4.そもそも、なんで婚約解消したいんですか?
「確かにウィラとミハイル様は、お会いする機会は多いと思うのだけど……」
ゲルトルート様は、ウィラ様経由というのは筋が良くないとお考えのようだ。
「騎士団と辺境伯の間には、ちょっと緊張感があるのです」
ヨハンナも頷く。
「帝国では、騎士団は人間を相手に戦うものなのよね。
ここ20年は戦争がないから、御前試合やパレードでの活動が中心でしょう?
その分、魔獣を相手に常に戦っている辺境伯から見れば、華やかで見栄えがよい方向に技を磨いているところがあると思うの。
いざというとき、本当に役に立つのかって思ってしまうことになるわよね。
逆に、騎士団から辺境伯の戦い方を見ると、泥臭くて洗練されてないし、騎士道に悖る卑怯な手段も使ってるのはなに?ってなるのよね。
……二人の仲が悪いわけじゃないのだけれど、見た目よりも距離があるんじゃないかしら」
貴族社会がよくわかってない私に、ゲルトルート様が噛み砕いて説明する。
なるほろ……
「じゃあ、ハンカチ落とすんですか?
というか、私なんかが落としたハンカチでも拾ってもらえるのかなぁ……」
「いえ、ミハイル様は騎士道精神に溢れた方ですから。
困っている人を見れば必ず助けてくださるはずよ」
と言われても、ハンカチ一枚でそこまで引っ張れる演技力は私にはなーい!!と脚をバタバタさせた。
「木に登って降りられなくなった子猫をミナが見つけておろおろしているところに、ミハイル様が通りかかるのもアリ寄りのアリなのです」
「どういう偶然よ。学院で子猫なんて見たことないのに……」
よくあることですよ?とヨハンナは不服顔だ。
恋愛小説は読みまくってるけど、実際に男の子とつきあったりしてないっぽいので仕方ないか。
ウィラ様の「本の世界に住んでる子」という表現が的確すぎるって話すたびにしみじみ思う。
「とにかくきっかけはなんでもいいから、ミハイル様に助けてもらって、感謝を示すことが大事だと思うのです。
そして、頑張ってる彼を認めてあげる。超認めてあげるのです。
そしてそして好き好きオーラを盛りまくって高ぶらせまくって大☆放☆出!!
これで落ちない紳士はいないのです!!」
そんなに巧く行くわけないじゃん…と、私はうなだれた。
「……そういえばわたくし、ミハイル様に助けてもらったことも、感謝を示したことも、頑張ってらっしゃるのを認めて差し上げたこともないわね……
頑張っていらっしゃるご様子は、ウィラからたまに聞いてはいるのだけれど」
少し悲しげにお姉さまがおっしゃった。
どういうこと?と首を傾げる。
暑苦しい脳筋なのかもしれないけど、騎士道精神に溢れた人なんじゃ?
リーシャとか寮の子に聞いたら、ウィラ様には負けるけど騎士様好きの子には人気あるって言ってたから、それなりにかっこいい人なんだろうし。
「えっと……そもそも、なんで婚約解消したいんですか?」
せつなそうにお姉さまはため息をついた。
「……あの方、わたくしをちっとも見てくださらないの。
お会いしてもずっと目をそらしていらっしゃるし、ろくにお話も続かなくて……」
ほえー?と首を傾げる。
ゴージャスで美しいお姉さまが眩しすぎて、挙動不審になってるだけなのでは疑惑が私の中でむくむくと膨れ上がる。
「それで婚約解消というのは、ちょっと早いのでは……」
「それだけではないの。
わたくし、本当は修道院に入りたくて……」
「しゅ、修道院!?」
こんなにあでやかな令嬢に来られても、神殿の方が困るっしょ。
ゲルトルート様は眼をそらした。
「その、わたくし……
お胸がどうも目立ってしまうから、男の方にじろじろ見られることが多いのね……」
「あー……すすすすみません!!」
ほんとすみません!!
私もふと気がついたらめっちゃ見ちゃってる!!!
ヨハンナも「すみませんすみません…」とうなだれている。
友よ、君も見ていたか。
いやわかるけど。
「いえ、女の子はいいの。
わたくしだって、他の方を気がついたらぼーっと見てしまっていることがあるし」
乳、それは最後のフロンティア、なのです……とか、ヨハンナが妙なことを口走るので軽く足を蹴っておいた。
「男の方はね。
まず、お胸をじーっと見て、それから私の顔を見て。
顔を見て私だって気がつくと、学院だとこそこそ視線をそらされることが多いけど……
にまにま気持ち悪い笑い方をされたり、指さして厭なことを言われたことだってあるわ」
説明するうちに色々厭なことを思い出されたのか、うっすらと頬が紅潮して、怒りで瞳がきらめいた。
「ほんっとに、ほんとに厭なのよ!
あいつら地獄の炎で焼かれればいいのにって、ずっとずっと思ってるの!
なんならまとめて講堂にでも詰めて、わたくしの『蒼蓮の舞』で講堂ごと消し炭にして差し上げてもよいのよ!!」
ひゃっとヨハンナと飛び上がる。
さすが悪役令嬢志望のお姉さま。ど迫力だ。
ヨハンナが目にも留まらない速さでベンチを降りて、ゲルトルート様と向かい合うようにして床の上に座った。
膝そろえて床の上で脚を畳み、お尻がかかとの上に乗っている。
なにこれ?
「正座というのです。
反省を示し、大切なお話を謹聴するための究極坐法なのです」
眼鏡をくいっと持ち上げて解説してくれる。
そんなマナーもあるのかと私も並んで真似する。
うまく脚がたためなくてヨハンナみたいに綺麗にならなかったけど、なんとか座った。
ゲルトルート様は「セイザ?」と戸惑っていらっしゃったけど、とにかくおっぱい…じゃなくて、お胸のことで、どれだけ厭な思いをされたか、どれだけ傷ついていらっしゃるか、堰を切ったようにお話された。
話は過去に戻ったり未来に飛んだり、帝国における女性の地位の低さ(女性が爵位を継げたり、侍女や魔導士以外でも任官できる他国では、女性に対する扱いが若干マシらしい)に及ぶ。
途中でヨハンナが手帳を取り出して、勉強になります、とメモし始めた。
「と、いうわけで……
わたくし、ミハイル・アントノフ侯爵令息となにがなんでも婚約解消し、男性が絶対立ち入れない修道院で心おだやかに暮らしたいのです!!」
「「わ、わかりました!!」」
またまたブクマ頂戴していました!
ありがとうございます!