数式を使って……どういう風にやるんだ?
めっちゃ焦ったけれど、ぺちぺちしながら呼びかけていると失神した2人は復活したので、とりあえず学院に戻ることになった。
カール様にしこたま叱られ、アデル様にごめんなさいをさせられたファビアン殿下は、颯爽と御者席にお座りになる。
隣にはヒルデガルト様をお招きになって、音楽の話をされているようだ。
ぽくぽくと歩む馬のリズムに合わせて、リュートを奏でて2人で歌っていらっしゃる。
今度は本気で声を出していないせいか、謎のキラキラは見えない。
その手前、荷台の一番奥にはエレンとカール様。
カール様は庶民の暮らしに興味があるようで、エレンがあれこれ身振り手振りを交えて説明している。
「しっかし、最近の学院はどうなってるんだ?
俺が通ってた頃は、もっと普通の子ばっかりだったぞ」
荷台の出口付近に陣取った先生が、お祭りクッキーの残りをかじりながらぶつくさ言ってる。
「と、申しますと……?」
ヨハンナが首を傾げる。
「光魔法が打てるベルフォード。
下級魔法が使えないのに治癒魔法を使えるヴィロン。
聖歌で瘴気だまりを消したロックナー。
おかしいだろ、一人だけならまだしも、多すぎだよ」
「確かに」
エドアルド様も頷いた。
じとっとこっちを見てるのは、きっと気のせいってことで……!
「フィリップス、お前は大丈夫なんだろうな。
後からこっちの腰が抜けるような能力があるとか言い出さないよな?」
「私!?」と、髪は下ろして、前髪は横に流したままのアデル様は慌てて両手を横に振った。
「いえいえ、私はなんにも。
属性は風だけで、魔力もたいしたことないですし」
ほんとに?と疑いの眼で先生はアデル様を見てる。
「なにが使えるんだ」
「『風』で、軽いものを舞わせるくらいしか。
数学や物理が好きなので、数式を使って、紙玉を動かして遊んだりしています」
なにそれすごい!
「それ、ギネヴィア様にお見せしたらお喜びになると思います!
ぜひ見せて差し上げてください!」
ギネヴィア様、そういうちょっと変わった才能を持つ人とお話されるのが特にお好きなので、前のめりになった。
数学や物理も得意でいらっしゃるし。
アデル様は、「殿下にお目にかけるなら、もっと練習しないと!」と笑って頷いてくださった。
「数式を使って……
どういう風にやるんだ?」
先生は首を傾げている。
「魔法陣に三次元の軌道を表す数式を入れて、対象を動かすんです」
ええと、どういうこと??
先生も「なるほどわからん!」て顔になったけど、ヨハンナが頷いた。
「発動後は数式を変更できないのと、数式から軌道を明確にイメージできるだけの素養が必須なので廃れましたが、エスペランザ王国時代は学僧の一部が使っていたと、数学史の本で読んだのです。
小石などを魔獣に撃ち込むという使い方もしていたとかなんとかでした」
「そうなんですか!」
アデル様はそんなことをしているのは自分ひとりじゃなかったと知って、嬉しそうだ。
「……なーんか、フィリップスも怪しいなぁ」
「ですね……」
先生とエドアルド様は微妙な顔をしている。
「並外れた才能というなら、ファビアン殿下の俺様皇子っぷりもカウントしてもよいのではありませんか?
いくらイケメン皇子とはいえ、失神者を2名だすとか、なかなかできることではないと思うのです」
失神したヨハンナ本人がそう言いだして、思わず笑ってしまった。
「「「「確かに!!」」」」
せっかくなので、デ・シーカ先生とエドアルド様に、「ライト<大>」「防御結界」の練習の仕方について相談した。
迫ってくる相手に魔法を正確に当て続けるって、めっちゃ難しいって、よくわかったし。
まずは視野を広く持って、どれが一番危険か判断することが大事であること、弓術場にある「動く的」で練習すると良いとか教えていただいたりしているうちに、幌馬車は学院についた。
スキレットとかピクニックバスケットは皇族寮の備品だそうで、せめて下ろすのくらいは皆で手伝いますって話になって、ファビアン殿下はそちらに幌馬車を回す。
皇族寮は、学院の正面玄関から見ると、一番奥にある。
通用門から入って、普段、庭師や掃除の人が使う道から向かう。
途中、何人か生徒とすれ違い、幌馬車の御者がファビアン殿下だと気づいた人は、ぶったまげていた。
そうだよね、びっくりするよね……
と、皇族寮の裏口に着いて、わらわらと幌馬車から降りる。
殿下は厨房係を呼んで来ると、中にお入りになった。
私たちがピクニックバスケットやら荷物を諸々下ろしていると、野原の方から白馬に跨った女子生徒がこちらに近づいてきた。
遠駆けの帰りみたいだ。
金色の豊かな巻毛に、ぴったりと身体に合った赤の乗馬服──
ああああああああ!!アントーニア様だ!!!!
やばい、エレン、隠れた方がいいかも!て幌馬車の方を振り返ったところで、ちょうどエレンとカール様が、仲良く敷物を一緒に抱えて降りてきた。
アントーニア様は目ざとく見つけたのか、馬に鞭を入れてこちらに来る。
あわあわしているうちに、もう目の前だ。
「カール!
あなたはまたこんな人達と!!!」
ひらりと馬から降りると、大股にアントーニア様はカール様に詰め寄った。
乗馬鞭を持ったままだ。
カール様は、エレンをかばうように前に出て、黙ったまま硬い顔をして視線をそらしている。
「ええとその、今日はファビアン殿下のお招きで……」
慌ててモブなりにフォローしようとしたけど、アントーニア様は「ファビアン殿下のお招きですって?」と鼻で笑った。
殿下を皇族として認めてないって言い草だ。
あまりのことに、固まってしまった。
いくらお母様が平民だからって、こんな言われようをされなきゃいけないの!?
かなり破天荒な俺様だし、ギネヴィア様への態度はなんとかしてほしいけど、ファビアン殿下、良いところだっていっぱいあるのに!
焚き火料理、超美味しかったし!!
「レディ・アントーニア。
皆、学友なのですから、『こんな人達』呼ばわりは不適切ではないですか?」
エドアルド様が眉を寄せて、間に入ろうとされた。
「これはギーデンスの内々の話ですッ
ブレンターノでもパレーティオでもどっちでもいいけれど、外野は黙っててくださる!?」
噛みつかんばかりにはねつけられて、エドアルド様は二の句が告げない。
こわッ
アントーニア様、こわッ!!!
ギーデンスの内々の話って言われても、プレシー家はギーデンス公爵家の支族でもなんでもないじゃん、とツッコミを入れたくなるけど、そんなこと言えない。
思わずヨハンナとアデル様、ヒルデガルト様と寄り集まるかたちになる。
ヒルデガルト様は、ファビアン殿下を露骨に馬鹿にしたアントーニア様をきああっと睨んでる。
抑えて、というつもりか、アデル様がヒルデガルト様の二の腕を掴んでた。
デ・シーカ先生は、魔獣との修羅場には慣れてても、こんな場面は想定外なのか、あの?とかええと?とか声を漏らしつつ、おろっとしてる。
 




