3.出会いを素敵に演出☆緊急会議
お茶会から数日経った午後、ちょうど空きコマが重なっていたので、「赤のお姉さま」ことゲルトルート様がさっそくダンスのレッスンをしようと言ってくださった。
あでやかなゲルトルート様は、3人のお姉さまの中でもダンスが特にお上手で、妹さんや従姉妹にも教えたことがあるそうだ。
音楽がないとダンスの練習は難しいからと、チェンバロの練習室を借りてくださった。
「そもそも、ミナは踊ったことがあるのかしら」
あのあと、私のことは「ミナ」と呼んでほしいと、悪役令嬢連合協議会の皆様にお願いした。
もともとミナという名前で、でもこれは庶民の名前だから、貴族っぽいウィルヘルミナという名前で養女にしてもらったのだ。
ウィルヘルミナの愛称は「ミナ」だから、馴染みやすいだろうと領主様が選んでくれたのだけど、やっぱりミナって呼ばれたい。
というか皆さん、よく噛まずにウィルヘルミナって言えるよね……
「ええと、実家の村祭りで踊ったくらいですかね」
実家は領主様の領地の外れ、結構な田舎にある。
帝都から領都まで、乗り合い馬車で1週間、そこから更に3日かかる。
村では果樹栽培が盛んで、うちもブドウと甘草を中心にした農家だ。
秋には収穫祭があり、村のみんなで子供も大人も輪になって一晩中踊るのが恒例だ。
私に魔力があるってわかったのは、この秋祭りが絡んでる。
去年、祭りの最中に、ご馳走の匂いに釣られたのか魔獣の群れが現れたのだ。
びっくりして転んだ弟を助けようとした母さんに羆のような魔獣が襲いかかろうとしているのを見た瞬間、私の中でなにかが弾けて……よくわかんないけど魔獣の群れを倒してしまったのだ。
ちなみに、実は同じ寮なのがわかって、一緒にご飯を食べたりするうちにすっかり仲良くなったヨハンナに、どうして光魔法に目覚めたのか聞かれてこの話をしたら、「なんだろう、このテンプレ感…」と頭を抱えられた。
ヨハンナはちょいちょいよくわからないことを言う。
お姉さま方はスルーしていらっしゃるので、私もいちいち聞かないけど。
「どんな踊りなのかしら。
一人だと難しいかもしれないけれど、踊ってみてくれる?
歌も歌えたらお願いしたいわ」
一人で踊るのは恥ずかしいけど、ここは頑張らないと!
村の収穫を祝ぐ、ありがちな感じの歌詞を歌いながら、右前に4歩、左に3歩、後ろに4歩下がって、ぴょんぴょん跳ねながらその場でまわり、また右前に4歩、と繰り返す。
口でリズムを取ると、タタタタ タタタ タタタタ タッタッタッタッタッって感じ。
「え!? なにこれ、何拍子なの?」
指を上下に振って数えると、ゲルトルート様はすぐにチェンバロで弾き始めた。
チェンバロで弾くと、なんだか立派な曲みたいだ。
ちょっと歌っただけなのに、メロディだけじゃなく、伴奏までしっかりついている。
ゲルトルート様って天才なのでは!?
