眼鏡、お前も来い。 なかなか面白そうな女だからな
「あの……それがその……
わたくし、ファビアン殿下に、殿下と知らず話しかけて怒られてしまいまして……」
「うちも……」
「……私も、その、ちょっと……」
おずおずと、ヒルデガルト様がおっしゃり、エレンとアデル様も気まずそうに言い出した。
え?と、ギネヴィア様が首を傾げた。
「どうしたのかしらね。
話しかけただけで?
少しでも皇家と縁を強めたい家から『狙い目』扱いされるんじゃないかと警戒しているのかしら」
「でも皆様、打算による家からの指示ではなく、素敵な貴公子と素敵な恋に落ちたいという乙女の夢から声をかけられたのでしょう?
声をかけたくらいで怒られ発生とは、誤解されている気配も大盛りですが」
ヨハンナが首を傾げる。
と、一段落ついたと見たのか、ユリアナさんがさりげなくお茶を換えた。
このタイミング、見習わねば!
「ところで皆さんはどの作品がお好きなの?
わたくしはやっぱり『乙女座の淡き星影』!
特に悪役令嬢が過ちを認めて自分から身を引くところ、何度読んでもうるっとくるのよね!」
ギネヴィア様がキラキラ全開で下剋上ヒロイン小説の話を振る。
後は喧々諤々、どの小説のどのシーンが良いとか、恋に落ちるならどのイケメン貴公子が良いとか、めちゃくちゃ盛り上がる。
私は下剋上ヒロイン小説にはそこまで詳しくないけれど、作品名が出た瞬間、ヨハンナが即座に解説してくれるし、聞いているだけでも楽しかった。
そんな話をしているうちに、3人の背景がおぼろに見えてきた。
エレンは、地元の神殿の図書室に1冊だけ紛れ込んでいた元祖下剋上ヒロイン小説『乙女座の淡き星影』を繰り返し読んで、素敵な恋の世界に憧れていたらしい。
でも普通に地元で結婚して普通に生きていくんだろうなと思っていたら、聖女候補とかいうよくわからないものになってしまった。
それで、先がわからなくて、不安で、誰かに助けてほしくて必死になってしまったみたい。
ヒルデガルト様は、もともとは今の伯爵の従兄弟の娘にあたる方で、ご両親が早くに亡くなり、引退して領地で暮らしている先代伯爵、つまり大伯父様のもとに引き取られたのだそうだ。
大伯父様と大伯母様はかわいがってくださり、息子である今の伯爵の養女にもしてくださったけれど、友達になれるような同世代の人はいなくて、おしゃれやおしゃべりとか娘らしいことが楽しめる環境ではなく、やはり下剋上ヒロイン小説を通じて華やかな世界に憧れていたそう。
おいたわしかったのがアデル様。
ぽつりぽつりと語られた言葉から察するに、ご家族の中で「気が利かない、暗い娘」と決めつけられて、せっかく帝都で生まれ育ったのにろくに社交の場にも出してもらえなかったようだ。
オーギュスト様が、フィリップス子爵家の娘たちでアデル様だけ不思議と帝都の社交で見かけたことがないっておっしゃってたのはそういうことなのか。
口数は少ないけれど、くすっとなるようなことをちょいちょいおっしゃるし、なんでそんな風に扱われてるのか、わけがわからない。
そんな中、支えになったのが、家から連れ出してくれる素敵な男性に学院で出会うという夢だったみたいだ。
最初、ウラジミール様やマクシミリアン様を追っかけてるのを見たときは、正直なんじゃこりゃ??て思ったけど、3人とも色々あるんだな……ってなった。
予定をだいぶオーバーして、お茶会はお開きとなり、私達は一緒に寮へ戻ることにした。
「それにしてもミナ先輩、めっちゃ下剋上ヒロインやないですか!
光魔法に目覚めて、男爵の養女にならはったいうたら王道中の王道やし、髪の色もぱっと見てピンク!いう感じやし」
「そうなのです。
ミナのピンク髪ツインテヒロイン度はめちゃ高いのですが、本人全然自覚ないのですよ」
「だーかーら、ああいうキラキラ恋愛は、お話だから面白いんであって……」
とか言いながら皇族寮の玄関ホールを出ようとしたところで、向こうから誰か来た。
ファビアン殿下だ。
乗馬服をお召しになっている。
私達の方を見て、なんでかちょっと固まってる。
ややあって、殿下はこちらに向かってきた。
「お前達……3人だったのか!!」
「「「「「は??」」」」」
お辞儀しようとしたところで意味のわからないことを言われて、こっちが固まる。
「いや、髪型が同じだし、同じ女が何度追い払っても話しかけてくるのだと思ってた……」
まだ信じられないのか、ファビアン殿下は3人をじろじろ見ている。
3人、同じピンク髪ツインテとはいえ、顔立ちは全然違うし、髪の色味も結構違う。
そもそも、150cm・160cm・170cmと背丈がどう見ても違う。
ちっちゃいヒルデガルト様と長身のアデル様を同一人物だと認識してたとか、いくらなんでも雑だ。
「ええと、その……
ベルフォード男爵が養女、ウィルヘルミナと申します。
この機会に、3人に名乗らせていただいてもよろしいでしょうか?」
まだ皇族寮の中なので、略式のカーテシーをして申し上げた。
言っちゃってから、ほんとはこの中では家格が一番上のヒルデガルト様からご挨拶に入るべきだったって気がついたけど、宮中じゃないしノーカンてことにして!
「許す」
ファビアン殿下が軽く頷き、3人がそれぞれ自己紹介し、ついでにヨハンナも名乗る。
「ところでなんで3人ともその髪型なんだ?
