幕間 塔の研究室(1)
塔の階段を駆け上がると、足音で気がついたのか、アルベルト様が眼鏡に手袋姿のまま飛び出してきた。
「ミナ!!
来てくれたのか!」
わしっと抱き込もうとするアルベルト様の腕をかいくぐってかわし、研究室に入って距離を取る。
「アールーベールート様!!
もしかして、今日、ギネヴィア様に『手紙鳥』出しまくってませんでした!?」
腰に手を当て、仁王立ちになって問いただす。
「……あ?
だ、出した……に、二三通……??」
アルベルト様が、やべって顔になる。
「絶対、もっと出してるでしょー!!
ギネヴィア様、お困りだったみたいですよ!
ていうか、他の人がいたから表にはお出しにならなかったけど、相当キレてたのかも……
開きもせずに、ぐしゃあってポケットに突っ込んでましたもん」
「ああああああ……」
アルベルト様は頭を抱えた。
「ていうか、不安なんだったら私に出せばいいじゃないですか。
なんでギネヴィア様を巻き込むんですか!」
「ミナが楽しんでるところを邪魔して、怒らせたらと思って……」
おろっとアルベルト様は視線を泳がせた。
「だからって、ギネヴィア様を邪魔してどーするんですか!」
「す、すぐ謝る……
『手紙鳥』を書くから……」
「私がお届けするから、普通の手紙にしてください!
あのカカッて音にイライラされてたみたいなんで。
ていうか、そもそもアルベルト様も私も、ギネヴィア様に甘えすぎなんですよ……」
「確かに……」
しょんもりしたアルベルト様は、しおしおとテーブルに向かい、眼鏡と手袋を外して、ガラスペンを手に取る。
喉が乾いてたので、サモワールでお茶を2人分淹れて戻ったら、無事手紙は書き上がっていて、アルベルト様は封筒に封をしているところだった。
私もテーブルのそばのスツールに座って向かい合う。
「手紙、あとでお届けしますね。
というわけで、業務連絡のお時間です」
「はい??」
事務的な態度に戸惑ってるアルベルト様、ちょっとかわいい。
でも伝えないといけないことがたくさんあるので、さくさく行かないと。
「伝達事項は、ええと……4点あります。
まず、ピクニックに行った先、学院から7、8kmくらい離れた湖で、吸血コウモリ40体、ヘルハウンドが30体だっけ?とにかく魔獣が結構出ました。
これは撃破して全員無事だったんですが、今後はヤバいかもっていうんで、ギネヴィア様が学院長とかを召喚して、夕方から対応策を練り練りする予定です。
報告はまとまり次第、研究所にも回すっておっしゃってました」
「ふぁ!?
湖って、遺跡の近くのか!?」
後で地図で確認しましょう、と頷いて続ける。
「2点目。
私もヘルハウンドに足止めのつもりで『ライト』を打ったんですけど、後でエドアルド様に、私の『ライト』をくらった個体は魔石を砕かれて死んでいたと言われました。
私の『ライト』は『ライト』じゃないというのが、エドアルド様のお考えです」
さっきいただいた巾着を、アルベルト様に渡す。
話してて気がついたけど、デ・シーカ先生が光魔法じゃないかっておっしゃった時には、エドアルド様は、私の魔法は「ライト」だってはっきりおっしゃってたんだよね。
細かいことをお話する余裕はなかったけど、引き続き、他の人にはなるべく漏れないようにした方がいいと判断されたってことかも。
「ふぁあああ!?
なんだそれ!!
『キームの栄光』の単体版ってことか!?」
あー……
そういえば魔石が砕けてたってのは、カイゼリンの「キームの栄光」の特徴とかぶるのか。
いやでもほんと、平民でも使える「ライト」を練習して強化しただけなんで、あんな究極魔法を引き合いに出されても、ってなる。
アラクネの時は、別にダメージ入ってるようでもなかったし。
「とりあえず一気にお伝えしちゃいます。
3点目。
湖の近くの木立の中に瘴気だまりがあったんですけど、ヒルデガルト様とファビアン殿下が聖歌の『女神の祝福』を歌ったら、なんか消えました。
2人ともお歌めっちゃ巧くて、ぽわぽわぽわって光の渦みたいなものがうっすら見えてたです」
「え?え?え?
どういうことだ!?」
いや、私が聞きたいし。
「4点目。
神殿の聖女候補のエレンは治癒魔法を使えるんですが、水の下級は使えるものの、火の下級は使えないそうです」
「ちょおおおおおおおお……!?
なに言ってるんだ!!
あ、ありえないだろう!?」
やっぱり魔導理論がわかってる人ほどぶったまげるな、この話。
とりあえず締めようとして、まだネタがあったのを思い出した。
「もういっこおまけが。
今年の2月に神殿のノルド枢機卿がギネヴィア様に聖女にならないかって勧誘してたそうなんです。
その時、ギネヴィア様が断るなら、アントーニア様に話を持ってってもええんじゃよ的な無駄な煽りを入れてきて、速攻粉砕されたんですけど」
「あー……ギネヴィアが書いてきてたな。
使いの秘書官がくっそ無礼で、久々にガチギレしたとかなんとか」
それですそれです、と頷く。
「使いが来たのは、アントーニア様の婚約者が倒れた2日後なんです。
アントーニア様の婚約者は、原因不明の右半身麻痺と激しい頭痛が治らなくて、最近、婚約解消って話が出てるそうなんですけど……
なんで倒れた直後に、アントーニア様の婚約解消が前提になる話を神殿がしてたんだってことになって、今、ギネヴィア様、アントーニア様、アントーニア様の婚約者の弟のカール様、エレンで審議中です」
「なるほど……その婚約者っていうのは何者なんだ?」
頑張って、お茶会の時の話を思い出す。
「プレシー侯爵の次男、ヘルマン様とおっしゃる方で、えーっと確か、一昨年財務省に入られたのかな?
デキる方で、期待の若手って感じだとか」
「宰相の息子で財務省か……
うっかり不正でもめっけて、父親に話されたらマズいと潰されたとか?」
あー……ありそうな話だけど。
「でも、カール様は、普通にお病気だと今まで受け止めてらっしゃるようでした」
「そうか。
右半身だけに麻痺が残って頭痛が起きる毒ってのも、聞いたことがないしな。
ただ、神殿が絡んでるとなるとな……
あそこは、大暗黒期やエスペランザ王国時代の古い魔法や技術をひっそり伝えていると言われているし」
アルベルト様は首をひねった。
たぶん今頃、ギネヴィア様も同じことを考えて、カール様にあれこれお訊ねになってる気がする。
ブクマ頂戴しておりました。
ありがとうございますありがとうございます!!