「面白い曲ね! ちょっと採譜させてちょうだい!」
ダンスだけでなく、音楽全般がお好きなのか、眼をキラキラさせてすらすらと楽譜を書かれた。
ゲルトルート様は、くっきりした細めの眉とつり目気味の眼が印象的で、3人の中ではちょっとキツそう?というか怖い人?と思ってたけど、少しお話したら全然違ってた。
優しくて、私みたいな名ばかり男爵令嬢にも丁寧に接してくださる素敵なお姉様。
この複雑な曲で踊れるのなら、舞踏会で一番よく踊るワルツは楽勝だと励ましてくださった。
ワルツは、姿勢を綺麗に整えて、女性ならまず大きく後ろに踏み出し、ちょこちょことステップを2つ添えてちょいちょい方向転換していくだけなのと、実際に動きながら教えてくださる。
背筋をぴんと伸ばして両腕を広げて、お一人で基本の型を示されてるだけなのに、とっても優雅でこんな風に踊ってみたい!ってなる。
しばらく、並んでゲルトルート様の真似をさせていただいた。
それっぽくなってきたところでゲルトルート様はチェンバロに戻り、拍子が取りやすいように強調してワルツの曲を弾いてくだる。
そんな感じで練習していると、ヨハンナが様子を見に来た。
ヨハンナに男性側をやってもらって、二人で組んでみる。
「次でくるっと!いってみよーなのです!」
ヨハンナが私の頭の上に組んだ手を上げる。
くるって回ってみた。
制服のスカートがぱっと広がって楽しい!
何回もくるくるしてみる。
「は。
今日は『ミハイル様とミナの出会いを素敵に演出☆緊急会議』もしないとじゃないですか!!」
せっかくいい感じに盛り上がっていたのに、ヨハンナが用事を思い出した。
ち…と思いながら、とりあえず3人で、窓際にあるベンチに座る。
「そうねえ……
わたくしがミナをご紹介するのはおかしいわよねえ。
そもそも、ミハイル様とはあまりお話する機会もありませんし」
「え、そうなんですか?
ミハイル様って、ゲルトルート様と同じ学年ですよね??」
「そうなのだけど、私は音楽や芸術系の講座がほとんどだし。
あちらは、戦史や戦術研究みたいな講座ばかりなんじゃないかしら」
ゲルトルート様は、おっとりと首を傾げられた。
ヨハンナがポケットからメモ帳を取り出してめくった。
「ちょいと調べさせていただきましたところ……
朝は早起きして男子寮で鍛錬、放課後は馬場か武術場に一直線、その後は男子寮で夕食、夜にまた鍛錬で就寝、という過ごされ方のようです。
ちなみに土日も、普通に馬場か武術場か鍛錬ですね……」
さすが悪役令嬢連合協議会事務局。仕事が早い。
「ええええ……出会う機会がそもそもないじゃん」
要するに、ミハイル様は騎士として自分を鍛え上げることに青春賭けてる系っぽい。
芸術を好まれるゲルトルート様とは趣味が合わなさそう。
そのへんが婚約解消したい理由なのかな……
どうしたらいいんだろう、って、ゲルトルート様と二人、ヨハンナの方を見た。
「ふむう。
ここは秘技『ハンカチ落とし』と行きますか」
「……ほへ?」
たぶん私、すっごい馬鹿面晒したと思う。
きらーん!と口で言いながら、ヨハンナは眼鏡をくいっと持ち上げた。
「解説しよう!
秘技『ハンカチ落とし』とは、素敵な殿方の前でさりげなくハンカチを落とし、拾っていただくところから、ありがとうございます→なんて親切な方なのかしら↑今度差し入れさせていただいてもいいですか?↑↑↑とコンボを入れて相手をKOする技なのです!」
「まあ!そんな技があるのね!」
パンチやキックの真似をしながら解説するヨハンナにゲルトルート様が素直に感心されて、2人にドン引きした。
「いやそれ……めちゃくちゃ不自然じゃん!
なんでハンカチ拾っただけでそこまでいくの。
普通、ありがとうございますで終わりじゃない!?」
全力の突っ込みに、ヨハンナはそう?と首を傾げ、ゲルトルート様は、そうかもしれないわね…と考え込んでいる。
ヨハンナはとにかくお姉さまおっとりしすぎ!!しっかりして!!
「というか、ミハイル様がそういう方なら、ウィラ様と仲良しだったりしないんですか?
ウィラ様にご紹介いただくとか……」
うーむ…と2人はさらに考え込んだ。
昨日ブクマしてくださった方、ありがとうございます!
ミナの地元の踊りは、東欧の変拍子の舞曲あたりをイメージしていただければ…