5.騎士様って、かっこいいと思います!
ようやく、どうやってミハイル様に「真実の愛」に目覚めていただくかという話になった。
でも、正座しているうちに足がしびれてしまって、立ち上がれない。
ぐぎぎ…とヨハンナと床の上でのたうち回りながらネタを出す。
「そういえば、ミハイル様はランチはどうされてるんですか?」
朝晩は寮で食べるので、チャンスがあるとしたらお昼だ。
えーと、とヨハンナがメモ帳を繰る。
「食堂の二階にある個室で、騎士団系の生徒と召し上がることが多いようなのです」
「それじゃランチで接点を作るのも難しそうですねー……
あ!乗馬を教えていただく時に、とかは?」
「ミナはまず一般厩舎近くの馬場で練習することになると思うわ。
ミハイル様がお乗りになるのは大きな軍馬だし、そもそも厩舎から違うのよね……」
「あかん!あかんなのです!」
一日のスケジュールを、おはようからおやすみまで思い出しながら接点を探るけど、見つからない。
とかやっていると、今日の授業の終わりを告げる鐘の音が響き始めた。
放課後にこの部屋を予約していた生徒が来たので、私達3人は、ぞろぞろと部屋を出る。
とりあえず、音楽棟2階の渡り廊下から、本館の方へ戻ろうとしたところで……
「あら……ミハイル様だわ」
校舎を結ぶ遊歩道を、こちらへ向かってくる男子生徒3人組に、ゲルトルート様が気づいて立ち止まった。
「え、どの方ですか?」
「ほら、一番背の高い方」
3人組は談笑しながら近づいてくる。
こっちには気がついていないみたいだ。
「一番背が高い?」
3人とも背が高くて同じくらいに見える。
斜め上から見下ろしているし、よくわからなくて、私は渡り廊下の手すりから身を乗り出した。
「蜂蜜色の髪の方なのです」
ヨハンナも教えてくれるけど、3人とも濃淡は違うにしても金髪だ。
2階と地上に分かれてるけど、そろそろすれ違うくらいに近づいてきたので、とりあえず顔だけでも覚えたいと、もっと乗り出したら……
ぐらっと、手すりが動いて。
ふわって、身体が前のめりになって。
危ない!って声が聞こえた。
落ちる!!!
身体をひねって、そばの支柱を掴みかけたけど、指が滑った。
そのまま空中に投げ出されて、ぎゅっと目を閉じる。
どっしーん!という衝撃と共に、私の身体はなにかに受け止められた。
おそるおそる目を開くと、スカイブルーの瞳をまんまるにした、彫りの深い整った顔がこっちを覗き込んでいる。
顔近い近い近い!と焦るけど、身体はどこも痛くない。
「どうしたんだ君!? 急に落っこちてきて」
脇から、金髪の男子生徒その2が話しかけてくる。
「えと、えと……」
見上げると、木の手すりは留め具が腐っていたかどうかしたらしく、半分渡り廊下から外れてぶら下がっている。
ヨハンナが、ゲルトルート様を引っ張って、下から見えない角度に引っ込みながら、一瞬唇の前に人差し指を立てた。
ミハイル様を見ようとしてたのは喋るなってことだ。たぶん。
「そそそそらが綺麗だなって見ていたら……手すりが」
でっち上げた。
ていうか、私、今どうなってるの?
ぎこちなく見回して気がついた。
……まさかと思うけど、これは人生初のお姫様だっこをされてるのでは…!
ぼんっと音を立てる勢いで、真っ赤になったのがわかった。
「あああああああ! あの、あの、私ッ 大丈夫なので!!!!」
「あああ。す、すまない」
私を抱きとめてくれた人が、ゆっくり下ろしてくれた。
他の方達も、大丈夫か?と気遣ってくれる。
「いえ、いえ、あの!
お助けいただいてありがとうございました!!」
90度に腰を折ってお辞儀した。
ふと見ると下は石畳。
2階といっても、学院の建物は天井を高くとっているので、4m近いところから落ちたのか。
そのまま激突してたら、ただじゃすまなかったはず。
とか考えちゃうと……
ふひゃー……
へなへなと腰が抜ける。
受け止めていただいたおかげで怪我なんてなかったのに、ぽろぽろ涙が勝手こぼれてしまった。
3人は私の涙に慌てて、あわあわしながらハンカチを探してくださる。
最初に差し出していただいたハンカチで目元を抑えた。
抱きとめてくださった方がしゃがみこんで、痛いところはないか、細かに訊ねながら私の様子を見てくださる。
一時的なショックだろうから深呼吸してみると良いと言われて、ゆっくり深呼吸すると、だんだん落ち着いてきた。
支えていただきながら立ち上がる。
「1年のミナ、じゃなくてウィルヘルミナ・ベルフォードと申します。
大怪我をしてもおかしくないところを助けていただいて、本当にありがとうございました。
あの……皆様のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「怪我がなくてよかったな。
俺は3年のミハイル・アントノフだ」
抱きとめてくれた方がミハイル様…!
