい経緯は知らないのだけど、アルベルト様とギネヴィア様の間で、3人娘なんなん?という話になったみたい。
それで、アルベルト様が詳細を知りたいとのことで、ギネヴィア様が、エドアルド様に魔力測定をしてもらったり、生い立ちやらなにやら色々お訊ねになったものをまとめたのだ。
ついでに椅子の向きを変えて、ギネヴィア様とアルベルト様の方を向くようにした。
ギネヴィア様はアルベルト様に背を向けたままだけど、私もギネヴィア様と同じ方向を向いていたらめっちゃお話しにくいし。
「エレン・ヴィロンは、ミナとめちゃくちゃ似てるな。
平民で、強い魔力がある者の血は引いていない。
祭りの時に、突発的な事態に出くわして覚醒。
理屈に合わない魔法を詠唱なし、魔法陣なしで発動させたが、どうやったかはわからない、と。
彼女が実はミナの妹でした!なら、納得だ」
「ないですないです!」
生まれた場所も全然離れているし。
それにしても、エレンの治癒魔法も結構めちゃくちゃだ。
女神祭の時、神殿の前で、山車の多重衝突事故が起き、たくさんの人が怪我をして神殿の聖堂に運び込まれた。
たまたま居合わせたエレンが介抱しようと怪我人に触れたら、皮膚や血管が切れているところが「見えて」、治さなきゃって思った瞬間、勝手につながっていったというのだ。
骨折はさすがにその場で元通りとはいかなかったけれど、添え木をしてしばらく経つと尋常でない速さでくっついたらしい。
で、治せるだけ治してエレンはぶっ倒れて、2日間、昏睡。
それを見た人達が「女神の奇跡」だと叫んで大騒動になり、エレンはそのまま神殿に囲い込まれた。
聖堂はエスペランザ王国時代から伝わる古いもので、もともと霊験あらたかだと言われていたから、最初は魔法ではなく、ほんとに奇跡だと思われてたそうだ。
エレンは10歳くらいの時に魔力測定をしたことがあって、その時は魔力なしという判定だったけれど、念の為、もう一度やってみたら反応があって、じゃあエレンの魔力だ、エレンが聖女じゃないかって話になったらしい。
エドアルド様の魔力測定結果は、無属性はめちゃめちゃ多いけれど、治癒魔法に必要な火と水はちょびっとという感じだった。
エドアルド様は、この魔力量でどうやって複合魔法を発動させたんだと首を傾げてらしたけど。
やっぱりエレンには親近感しかない。
「ミナとエレン嬢の共通点をもっと調べてみたいな。
祭りというのがキーになっているのかもしれないし、エスペランザ王国時代に遡る聖堂というのも気になる。
聖堂の調査がしたいが……俺は動けないのがな」
「聖堂が、ですの?
ミナの地元にはありませんよね?」
ギネヴィア様は、私の地元は神殿もないど田舎だってご存知なので、神殿は関係ないだろうと戸惑われた。
「さっき、セリカンの龍脈の話があっただろう。
メネア山脈の南と北に、一本ずつ太いのが走っているんだが、他にも支流がたくさんある。
セリカンでは、古い宗教施設はだいたいこの龍脈の上に建てられてるんだな。
ミナの地元のヴェント村にも龍脈が通ってるんじゃないか、ミナが覚醒したのは龍脈の魔導エネルギーと絡んでるんじゃないかと、ちょっと妄想してたんだよ。
だからエレン嬢が『覚醒』した聖堂も、龍脈と絡んでいるんじゃないかってね」
ほへー……と、ギネヴィア様と顔を見合わせる。
ま、どっちにしろここから動けないからなんともだが、とアルベルト様は苦笑いして、書類をめくった。
「……で、アデル・フィリップスが、数式魔法を再発明した子か。
無属性多めの、風少しか。
この子はそんな特異な感じはないな……
ギネヴィア、数式魔法を見せてくれるか?」
ギネヴィア様は頷くと、手のひらを上にしてテーブルの上に両手を乗せ、小さく呪文を唱えた。
水色の魔法陣が手のひらの上にぽんぽんと現れて、ビー玉くらいの水の珠が8つ、宙に浮かぶ。
「対数螺旋で動かしてみますね」
もう一度、呪文──ほぼほぼエスペランザ語に翻訳した数式を唱えると、水の珠はギネヴィア様のまわりをゆるやかに広がっていく螺旋を描いて天井まで上昇し、ぱちんと消えた。
ほわー……と、アルベルト様も私も見上げてしまう。
私は簿記とかはそれなりにわかるようになったけれど、数学は全然で、ギネヴィア様やアデル様、ヨハンナのように、数式を見て美しいとか感じることはできない。
でも、こうして動かしているところを見るとやっぱり綺麗だ。
「面白いなこれは!」
「でしょう?
