「永遠の氷嵐(エテールナ・フォルト・ネゴシュトルモ)!!」
「マジか……来るぞこれ!
なにが来るかわからんが、幌馬車はまずいな。
女子、攻撃魔法を打てる者はいるか?」
デ・シーカ先生があたりを見回した。
1年生3人とヨハンナが首を横に振る。
私は……「ライト<大>」ならいいけど、「光弾<仮>」は打てるかどうかギリギリにならないとわからないし、どう言えばいいんだろ。
「女子は四阿に退避!
馬も中に入れて、しっかり柱に手綱をくくっとけ。
ファビアン、一緒に四阿に入って、状況に応じて『結界』を張れ」
「カール、『結界』頼んだ」
先生の指示をファビアン殿下がカール様にパスして、「お前になにかあったら俺の首が物理的に飛ぶじゃないか」と先生が苦い顔をする。
殿下は答えずに腕組みしたまま、向こう岸の上空を見ている。
ヨハンナが、とにかく動こうとエレンの腕をひっぱり、他の2人とカール様も怯えて嫌がる馬をなだめながら四阿に向かった。
私も行こうとしたら、エドアルド様に「君は戦力だ」と引き止められる。
「ベルフォードは光魔法だっけか?」
先生が首を傾げた。
「あ、光魔法は超ピンチになると出ちゃうって感じなので……
でも、目つぶしならおまかせください!
『ライト』を改造したんです。
射程は30mちょいくらいですけど」
遺跡の事件の後からちまちま練習したおかげで、私の「ライト」はあの時より光が届く範囲は小さく、光量はより強力になってる。
「『ライト』で目つぶし?
射程30m??」
「ライト」は、普通は手元を明るくするのに使うので、デ・シーカ先生は意味がわからないって顔をしたけど、エドアルド様の推薦ならってことで私も残ることになった。
「エドアルド、敵の確認と割り振り頼む」
「はい!」
エドアルド様は、重そうな背嚢を下ろすと、いくつか小さなものをポケットに移し、双眼鏡を取り出して、木立に向けた。
「ミナ、アレは危なくなるまで打つな」
エドアルド様の囁きに、私は頷いた。
「ライト<大>」はいいけど、「光弾<仮>」はピンチになるまで出すなってことだ。
「さーて、なにが出るかな〜」
デ・シーカ先生は木立から視線を離さずに、腕まくりをして足場を確認しながらうろうろしたり、軽くその場でジャンプしている。
集中するための儀式みたいなものなのかとも思うけど、結構挙動不審だ。
ファビアン殿下とエドアルド様は不動。
……というか。
アラクネ戦のときは、ウィラ様、ミハイル様が盾役を交代しながら、サポート役のエドアルド様と3人でアラクネの足止めして機動力を削った。
で、アラクネが弱ったところでゲルトルート様が渾身の「蒼蓮の舞」をぶちこんで、瀕死まで持っていったんだけど……
今日は盾役はいない。
エドアルド様は、ちょっと残念になるくらいたくましくなられたけど、山刀みたいなのを腰からぶら下げてらっしゃるだけだし、盾役はさすがに無理だろう。
属性魔法は強力だけど、詠唱から発動までに時間がかかるものも多いし、特に上位魔法は魔力の消耗が大きいので、ぽんぽん打てるものじゃない。
だから騎士が魔獣を抑えて、魔導師が離れたところから魔法を打つのだ。
なのに今日は魔導師だけでどうするんだろう。
不安になってエドアルド様の方を見た時、む、とエドアルド様が声を漏らした。
「吸血コウモリ30、いや40」
え!?て凝視すると、コウモリ?らしい黒い小さな影がぶわっと群れになって近づいてくるのが見えた。
「殿下、間合いに入ったところで範囲広めで『雷撃』お願いします。
ミナ、討ち漏らしに『ライト』頼む」
エドアルド様は淡々と指示を出す。
ファビアン殿下が攻撃して、残ったヤツにライト打つの!?
バラバラになるだろうし、そんなにパッと狙えるかな……
おろっとファビアン殿下を見たら、詠唱に入っていた。
手のひらを前に突き出すようにして、眼を伏せて数秒……
2m近い、大きな円形の魔法陣が2つ、ファビアン殿下の前方に左右に並んでドン!ドン!と出現した。
濃い黄色と淡い緑、土と風だ。
2属性とはいえ複合なのに、魔法陣展開までが速い。
「雷撃!」
魔法陣が互いに吸い寄せられるように重なって、またぱっと離れた瞬間、びゃっと紫色の太い光が、点がたくさん飛んでいるようにしか見えないコウモリの群れに走る。
こんなに遠くまで届くの!?
エドアルド様も、双眼鏡を下ろして一瞬ぽかんとしてる。
群れに届いた紫の光は、コウモリの間をかけめぐり、あっさりと群れは水面に落ちた。
よかった!!
後ろの四阿から、「ファビアン殿下!素敵ー!」と応援のつもりなのか、声がかかった。
不意を突かれたのか、ファビアン殿下が後ろを振り返る。
なんか赤くなってるし!!
