嫌なんやったら、嫌や言わなあかん!
「とにかくいらっしゃい!」
アントーニア様は、口をへの字に曲げていらっしゃるカール様の片腕を掴んで引っ張っていこうとした。
その反対側の腕を、エレンが掴んだ。
「カール様、自分さえ我慢したらええんやいうて流されよったら、辛抱ばっかりの人生になってしまうで!
こんな、頭ごなしにキーキー叱りつけてくるような人に引きずり回されよったら、あっという間にボロボロになるやん!」
あああああああああ……
いや、正論だけど!めっちゃ正論だけど!!!
「なにを言ってるのあなた!
カールは付き合う相手を選ばないといけない立場なのに、そんなことも出来てないからわたくしが心配してるのでしょう!?」
即、アントーニア様がエレンに噛みつく。
「うちなんか、わけわからんまま聖女になります言うてしもうたけど、もらった支度金を父さんが使うてしもうた後になって、『乙女のまま一生神殿に仕えろ』いう話になって……
ほんまはもう、好きな人ができたって、一緒になれやせんのよ!!」
アントーニア様をまるっと無視して、エレンは切々とカール様に訴えた。
え、そうなの!?
「カール様は、まだ嫌やったら嫌や言えるんやろ?
嫌なんやったら、嫌や言わなあかん!
そんな我儘、よう言われん思うても、根性キメて言わなあかん!
うちみとうになったらあかん!!」
ぶわっとエレンは大泣きし始めた。
カール様は、びっくりした顔でエレンを見つめている。
ややあって「ごめん」と呟いて、カール様はアントーニア様の手をそっと払った。
「……エレン。
わかったから。
エレン、泣かないで……」
そのまま、エレンの肩に手をかけて慰める。
アントーニア様は、カール様に手を払われたことが信じられないように呆然としている。
「……わ、わたくしだって」
アントーニア様の眼に涙が浮かんだ。
「わたくしだって、ヘルマン様にずっと会えなくて辛いのに……!!
あなたばっかり泣いて、ずるいわ!」
ぽろぽろっと大粒の涙が頬を伝わったかと思うと、「ずるいずるい!!」とアントーニア様も大泣きし始めた。
敷石の上にぺたんと座って、乗馬鞭を放り出して、ちっちゃな女の子がするように、おんおん泣いている。
「ずるいずるいで泣いていいのはクソ妹だけなのです……」
ヨハンナが無の表情で、ぼそっと言った。
びっくりしたエレンが思わず泣き止み、「アントーニア!?」とカール様が慌ててしゃがみこんで、今度はアントーニア様を慰める。
とかやってると、カール様まで男泣きに泣き出した。
お兄様が急にお病気になられたご苦労やら、ご自身の立場が変わってしまった不安に加えて、両家の間で振り回されて、相当溜め込んでいたらしい。
さらに、ヒルデガルト様、アデル様もなんでかつられて号泣し始める。
一回泣き止んだエレンまで泣いている。
一人二人ならまだしも、いっぺんに5人とか、どっからなだめたり慰めたりしたらいいのかわからない!
