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わたくしが「よかったわね」って言ったらいけないの!?

 え??と、エレンも私たちも戸惑う。

 ぐすぐすしていたヒルデガルト様もアデル様も顔を上げて、びっくりした顔でアントーニア様を見た。


「……な、なによ。

 神殿に聖女になるよう無理強いされなくて済むのでしょう?

 わたくしが『よかったわね』って言ったらいけないの!?」


 皆の驚きの視線が集中して、赤くなったアントーニア様が早口で言い募る。


「……アントーニア、エレンに言わないといけないことをちゃんと言おう。

 このままじゃ君の善意も、優しさも、周りの人に伝わらなくなってしまう。

 君だって、わかっているだろう?」


 カール様がアントーニア様の手をとって励ますように言う。

 アントーニア様は不承不承頷いて、二人は立ち上がった。


 アントーニア様は、ちらっとファビアン殿下の方を気にされたけど、意を決したように深呼吸すると、エレンの方に一歩進み出た。

 カール様は斜め後ろからアントーニア様を見守る。


「この間は……

 いきなり怒鳴りつけた上に、噴水に突き落としてしまって、ごめんなさい」


 アントーニア様は深々と頭を下げた。


 えええええええ、とカール様以外、みんなぶったまげる。


「い、いやいやいや、大したことなかったのでッ

 うちも酷いこと言うてもうたし、制服やらなんやらたくさん過ぎるくらい頂戴してもうたし、ノーカンですノーカン!!」


 一番びっくりしてるエレンがあわあわ言うけど、アントーニア様は頭を下げたままだ。


「こういう時は、はっきり『許します』って言うんだ」


 ささっとエドアルド様がエレンに教えた。


「ゆゆゆゆ許させていただきます??」


 挙動不審にエレンが言う。

 私もアントーニア様に謝られても、「許します」なんてさらっと言える気はしない。


「ヴィロンさん、ありがとう」


 頭を上げたアントーニア様は、はにかんだような笑みを浮かべて、カール様に向き直った。


「カール、あなたにも謝らないと。

 わたくし、あなたに甘えすぎていたわ」


「いいんだ、アントーニア。

 君が辛いのは、よくわかってる」


 カール様は優しげな眼で微笑んで、頷いてみせた。


 ファビアン殿下は、カール様をどこかほっとした顔で眺めている。


 今日の会は、カール様がアントーニア様に代わってエレンに釈明する機会を設けるのが本当の目的だったのかもしれないと、今頃思い当たった。

 最後の最後でアントーニア様がいらして、一気に和解まで行くとは思っていらっしゃらなかっただろうけれど。


「あああああああ! ミナ!

 帰ってきていたのね、よかったわ!

 ……どうかしたのかしら?」


 不意に後ろから、淡い黄色のデイドレスをお召しになったギネヴィア様がいらした。

 制服より大人っぽくて、可愛らしいというより美人さん!て感じだ。

 侍女のユリアナさんもいる。

 だいぶ騒がしかったので、お部屋から降りていらしたようだ。


 何人も泣きはらした眼をしているし、アントーニア様とエレン、カール様と先日の3人が揃っているのに、妙になごやかだしと、ギネヴィア様が戸惑われているところに、カカッと音がして、中空に「手紙鳥」が現れた。

 ギネヴィア様は片手を上げて手紙を受け取ると、眉を寄せて開きもせずにポケットにねじ込む。

 珍しく荒っぽい仕草で、ちょっとびっくりした。


「ギネヴィア殿下、学院の北にある湖周辺に魔獣が出ました」


 エドアルド様が告げると、ギネヴィア様の顔色が変わった。


「湖? 直線距離でどれくらいかしら」


「7、8kmほどでは……このあたりです」


 エドアルド様が地図をがさごそと取り出して、ギネヴィア様が覗き込んで頷く。


「遺跡の近く、といえば近く……微妙ね」


 ギネヴィア様は少し考え込まれる。

 エドアルド様が早口に、魔獣の数、瘴気だまりは既に消失していることを説明される。


 よく考えたら、学院も結構危なかったのかも。

 なんにも警戒していないところに、いきなり襲われたら、犠牲がかなり出たかもしれない。

 属性魔法持ちは多いけど、対魔獣戦闘訓練を積んでるわけではないし、とっさに攻撃魔法をぱっと打てる人はそんなにいない気がする。

 発動最速の「ライト」でも、迫ってこられると全然当たらなかったんだし。


 あれ? よく考えたら、のんきにみんなでお片付け〜とか言ってる場合じゃなかった??