叔父様もいかが?
珠を数式で動かしていると、とおおっても心が落ち着くわよ」
ギネヴィア様は、なにやら強調しつつキラキラしくおっしゃった。
ひ、とアルベルト様が身を竦める。
「……いや、この間はすまなかった。
というか、その前からすまなかった。
もうしません許してくださいお願いします!!!」
こないだの「手紙鳥」乱射しまくりの件を思い出したのか、がっくりアルベルト様はうなだれた。
「逆に溜め込みすぎて、暴発というのも勘弁してくださいね!」
アルベルト様に背を向けたまま、ギネヴィア様はにこやかにおっしゃった。
なんでだろう、微笑んでいらっしゃるのに、めちゃくちゃ怖い!!
「もももも、もちろん!もちろん!」
アルベルト様がこっちも気にしながら、めっちゃ挙動不審になる。
あれか、冬の「お帰りください」事件か。
えええと、と気を取り直すように、アルベルト様はもさもさと資料を漁る。
「で。
問題のヒルデガルト・ロックナーか。
父親は今の伯爵の従兄弟で、父母共に皇家と関わりはなし。
両親ともに流行り病で若死して、大伯父である前伯爵に引き取られたと。
……気の毒に」
ふむ、とアルベルト様は眉を寄せた。
「父親の妹が下級女官として宮中に上がっていたこともあるが、その後修道院に入って会ったこともないと。
プリズムの判定では、魔力はそれなりにあるけど、貴族としては普通っちゃ普通、てところか」
ヒルデガルト様は無属性はかなり大きいけれど、エレンほどではなく、火と風は頑張って練習したら、複合中級が打てるくらいはあるんじゃないかとのことだった。
それにしてもアルベルト様、いちいち皇家との関わりを気にされる。
「子供の頃から『影』が見えて、聖歌を歌うと消えたって……なぁ。
孤独な子供が、自分には特殊な能力があると信じ込むのは、よくある話じゃあるんだが……
ギネヴィアも聖歌を一緒に歌ってみたのか?」
どうもアルベルト様は、聖歌が瘴気だまりを消したとは、あんまり考えていないみたいだ。
常識から外れすぎているからかも。
「ええ、同じ『女神の祝福』を。
でも、わたくしの時は特に変わったことはなくて……
ミナから見ても、ファビアンの時のようなことはなかったのよね?」
「はい。
ファビアン殿下の時は、キラキラがお二人の間から湧いて出てるように見えたんですけど……」
ギネヴィア様も歌がお上手で、お二人の『女神の祝福』もめっちゃ素敵だったのだけど、瘴気だまりが消失した時のような光は見えなかった。
「瘴気を消すという目的がないと、再現性がないのかな?
実は、ヒルデガルトではなくファビアンの力ということもありえるか?」
「それはどうかしら。
そんな特異な力がファビアンにあるなら、陛下か導師がお気づきになるのではなくて?」
ギネヴィア様が首を傾げられる。
ほむー……とアルベルト様が考え込む。
「そういえばファビアン殿下、ふらふらっと吸い寄せられる感じで途中から歌に入られたんですよね。
なんかちょっと、変な感じでした」
「あら、最初から2人で歌ったわけではないのね」
そです、と頷く。
「じゃあ、やっぱりヒルデガルトの歌の力に、ファビアンが引き込まれた、ということなのかしら」
「ぬー……
また瘴気だまりが湧いたら、条件を変えてテストしてみるしかないか。
ただ、巧く湧いてくれるかどうか……」
「遺跡でやるってのはダメなんですか?」
遺跡は瘴気レベルが高くなってるらしいし。
「うううううむ。
遺跡が手っ取り早いといえば手っ取り早いんだが……
『所長』としては許可できないな。
小さな瘴気だまりは消えたとしても、遺跡くらい大きな空間の場合、どういう影響があるかまるで読めないし」
「あ、そっか。
アルベルト様が遺跡を管理する立場なんですね!」
「今頃気がついたのか……
一応!コレでも!エラい人なので!
そこんとこ、よろしく!!!!」
アルベルト様に軽く睨まれて、ギネヴィア様に笑われてしまった。
ブクマ頂戴しました! ありがとうございますありがとうございます…
 




