それで学院の女子生徒を紹介されてどうしろと!?
それにしても本当にやるの?って思ってたら、次の週の火曜の夜、寮にほぼ殴り書きのカードが届いていた。
土曜朝9時に本館の正面玄関集合。
夕方、集合場所で解散予定。
昼食の用意は不要。
服装自由(動きやすいもの)、おやつ自由。
F
ほんとにやるんだ……
でも結局、なにをするのかさっぱりわからない。
ていうか、このカード、皇室付きの侍女や従者が書くなら、それなりにちゃんとした招待状の体裁にするだろうし、もしかしてファビアン殿下がお書きになったんだろうか。
お茶会の打ち合わせの時にギネヴィア様にお話したら、珍しく苛立ったような顔を一瞬見せて、考え込まれた。
なにかお気に触ってしまった?と思っていたら、気を取り直したように「ファビアンは周りに人を置いていないから、自分で書いたのでしょう」とだけおっしゃって、この話は切り上げられた。
ユリアナさんにもなにも言われなかったので、私がなにかやらかしたわけではないみたい。
ファビアン殿下はギネヴィア様にイキリがちなところがあるみたいだけど、ギネヴィア様はギネヴィア様で、ファビアン殿下に含むところがある雰囲気だ。
ヨハンナと1年生3人のところにもカードが届いていたとのことで、木曜の昼ごはんの時、緊急対策会議を開く。
アデル様は、「俺様系イケメン貴公子」が登場する下剋上ヒロイン小説を2冊、月曜にお届けしたとのことで、ヨハンナがめちゃくちゃぐったりしてた。
土曜はさらに俺様度が上がってる予感しかしない。
それにしてもどこに行くのだろう。
町に遊びに行く感じでもないし、準備が必要な乗馬なら、さすがに乗馬と書くだろうから、ハイキングとかかも?てなった。
服装自由といいつつ、動きやすいものをという書き方なのだから、お呼ばれ用のきちんとしたワンピースより、乗馬用スカートとかの方がよいかもしれない。
まさか本格的な登山ではないだろうけど。
それにしても会話の間がもたなかったら怖いとエレンが言い出し、ヒルデガルト様がリュートを持っていくのはどうだろうとおっしゃってくださって、お願いすることにした。
念の為、リーシャにトランプを借りることにする。
おやつ自由、ということは、逆になんか持ってこいということだろうとなって、エレンに手伝ってもらって、例によってお祭りクッキーを大量に焼くことにする。
飲み物についてはなんにも書いてなかったけれど、一応めいめい水筒を用意しておくことにした。
そんなこんなで土曜の朝。
幸い、天気はよい感じに晴れている。
おそろの紺の乗馬用スカートに、私は臙脂のリボンタイのついた白のブラウス、ヨハンナは空色のブラウスを着て、一緒に本館の正面玄関に向かうと、2頭立ての幌馬車が待っていた。
庭師さんとかが使っている作業用の馬車だ。
なぜかファビアン殿下が御者席に座っていた。
上は白の木綿のシャツ、下はそれこそ庭師とかがよく着る、だぼっとした分厚い綿のパンツだ。
「おはようございます!
すみません、お待たせしてしまって」
慌てて小走りに近づくと、私達と似たような格好をして固まっている1年生3人と、ちょっと呆けているプレシー様、それからなんでか新任の若い男の先生が、無の表情でバカでかいヤカンをぶら下げて立っていた。
1年生3人は今日もしっかりツインテにしてる。
何度見ても、3人でピンク髪ツインテってインパクトがあるな……
ヨハンナは私もツインテにしろって言ってたけど、私は出会いは要らないんだし、ここは二つ結び死守!
新任の先生は、魔法実習担当の先生で、確かデ・シーカ先生。
伯爵家の出の方だとかなんとか、噂話を聞いた覚えがある。
長く伸ばした紺色の髪をうなじで髪紐でくくり、鳶色の眼は鋭くてちょっと怖いけど、すらっとした体つきの方。
休日らしく、ざっくりした綿のセーターに、カーキ色のコーデュロイのパンツだ。
女子がきゃーきゃー言っていたような気もするけど、この先生とプレシー様が、ファビアン殿下の言う「『真実の愛』が必要そうな知り合い」てこと!?
「まだ時間前だからセーフだ。
さあさっさと乗れ!」
ファビアン殿下、めっちゃ上機嫌。
「ゔぁああああ!