というか、ミハイル様、ちょうかっこいいのでは!
男らしい太めの眉はきりっとして、鍛え上げたがっしりした身体つきもあって全体に無骨な印象だけど、スカイブルーの瞳は優しそう。
濃いめの金髪は短くツンツンにしていて、めっちゃ似合ってる!
「2年のセルゲイ・ブランっす!」
「…1年のウラジミール・ムリーヤ…」
あとの二人も名乗ってくれる。
「ミハイル様、セルゲイ様、ウラジミール様…」
名前がみんな北方系だ。
騎士団は、身体の大きな北方系の人が多いって聞いたことがある。
3人とも見るからに鍛え上げられた身体つきで、軍神の彫像みたいで、見上げているうちにくらくらしてきた。
なんかまた赤くなってきちゃってるかも…!
「あの、あの、その、……
ぜひ、助けていただいたお礼をさせていただきたいんですけどッ
ハンカチもお借りしてしまいましたしッ
そそそそのうち、お返しがてら差し入れとかさせていただいてもよろしいでしょうかッ」
テンパりすぎて、裏返った声になってしまった。
「お礼など。気にするほどのことではない」
ミハイル様は困ったように苦笑する。
なにこれイケメンすぎるでしょおおおお!!
「それは、伝説の『女子の差し入れ』というものでは!?」
「…気合百万倍で戦えるマジックアイテムとの噂…」
セルゲイ様とウラジミール様は「女子の差し入れ」に憧れがあるらしく、あっさり断ったミハイル様に横目で訴えた。
ミハイル様がまたまた苦笑する。
「ううむ。
気が向いたら差し入れをしてくれると、こいつらが喜ぶ」
よっしゃ!とお二人が拳を握った。
「俺達、放課後は月金は馬場、火水木は武術場だから!」
「気張らなくても、売店の駄菓子あたりで、全然いいので…いいので…」
お二人も、めちゃくちゃ親切だ。
本当に医務室まで連れていかなくて大丈夫かともう一度確認されて、大丈夫です!と両手を握って答えると、じゃあ、と三人組は武術場の方へ向かう。
この人達、さわやかすぎない!?
「あーのー!」
大事なことを言い忘れたのに気がついて、少し遠くなった背に大声で呼びかけた。
ん?と三人が振り返る。
「騎士様って、かっこいいと思います!!
練習、がんばってくださあああい!」
大きく手を振ると、三人組は笑いながら振り返してくれた。
見送っていると、ゲルトルート様が本館側から慌ててやって来た。
渡り廊下から階段まで、結構遠いのだ。
「ミナ!大丈夫なの!?」
ゲルトルート様がぎゅっと抱きしめてくださった。
「だ、大丈夫でしゅ……」
私もゲルトルート様をぎゅっと抱き返す。
……お胸めっちゃあたってる……天国に来たみたい……って思っちゃってるのがバレないようにしないと!!!
「蒼蓮の舞」、絶対怖い魔法だと思う!!
ゲルトルート様から数十歩遅れてヨハンナも来てくれた。
ぜーはー言いながら、頭は打っていないか、痛いところはないか、吐き気はないかと矢継ぎ早に質問された。
大丈夫大丈夫!と返す。
「はー……肝が冷えたのです。
それにしてもミハイル様視点で言えば、まさかの『天から女の子が降ってくる』展開。
これもまた王道とはいえ、実際にこの目で見る日が来るとはびっくりなのです。
ミナのヒロイン力は無限大なのでしょうか……」
いつもより多めによくわかんないこと言ってるけど、それで思い出した。
「私、ミハイル様達にお礼に差し入れさせてくださいって、言えました!
なにを差し入れするか考えないと……」
「凄いわミナ!
差し入れ、なにが良いかウィラに相談しましょうか」
ゲルトルート様が頭を撫でてくださる。
ヨハンナがめっちゃ羨ましそうに見てくるのでゲルトルート様に言ったら、ヨハンナも撫で撫でしてもらって二人ではしゃいだ。
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