きゃー!と声が上がって、集中が緩んだのか魔法陣がぐにゃってなってしまった。
「殿下、前を見るのです!!」
ヨハンナの叱咤で、ファビアン殿下は、あ?と慌てて前に向き直り、魔法陣を立て直そうとしたけど、巧くいかなかったみたいで消した。
「吸血コウモリ、全滅確認。
んん、あれは………」
再び双眼鏡を目に当てたエドアルド様が、ぐっと前のめりになった。
「湖の岸を回り込んで、左前方からヘルハウンド。
数、30前後……と、先頭に大型個体4。
先生、殿下、氷系で。
ミナ、引き続きフォロー用意」
「りょ!! こっちは範囲で雑魚を削る。
ファビアンは槍連射で先頭潰せ。
つか、ベルフォード、後ろ黙らせろ」
「「はい!」」
先生が詠唱を始めた。
気を取り直したファビアン殿下も続く。
四阿の方を振り返ると、1年生3人がベンチに逆向きに座って、こっちに身を乗り出してる。
ヨハンナもだ。
大きな声を出して集中の邪魔になったらいけないので、胸の前で腕をバッテンにして、怒った顔を作って見せると、カール様がみんなを引き剥がして奥に押し込んでくれた。
とかやってるうちに、ヘルハウンドの群れが湖岸を回り、地面を蹴立てて向かってくる。
遺跡にもヘルハウンドはいたけど、あの時のより大きいのばかりだ。
先頭に、若い牛くらいはあるのが数頭いた。
ドン!ドン!と、先生と殿下の前にそれぞれ魔法陣が現れる。
どちらも緑と青、風と水だ。
先生の魔法陣は縁がギザギザになっている。
そのギザギザが歯車のように噛み合い、高速で回転しはじめた。
エドアルド様は双眼鏡を胸ポケットに突っ込んで、少し腰を落として構えてる。
残り100m、80m、……来る!!!
「氷の槍!」
ファビアン殿下の魔法陣が前後に重なってぎゅうっと中心に向かって縮み、ぱっと元の大きさに戻ると同時に、長さ2m近い氷の槍を水平に撃ちだした。
先頭のバカでかいヘルハウンドの胸に命中して、ヘルハウンドがもんどり打って倒れる。
すぐにまた魔法陣が縮んで氷の槍を射出し、一度は外したものの、2頭目、3頭目が同じく宙を舞って倒れる。
だけど、その身体を踏んで、残りが殺到してきた。
「永遠の氷嵐!!」
ほぼ同時に先生の魔法陣から青みがかった光の珠が、弧を描いて放たれる。
30mほど先、群れの手前に落ちると、カッと光の柱が立って、高さ5メートルを超える氷の竜巻が出現した。
離れてるこっちにまで、ぶわっと冷気が吹き付けてくる。
竜巻を突き抜けて飛び出してきた4頭目の大型ヘルハウンドを「氷の槍」が貫いたところで、殿下はふらっとよろめき、魔法陣が消えた。
竜巻はそのまま、ヘルハウンドの後続を蹂躙する。
先生は唸り声を上げて、ヘルハウンドをなるべく巻き込もうと竜巻を左右に振ったりこっちに引き寄せたりして操る。
魔法陣はさらに速度を上げて回転し、先生の指先から上腕にかけて、びきびきと血管のようなものが浮かび上がった。
けど、後ろにいて巻き込みそこねたヘルハウンドが数頭、大きく回り込んで竜巻を回避し、ぐんぐん加速して向かってくる。
「ミナ!!!」
エドアルド様が叫んだ。
「くっそ!!」
先生は魔法陣を解除して、新たな魔法の詠唱に入る。
「ライト!」
無意識に両手を前に突き出して、叫ぶ。
動かないものを狙った練習だと、同時に3発まで打てるようになったけど、こっちに疾走してくる魔獣じゃそんなの無理!
1頭ずつ集中するしかない!
こっちに突っ込んできた1頭目が、バチッと小さな閃光とともに吹っ飛んで横倒しになる。
光量が上がったせいか、気絶してくれてるみたいだ。
次、左から2頭目!
次ッ! もう1頭!!
あああああ、でももう間に合わない!!
盲滅法に乱射したけど、その隙間を縫うように3頭が迫ってくる。
もう鮫みたいに鋭い牙が見える。
なのに、全然あたんない!!!
「焦るな続けろッ」
詠唱している先生を狙ってジャンプしたヘルハウンドの頭を、エドアルド様がスリングショットで魔石を飛ばして撃ち抜く。
殿下も詠唱に入ってるけど、発動はまだだ。
もう一頭、身を低くして走ってきたやつに、きあああ!ってなりながら放った「ライト」が当ったてくれた。
エドアルド様は、殿下の方に向かった最後の一頭の腹を横からゴツいブーツで蹴り上げ、吹っ飛んだヘルハウンドが起き上がろうとしたところを、踏み込んで山刀を一閃、首を刎ね飛ばした。
ひょああああ……
とりあえず、ヘルハウンドの群れは倒せたみたい……?
湖岸から数十メートルくらい、屍累々だ。
先生の「永遠の氷嵐」に巻き込まれたのは、ズタズタになって転がっている。
バカでかいヘルハウンドの死骸に刺さった、ファビアン殿下の氷の槍が、春の日差しに溶けはじめる。
先生は、やれやれと地面に座り込んだ。
そんなに魔力は使わなかったのに、私も気が抜けてぺたんと座り込んでしまった。
エドアルド様は、魔獣が湧いてきた木立のあたりを入念に確認し、ファビアン殿下に双眼鏡を渡して警戒係を代わってもらうと、まだ黒い泡を吐いてあがいているヘルハウンドにトドメを刺したり、魔石の摘出をし始めた。
いつの間にか、木立の上の翳りは消えている。
ファビアン殿下はしばらくあたりを警戒してたけど、先生にも見てもらって、いまのところ第3波の気配はないってなって、四阿の方へ大丈夫だと手を振る。
カール様が幾重にも重ねていた「結界」を解除して、わらわらっと四阿組が出てきた。
ヨハンナ「エテールナ・フォルト・ネゴシュトルモ、英訳するとエターナル・フォース・ブリザードとなりますのです」