 いやもちろん、落ち着いたらギネヴィア様や学院に知らせるつもりだったけど。


 一通りエドアルド様の報告を聞き終わって、ギネヴィア様は頷かれた。


「学院長、学院の警備担当者を呼んで対応を検討しなければ。

 近衛師団から来ている皇族寮の護衛も呼びましょう。

 1時間後、皇族寮の会議室でいいかしら?

 皆、疲れたでしょうから、全員でなくとも、とりあえずエドアルドが話してくれればいいわ」


「姉上、俺も参加します。

 あと、デ・シーカとカールも」


 ファビアン殿下が言うと、ギネヴィア様は「先生もいらしてたの?」とちょっと驚いた。

 戻ってきたところに、たまたま居合わせたものだと思い込んでいたらしい。

 なんとなく、皆の視線がデ・シーカ先生に集まる。


 先生は、ギネヴィア様を食い入るように見つめたまま、固まっていた。

 ギネヴィア様がいぶかしそうにぱちくりとされる。


 はっと気がついた先生はいきなりギネヴィア様の前に進み出ると、跪いて騎士の礼をとった。

 一瞬戸惑ったけれど、ギネヴィア様が軽く頷いてみせる。


「サルヴァトーレ・エンツォ・デ・シーカと申します。

 ギネヴィア殿下に拝顔の栄誉を賜り、まことに恐悦至極に存じます」


 びっくりした。


 学院では、教師と生徒の間では貴族としての礼はとらない規則になっている。

 生徒が上位であれば教師が舐められたり、教師の側が遠慮してしまったりするし、逆に教師が上位であると生徒が必要以上に萎縮してしまったり、とにかく教育上よろしくないからだ。

 新任だから、頭から抜けちゃったのかな。

 ていうか、入学式の時に顔を合わせてるだろうし、なんで拝顔の栄誉とか今更言っちゃってるのか、よくわからない。


「ファビアンがお世話になっています」


 みんな、なんじゃこれ??てなっている中、ギネヴィア様は微笑んで右手を差し出し、先生はその手を押し戴いて指先を額につけた。

 ファビアン殿下が「なんで知ってるし」とでも言いたげな、ちょっと厭な顔をする。


 先生が妙にキラキラした眼で立ち上がると、ヨハンナがぼそっと「殿下のキルマークが増えた予感なのです」と呟いたのが聞こえた。

 なんぞ??


 ギネヴィア様は切り替えるようにファビアン殿下に向いた。


「護衛にはわたくしから知らせて、部屋の準備をしておくから……

 ファビアン、あなたは学院長を捕まえてくれるかしら」


 ファビアン殿下は、ギネヴィア様が仕切るのに納得いかなさそうで、少しためらわれたけれど、先生に促されて一緒に本館へ向かった。


「ヒルデガルトとアデルは、顔を洗ってから寮に戻った方がよさそうね。

 ……あら、アデルは前髪を上げたのね!

 素敵だわ! いつもそうしていればいいのに」


 ギネヴィア様は、こんな時にも目ざとくアデル様を褒めると、ユリアナさんに2人を皇族寮の化粧室に案内するよう指示した。


「では、僕は会議の時に回覧できるようサンプルを整理してきます。

 レディ・ウィルヘルミナ、ちょっと」


 エドアルド様は去り際、ちょちょっと私を離れたところに手招きした。


「君が『ライト』を当てた魔獣は、魔石を砕かれてすべて絶命していた。

 あれはもう『ライト』じゃない」


 私にだけ聞こえる声でおっしゃると、小さな巾着を私の手の中に落とし込んで、エドアルド様は、実験室の方へ去っていった。

 手触りからして、砕けた魔石が入ってるっぽい。


 え。

 なにそれ……

 どういうこと!?