朝からツッコミどころが多すぎて間に合わんのです!
なんで殿下が御者席にいるですか!
そしてなんで幌馬車!?」
開幕、ヨハンナが仁王立ちになってキレた。
ヨハンナ、朝に弱いので午前中は不機嫌になりがちなのだ。
それにしても、殿下相手にこの喧嘩腰って、不敬とかそういう話にされたらどーすんの!?って、おろっとなってしまう。
「俺が御者をやるのは、子供の頃、御者になりたかったからだ!
この馬車にしたのは、皇家のキンキラ馬車は無駄にデカい割にたいして荷物が積めないし、幌馬車なら全員で話しやすいからだ!」
普通に言い返したファビアン殿下はひらりと御者席から飛び降り、ヨハンナの首根っこを掴むと、幌馬車の客席にぽいっと放り込んだ。
確かに、箱型の馬車だと大型のでも6人乗りが普通だし、残り2人は御者席に乗ったとしても、御者席と乗客の席が隔てられるから8人で話せない。
「ほんっと、ファビアンは言い出したら聞かないからな……」
諦めたようにデ・シーカ先生が「はいはい乗ったら奥へ行く」と声をかけながらのそっと乗り込み、微妙顔のままプレシー様が1年生と私が乗り込むのを手伝ってくださる。
さすがインテリ眼鏡枠、紳士だ。
服もシャツにスラックスと一人だけきれい目だし。
馬車の中は案外広々としていて余裕がある。
荷台の右端と左端に、向かい合うように木のベンチが設けられていて、ひざ掛けやクッションもたくさん用意されている。
ピクニック用のバスケットみたいなのもいくつも積まれていた。
全員乗り込むと、ファビアン殿下は「出発進行!」と朗らかに宣言して馬車を出した。
出発進行!したものの、幌馬車の中は沈黙が降りてる。
先生とプレシー様は、なんでこんな企画に巻き込まれたのか全然わかってないって顔だし、それを言うなら私達だってそうだ。
「私、2年のウィルヘルミナ・ベルフォードです。
デ・シーカ先生とプレシー様、ファビアン殿下とはどういうつながりなんですか?」
とりあえず雑に名乗って、先生とプレシー様にお伺いした。
「殿下とは、学院入学前に貴族の子弟が通う私塾で知り合ったんだ。
10歳の頃からだから、なんだかんだでもう6年目か。
で、先生は、その私塾の卒業生でたまに顔を出していろんな話をしてくれてたんだ。
僕らからすると、先生というより兄貴分という感覚かな……」
プレシー様が説明してくださる。
デ・シーカ先生は仏頂面でご自分の説明を聞き流していた。
「なるほど……」
学院前からの付き合いなのか、と納得していると、ファビアン殿下がこっちを振り向いた。
「デ・シーカは、この間まで魔導騎士団にいたんだ。
色々あって上司をぶん殴って退団させられたんだが、魔導士としての評価は高かったし、遊ばせておくのはもったいないってなった。
で、結局学院に押し込まれたんだけど、教師になるつもりなんてなかったから、どうも腰が定まってない。
任務任務で、浮いた話もなかったしな。
ここは一発、『真実の愛』とやらに目覚めたらいいんじゃないかと召喚してみた」
ドヤァ!とファビアン殿下が説明する。
魔導騎士団というのは、魔獣と戦う魔導士中心の騎士団だ。
今は魔獣と戦うのは基本的には各領主の責任になっているけど、中小の領で魔獣が出やすいところだと大変だから、魔導騎士団が相手をする。
もともとは初代皇帝エルスタルが組織した、帝国の根幹というべき組織で、トップは代々皇帝が務める。
といっても、地方を転戦し続けるハードな仕事なので、名誉ある職とはいえ今は就職先としてそこまで人気がなく、規模も徐々に縮小しているらしいけど。
「それで学院の女子生徒を紹介されてどうしろと!?
どうせなら、もっとこう、大人の女性をだな!!」
「デ・シーカは老けて見えるがまだ24歳じゃないか。
8歳差ならアリだろう?」
「殿下!! 前見て前ーーー!」
先生と言い合いになりかけているファビアン殿下に、ヨハンナが叫ぶ。
ファビアン殿下は「田舎の一本道だからいいじゃないか」とぶつくさ言いながら前を向いた。
田舎の一本道、脱輪でもしたら自力でなんとかするしかないので舐めないでほしい!!
 




