要するに、学院は魔獣への備えが全然できていないのだ
週明けから、学院はバタバタし始めた。
月曜の朝、生徒と教職員全員を集めて、学院長から訓示があった。
学院の数キロ先で数十頭程度の魔獣の群れが確認されたこと、昨年からの遺跡の瘴気レベル上昇と合わせて、警戒が必要になったこと、そのため、今週から改めて設備の点検や避難訓練を行うとのことだった。
とりあえず、鐘が乱打されたら、どういうタイミングでも即本館1階に集合、点呼をとって地下にある退避壕に入るようにと言われた。
一回目の鐘は翌日の夕食前に鳴ったのだけど、ちょうぐだぐだな結果で、いつもニコニコしてる学院長の雷が落ちまくり、ひょあーってなった。
学院全体で集団行動をすることってほとんどないので、整列・点呼も入れると1時間近くかかってしまったのだ。
本館の退避壕の扉は、全員揃ってから閉じるルールになっている。
これはヤバい。
退避壕の意味がない。
先生方からは、避難訓練を繰り返して集合までの時間を大幅に減らせたとしても、通報があってからの移動はかえって危険ではないかという意見も出た。
ヘルハウンドとかがそうだけど、魔獣の中には走るのがかなり速いものがいる。
仮に、湖と同じ規模の群れが学院まで来たとして、誰かが魔獣を見つけ、運良く通報できたとしても、鐘が鳴るころには、学院内には魔獣がうろうろしている状態になってしまう。
とりあえず、本館の鐘楼に見張りを置くことになったけど、巧く避難が間に合うように発見できるかどうかわからない。
エドアルド様がおっしゃるには、パレーティオ辺境伯領で特に魔獣がよく出る地域だと、家でも店でも猟師用の小屋でも、建物は分厚い石壁で囲んだ造りにし、必ず地下室も設けて、なにかあったら即逃げ込んで、立てこもれるようにしているそうだ。
でも寮の地下室の空きスペースは、寮生を全員収容するには小さすぎるし、魔獣の攻撃に耐える扉もない。
特別教室棟とか、そもそも地下室がない建物も結構ある。
正直、本館の退避壕だってぎゅうぎゅうだ。
換気も足りないし、こんなところで何時間も過ごすとか、マジ??ってなる。
要するに、学院は魔獣への備えが全然できていないのだ。
学院長は、対魔獣を想定した警備と設備を至急増やしてほしいという願い書を宮廷に上げたそうなのだけど、ギネヴィア様はすぐに対応してもらうのはたぶん無理だろうとおっしゃった。
去年の遺跡の事件の後で、ギネヴィア様からも同じような願い書を上げたのだけれど、予算やら人手不足やらで、来年度以降検討と棚上げされたままなんだそうだ。
それに、帝国各地で魔獣の出現がちょいちょい増えてて、そうでなくても人手不足の魔導騎士団は「ヘルハウンドが出て、無事倒したけど、また出るかもしれない」くらいじゃ来てくれない。
近衛師団は皇族寮の護衛を増員してくれたけど、それでも今までいた人と合わせて30名。
来てくれたのは嬉しいけど、対人戦闘を想定した要人警護の訓練をしている人達だから、これで大丈夫とは到底思えない。
といって、休校にするというほどの状況でもないし、どうするんだこれってなりつつ、たまに挟まる避難訓練で集合時間の新記録を更新したりしなかったりという感じで日々が過ぎてゆく。
なんとか生徒の意識を高めたいということなのか、普段は収蔵庫にしまってある、初代皇帝エルスタルほか魔獣との戦いで名を挙げた皇族が使っていた武器が、本館の展示室に並べられたりした。
魔石がちょうキラキラに嵌め込まれた槍とか弓とか長剣とか大盾とか、めっちゃかっこよくて、特にヨハンナはお高い学費のモトが取れたと大興奮だったけど、少し経つと、避難訓練もちょっと面倒なルーティンという感じになってしまった。
ただ、生徒の中には、攻撃魔法や武道の練習に精を出す者が増えた。
リーシャとか騎士系の子は、対魔獣戦でよく使われる大盾や手槍の練習を始めた。
私も弓術場の動く的を使って「ライト?」の練習をしている。
アルベルト様に見てもらって、「防御結界」もだいぶ使えるようになってきてる。
それにしても、「ライト?」を当てても、別に的は壊れないのに、なんでヘルハウンドの魔石は壊れてたんだろ……
そのあたりを見てか、学院は、デ・シーカ先生など魔獣との戦闘経験がある人に魔獣との戦い方のコツを放課後に話していただいたり、フォーメーションを組んでみる機会を設けた。
両殿下にエドアルド様、アントーニア様など上位貴族が率先して出席され、質問も活発にされるので、次第に参加者が増え、普通の教室では収まらなくなって、大教室を使うようになった。
「というか、そもそもここ数十年……いや、オルランドの乱以来とみれば百年以上かもですが、帝国はぶったるみすぎなのですよ。
学院にしたって、昔は帝都の皇宮の近くにあったのに、妃殿下がお住いになる小宮殿を新設する場所がなくなったからと、ここに移転。
帝都の防衛ラインの外に出てしまったのに、なんだかんだでめちゃくちゃ守りにくい構造になっとるとかなにごとか!なのです。
帝国の将来を担う若人の学び舎であるというのに!」
朝一で避難訓練があったけど、案の定ぐだぐだ展開でまたまた怒られた日のお昼、寝不足で不機嫌さが抜けないヨハンナは、食欲なさそうに肉団子入りのピラフをつついていた。
オルランドの乱というのは、魔獣討伐で功績を上げ、国民の人気が高かった皇弟オルランドと皇帝との間で争いになり、追い詰められたオルランドに有力貴族の一部が味方をして反乱を起こした帝国史最大の内乱事件のことだ。
教科書には載っていないけれど、その背景には、帝国南部で頻発した洪水被害のため増税が重なっていたことや、領地管理に皇家が介入できる権限を増やす──ということは、領主貴族の権利を弱めることになる──法改正への不満とかもあったんだとヨハンナが教えてくれたことがある。
結局、オルランドは敗れて死刑になったのだけど、それ以降、皇族は「人気取りをしたがっている」と睨まれるのを恐れ、魔獣討伐に参加しなくなった。
魔獣がそこまで出なくなったこともあるけど。
ちなみに領主様の先祖は、もともとは領地を持たない騎士爵だったのだけど、オルランドの乱で大活躍し、男爵となって、乱に連座して取り潰された侯爵家の領の一部を拝領している。
「いっそ俺が大怪我でもしておけばよかったのかな。
それならさすがに危機感が出ただろう」
ファビアン殿下が、牛肉を叩いて薄く伸ばして揚げたカツレツを食べながらぶつくさおっしゃった。
ギネヴィア様はカフェテリアにはほとんどいらっしゃらないけど、殿下はカフェテリアで普通に召し上がるので、タイミングが合った時はご一緒してるのだ。
「ファビアン、そういうこと言わない!
そんなことになってたら、陛下や夫人がどんなにお嘆きになったか」
ピラフをがしがし食べていたカール様が即叱り、殿下がぷすーっとむくれた。