 なにがなんだかわからないまま、ギネヴィア様達の方に戻る。


 なんとなく残るかたちになったアントーニア様とカール様、エレンに、ギネヴィア様は「3人に相談したいことがある」と声をかけて、皇族寮の入り口の方へ向かわれた。

 ヨハンナと一緒に、その後ろにくっついていく。


「実は今年の2月の上旬、帝都大神殿のノルド枢機卿から使者が来て。

 わたくしに、聖女にならないかと言い出したの」


「えええええええ!?」


 エレンがぶったまげる。

 私も全然聞いてなかったので、驚いた。

 ていうか、聖女候補ってどういう基準で選んでるの??


「プレッシャーをかけるつもりなのか、わたくしが断ったらアントーニアに話を持っていくと言っていて。

 わたくしは断るし、わたくしが断った話を立派な婚約者がいる令嬢に持っていったら、ギーデンス公爵はさぞや()()()()()()でしょうねって返したら、それっきりになったのだけど」


 アントーニア様も聖女候補の候補だったってこと!?

 余計意味がわからない……


「……神殿からの話、わたくしは聞いておりませんが。

 2月の頭に、ですの?」


 アントーニア様も混乱して、カール様と顔を見合わせている。

 カール様はギネヴィア様に、神殿から話があった正確な日付を訊ね、ヘルマン様が倒れて2日後のことだとわかった。


 聖女になるなら、結婚できないのだとエレンは言っていた。

 

 婚約解消の話が出ている今ならわからなくもないけど、倒れてすぐの時点で、アントーニア様の婚約解消が前提となる話を、なんで神殿がしてるんだろう。

 聖女の権威が確立されていて、婚約解消してでもなりたいものならまだわかるけど、そんなことは全然ないのに。


 まるで、神殿がヘルマン様の病気が治らないことをその時点で知っていたみたいだ。


「色々当たってみたら、どうも神殿の中で派閥争いがあって、それぞれ聖女候補を立てようとしているようなのだけれど……おかしいでしょう?

 いずれにしても、わたくし達4人、情報を共有した方がよいのではなくて?

 とりあえずざっくりとしたところだけでも」


 アントーニア様とカール様、エレンが、強張った表情で頷く。


「そうだ、疲れているところ悪いけれど、ミナは研究所に行ってくれるかしら。

 研究所にも報告を回すけれど、先に一報、入れておいてほしいの」


 玄関に着いたところで、ギネヴィア様はおっしゃった。

 どっちにしても今日中に塔に顔を出すつもりだったので、「承りました」と頭を下げて失礼する。


 去り際、また「手紙鳥」がギネヴィア様のところに舞い降りたのが見えた。




 てっきり、お茶を淹れるお手伝いとかしながら私も神殿の話を聞いて、会議にも出るのかなって思ってたのに。

 一報入れるのなら、「手紙鳥」をお出しになるか、私にそうお命じになれば済む話だよね。

 ヨハンナはあのまま残る雰囲気だったし、なんかちょっと納得いかない。

 神殿の話は、私が聞いちゃいけないのかな。

 なんだかのけ者になったみたいで寂しい。


 もやっとしたまま、ぽすぽすと野原を横切っていく。


 それにしても、なんであんなに「手紙鳥」が来てたんだろう。

 まだ、魔獣が出たことは、学院内でも知られていないのに。


「あ……? まさか……?」


 もしかしてアルベルト様、ギネヴィア様に私が帰ったかどうか「手紙鳥」で問い合わせまくって、ギネヴィア様を悩ませてしまってたんじゃない??

 ギネヴィア様はこれから内緒話と会議だ。

 早くアルベルト様を止めないと!


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☆★異世界恋愛ミステリ「公爵令嬢カタリナ」シリーズ★☆

※この作品の数百年後の世界を舞台にしています
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