しかも、泣きながらおっしゃることがちょっと……
聞いていいことかどうかわからないような話がぼろぼろ出てくるし。
さっきは詳しい症状はおっしゃらなかったけれど、カール様のお兄様であるヘルマン様は、いきなり宮中で倒れられて、意識は戻ったものの右半身が麻痺してしまい、回復の目処が立っていないのだそうだ。
いきなり倒れて麻痺といえば卒中だけど、医師の見立てでは卒中とは違うところが色々あるらしく、原因もわかってない。
ご家族みんなで、ヘルマン様を励まして、どうにかならないかと手を尽くしているけれど、麻痺だけでなく激しい頭痛がずっと続いていて、ヘルマン様ご自身はもう自分は駄目だと諦めていらっしゃるそう。
めっちゃ深刻だ……
アントーニア様は、お見舞いにも行かせてもらえないまま、婚約解消とカール様との再婚約を覚悟しろと言われたそうだ。
お父様の公爵もめちゃくちゃ怖いけど、お母様が輪をかけて怖い方で、そんな状況でも泣いたり嘆いたりすることも許されず、相当追い詰められているようだ。
めんどくさいのが、なにかにつけ両家に温度差があること。
ギーデンス公爵夫妻は、昔からの伝統を重んじる考え。
なので、特にアントーニア様のお母様は、皇帝と平民の子であるファビアン殿下と、お母様のメリッサ夫人を忌み嫌っていて、アントーニア様の義弟になる予定のカール様が殿下と親しいことも前から良い顔をしていなかった。
アントーニア様の婚約者がカール様になるかもってなったので、殿下とはすっぱり手を切って欲しいってなってる。
でも、陛下の意向を重視するプレシー侯爵夫妻は、ヘルマン様の病気以前は、もし殿下が皇族にとどまり、カール様も望むのなら殿下の侍従としてお仕えさせたいと考えていたくらい、殿下を評価している。
仮にカール様がヘルマン様の代わりに出仕されるとしても、殿下との関係はむしろ深めていきたい。
他にも色々、考えが違うところがあるんだけど、ギーデンス公爵夫妻は、こっちは公爵なんだから、プレシー侯爵家は自分達に従うのが当たり前だと考えている。
でも、プレシー侯爵夫妻は、たしかに公爵家は格上ではあるけれど、こっちは陛下のご信頼も篤い宰相、なんでもかんでも言うことを聞くいわれはないと、だんだんビキビキしてきてる。
もともとお互い利があるからこそ結ばれた婚約なのだから、ヘルマン様とアントーニア様がすんなり結婚していれば、両家の温度差がそこまで目立たなかったかもしれないけれど、なんだかもう、しっちゃかめっちゃかなことになっているようだ。
ただし、両家ともに体面というものがあるので、ヘルマン様とアントーニア様の婚約解消がやむをえないとしても、カール様との再婚約は確定。
というわけで、両家の齟齬のしわ寄せがアントーニア様とカール様に来ているらしい。
などなど皆さん、個人情報ダダ漏れでおんおんとお泣きになるので、私たち取り残されチームはじりじりと距離を取ってしまった。
アデル様のお母様のダブル不倫話とか、あんまり聞きたくないし……
いや、侍女候補なんだからギネヴィア様の役に立つかもしれない話は聞いておいた方がいいんだろうけど、5人いっぺんは無理だ。
いくらなんでも重すぎる。
「えーっと……
ここは一つ、僕も泣いておいた方がいいのかな……」
エドアルド様がこそっと呟かれた。
「え? なにかお悩みになっていることがあるんですか?」
たいていのことは、悩む前になんとかしてしまいそうなのにと、びっくりした。
「なにを言っている。
学院に飛び級卒業制度がないせいで、ウィラとあと2年も離れてないといけないじゃないか!」
「……ちょっと、聞かなくてもよかったかなって思ってます」
なんでだー!とぷんすかしてるエドアルド様を、はいはいとスルーしてたら、ようやくファビアン殿下が厨房係を連れて戻ってきた。
なんだこれ??て驚いてらっしゃるので、ヨハンナがさささっと状況を説明する。
厨房係が、余計なことは見たり聞いたりしていませんよというオーラ全開で、そそくさと片付け始めた。
おろおろあわあわしていたデ・シーカ先生が、「あ!」となにか思いついた様子で、エレンのそばに行った。
「とりあえずヴィロン、聖女候補の話、たぶん誤解があるぞ。
支度金を親が受け取って返せないとしても、だからといって聖女になることをお前に強要したら、神殿側が人身売買でアウトじゃないのか?
俺はそのへんの話は詳しくないが、帝国法で奴隷契約が禁じられてるのは確かだ。
まずは、法学のコフスキー先生に相談してみろ」
「え、ほんまに!?」
ぱああっとエレンの顔が輝く。
「よかったわ……
あなたは好きな人と結婚できるのね……」
アントーニア様が、既にぐちょぐちょのハンカチで目元を押さえた。
ブクマ頂戴いたしました。ありがとうございます!!