それは子供がするものだろう」
ぐうの音も出ないツッコミに、「え」と3人が固まる。
「これには諸々、事情がございまして」
ヨハンナが半歩出て、3人とも貴族学院を舞台とする恋愛小説のファンであること、この髪型はそうした恋愛小説のヒロインによくあるものであることなどを、いつもの立て板に水な調子でざざざっと解説した。
ファビアン殿下はそっち方面には疎いようで、いまいち腑に落ちない様子で、首を傾げて3人をご覧になる。
「というか!
殿下に勝手に話しかけたりしてサーセンでしたあああああ!」
殿下の視線に耐えきれずに、エレンが、がばっと頭を下げた。
「その、素敵な方がいらっしゃるなと思い……!」
「こんなに麗しい殿方がこの世にいらっしゃるのかと、つい……!」
ヒルデガルト様とアデル様ものっかって、頭を下げる。
エレンはとにかく、「素敵な方」「麗しい方」と連打されて、ファビアン殿下はちょっと気を良くされたようだ。
「……ま、こっちも短慮だった」
とりあえずこれで、殿下のお怒りは解けたらしい。
めでたしめでたしだけど、もしかして、ファビアン殿下、見かけより全然ちょろい方なのでは……
「令嬢達が恋愛小説に夢中だと聞いたことはあるが、そんなに人気なのか」
ごまかすように咳払いをしたファビアン殿下は、ヨハンナに訊ねた。
「左様でございます。
実は殿方にも人気で、ゲンスフライシュ商会にも愛読者カードをよくお送りいただいているのです。
立場と責務に縛られて育った貴公子が、ヒロインの自由な言動に触れることで解放され、『真実の愛』に目覚めるという作品が多いので、なにかと辛抱しなければならない貴族男子の心にも刺さるものがあるのではないかと考えておりますが」
「ふむ?
『真実の愛』というのはなんだ?」
「作品によって異なりますが、相手の立場や身分によるものではなく、『その人自身が好きだ』という強い愛情というところでしょうか」
「ほー……」
わかったようなわからないような顔でファビアン殿下はなにやら考えこみ、3人を見回して、あ!と軽く手を叩いた。
「そういえば知り合いに『真実の愛』とやらが必要そうなヤツが2人ばかりいるな……
喜べ。
お前達に、紹介してやろう。
明日の土曜……は、さすがに難しいか。
来週の土曜、空けておけ」
「「「「「「はいいいいいいい!?」」」」」
ファビアン殿下にイケメン貴公子──とは限らないけれど、とにかく男子を紹介してもらうって、そんなのアリなの!?
「なにをびっくりしている。
お前達は学院で素敵な恋人に出会いたい、そうだろう?」
こくこくと3人がうなずく。
「そして俺の知り合いに、『真実の愛』とやらに出会った方がよさそうな男が2人いる。
ちょうどいいじゃないか」
ちょうどいいのかこれ!?
「ええと殿下、それでは3対2になってしまうのではありませんか?」
ヨハンナが必死に言う。
「3対3で会わせたって、それで3組誕生するとは限らんだろう。
ああそうだ、眼鏡、お前も来い。
なかなか面白そうな女だからな」
ファビアン殿下はヨハンナも誘った。
なんかドヤ顔だ。
「みぎゃああああ!?」
ヨハンナが、全員ぶったまげるような凄い悲鳴を上げて、ふらっとよろめいた。
あわてて支える。
なんかぶるぶる震えながら私にすがりついてくるけど、発作??
「……なんだ今のは?」
ファビアン殿下が首を傾げる。
「わ、わたくし、俺様タイプの殿方がきわめてこう……むず痒くなってしまう性分でして!
今の殿下のお言葉が、まさに俺様タイプすぎ……!」
ふるふるしながら、ヨハンナが説明する。
「俺様タイプ?」
「恋愛小説で、そういうタイプの男性が出てくるんです。
『貴様、俺のことが好きだろう』とゴリゴリ迫ってくるような感じで……」
アデル様が、そっと説明した。
「『貴様、俺のことが好きだろう』?」
「ふぎゃああああ!?」
まだよくわかってない顔で、ファビアン殿下がヨハンナに向かって復唱すると、またヨハンナは悲鳴をあげた。
濡れるのを嫌う子猫がお風呂にいれられる時みたいな声だ。
完全に面白がってるお顔で、ファビアン殿下は、エレンとヒルデガルト様にも俺様タイプにありがちなセリフをお訊ねになっては、わざわざヨハンナに復唱してみせる。
「『俺のことだけ見てればいいんだよ』」
「ひぎゃああああああ!!」
「『そろそろわかれよ。お前は俺から逃げられない』」
「ぐぎゃあああああああああ!!」
ファビアン殿下、お声も良いだけに、アデル様が「素敵…」とかおっしゃってる。
アデル様、俺様スキーなのか。
「殿下、そ、そろそろご容赦いただきたいのですが!!!」
それどころではないヨハンナは、ぜーはーと肩で息をしながら猛抗議した。
「ほんとに面白い女だな……」
素でおっしゃった言葉がヨハンナにトドメを刺して、ひときわ大きい悲鳴がホールに響いた。
なんかもう、ひくひくしてる。
「ま、今日はこのあたりで勘弁してやろう。
来週はベルフォードも来い。
眼鏡の介抱係にちょうどよさそうだしな」
私も参加!?
慌てて、承りましたと頭を下げる。
「それからフィリップス、お前は『俺様キャラ』に詳しそうだな。
予習によさそうな本を見繕って届けてくれ」
「ふぁッ!?」
いきなり指名されたアデル様がのけぞる。
「なんでわざわざ予習されるのですか!?」
思わずお訊ねすると、「面白いからに決まってるだろう?」と、ものすごいドヤ顔でファビアン殿下はおっしゃって、ヨハンナがもう一度悲鳴を上げた。
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