では、学院の身も蓋もない現実を、わたくしから少々ご説明させていただくのです
「ところでみなさま、下剋上ヒロイン小説のピンク髪ツインテヒロインのように、学院でイケメン貴公子と出会い、素敵な恋をしたいと夢と希望に打ち震えながらご入学されたのではと推察するのですが、いかがでしょうか?」
ヨハンナ、とっとと説明に入りたいのかぐいぐい行く。
気圧されたように、3人は視線を泳がせながら頷いた。
「やはり!
では、学院の身も蓋もない現実を、わたくしから少々ご説明させていただくのです」
ヨハンナは画帳の表紙をめくってテーブルの上に立てた。
一番上のページには「ここが違うよ下剋上ヒロイン小説とリアル学院!!」とある。
「まず重要なことですが……」
ぱらっとヨハンナは一枚目をめくる。
2枚目には、「下剋上愛は帝国ではほぼほぼ発生しない!!」とある。
なんだこれ? 紙芝居なの!?
「わたくし、我が帝国の皇族・貴族の婚姻がどのような組み合わせで行われたのか、約3世代分として75年前までさかのぼって集計したことがあるのです。
ちなみに10年ほど前、学院の卒業パーティーで婚約破棄事件が発生したことはありますですが、破棄した貴公子と破棄のきっかけになった令嬢はそれぞれ別の方と結婚されていますので、ノーカンとさせていただいております」
「学院のパーティーで婚約破棄とかマジで!?」と素で食いつくエレンをスルーして、ヨハンナは次をめくった。
皇族・大公&公爵・侯爵・伯爵の子息がどの家から妻を娶ったのか、嫡男とそれ以外に分けて集計した表だ。
びっくりするほど偏っている。
嫡男に限って言うと、大公家&公爵家の場合は、妻の出身は皇族40%、ほぼ同格となる大公家・公爵家・辺境伯家出身の女性と結婚した人が50%以上。
残りは侯爵家で、伯爵家以下は1例もない。
侯爵家、伯爵家も同じく、一つ上か同格の家から娶った例が90%を超える。
伯爵家で、2つ下の男爵家から娶った例もあるにはあったが、たったの2例だ。
そしてほぼすべての嫡男が、学院入学前に婚約している。
嫡男でなければもう少しゆるくなって、全体で言うと一つ上の家格から妻を迎えたケースが10%、同格50%、一つ下が30%、2つ下が10%となる。
それでも3つ下、たとえば侯爵家の子息が男爵家の令嬢を娶った例は1例しかなかった。
学院入学前の婚約率はだいぶ下がるけど、それでも6割だ。
皇族すなわち皇子の方がまだゆるくて、他国の王族または大公家・公爵家が30%、国内公爵家・辺境伯家30%、侯爵家20%、残りは伯爵家以下となっている。
皇族として留まる場合は、ほぼ国外の王族または公爵家出身、国内公爵家や辺境伯家の女性を娶ることがほとんど。
婿入りで臣籍に降りる場合は、相手は侯爵家以上が多いそうだ。
そうでない場合、つまり使われていない家名を復活させたり、新たに家を作ったりして臣籍に降りる場合は、母方の家格に準じることが多く、妻もそれに見合った家の女性になるらしい。
それで皇子の方が貴族の子息よりも相手の幅が広いのか。
ちなみに学院入学前の婚約率は4割。
男性皇族の場合、皇族にとどまるか臣籍に降りるかで進路の振れ幅が大きいので、子供のうちに婚約を決めにくいのではないかとヨハンナは言う。
実際そういうことらしく、ギネヴィア様は軽く頷かれた。
「貴族同士でも、家格でこんなにはっきり分かれるんですね……」
ヒルデガルト様が、しみじみおっしゃった。
「そうなのです。
現在の『下剋上ヒロイン小説』では、
(1)平民出身のヒロインが下位貴族の養女となり、
(2)学院で王族や上位貴族のイケメン貴公子と恋に落ちて結婚し、
(3)将来の王妃または公爵夫人など上位貴族の正妻になる
というのが鉄板展開ですが、そもそも子爵以下の令嬢が侯爵以上の嫡男と結婚した例は、我が帝国では過去75年、存在しませんのです」
「ゆ、夢とか希望とか、そーいうヤツはあらへんの……!?」
エレンが訛り丸出しで訊ねて、ヨハンナは眼鏡をくいっと持ち上げた。
「残念ながら……
嫡男以外ならワンチャンなくもないですが、それでも2つ上の家格の方がギリギリなのです」
「ほへー……」
間の抜けた声しか出なかった。
今頃気がついたけど、お母様が公爵家出身の皇族であるアルベルト様と名ばかり男爵令嬢の私って、めちゃくちゃな組み合わせなのかも!?
思わず視線を泳がせていると、ギネヴィア様と眼が合う。
ギネヴィア様は、大丈夫よ、と小さく頷いてくださった。
「ただし、『貴族年鑑』をガン見しておりますと、前年版には掲載されていた子息子女の名がなにやら消えているということが稀にあるのです。
亡くなったり他家の養子になったりとかであれば普通にその旨記載されますので、これはいわゆる廃嫡ではないかと思われるのです。
該当者は、ここ75年では5%前後なのです」
「「「「「あー……」」」」」
思わず声が揃った。
「廃嫡の理由としては、不品行不行跡、貴族社会にうんざりしてバックレ等々ありえますが、身分が合わない相手との結婚をあくまで望んで駆け落ちなどやらかし『よろしい、ならば廃嫡だ!』となったということも十分考えられるです。
どれくらいが『真実の愛』ゆえの廃嫡に相当するのかは、不明ですが……」
「じゃ、じゃあ『駆け落ちして幸せになりました!』はアリなのですか!?」
アデル様が食いついた。
そういうパターンのストーリーもたまにある。
「可能性としては否定できませんのです」
重々しくヨハンナが頷く。
「でも駆け落ちいうて、ほんまにやったら後が大変ちゃう?
要は貴族社会からハブにされるいうことやろ?
その状況で、御曹司として大事に大事に育てられた人がどうやって食うていくんかいうたら……ちょっと想像つかんわ。
勤めに出るいうても、公職は無理やし、商会も貴族とつきあいあるような大きいところは遠慮してなかなか雇ってくれんやろ。
まさか、パン屋一緒にやるいうわけにもいかんし」
「そうね。
わたくしだって、いきなり一人で生きていけと言われたら、途方に暮れるしかないわ。
魔法は使えるけれど、お金を稼げることなんて、なんにもできないもの」
ギネヴィア様がしみじみとおっしゃった。
「殿下ならば、ゲンスフライシュ商会が秒でスカウトさせていただきますですが……
とりま、高位貴族のイケメン貴公子と『真実の愛』を見つけるならば、イケメン貴公子の1人や2人、喰わせていけるだけの生活力を身につけることをまずは推奨させていただくのです」
きぱっとヨハンナが3人に宣告した。
「ただ自分一人が食べてくだけでも大変なことやのに、贅沢に慣れてる人も食わせるいうのは……」
「そんなこと、私、できない……」
「甘くないんですね……」
3人、それぞれしょんもりとうなだれる。
なんかかわいい。
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