なにすんねん、この縦ロール(ドリル)ッ!
一年生が負けずに言い返して、アントーニア様が一年生を突き飛ばす。
びっくりして、思わず立ち上がってしまった。
縦ロールだし、お高い感じはあるけど、高位貴族の令嬢らしく、いつもしとやかなアントーニア様がこんなことをされるなんて。
プレシー様が肩に手をかけて止めようとするけど、それを払ってアントーニア様が一年生を二度、三度と突き飛ばす。
お友達(取り巻き)のご令嬢方も慌てて止めようとはするけど、及び腰。
あっという間に一年生の後ろは噴水だ。
「ととと、止めないと……」
テラス席で食べてた他のグループは、あっけにとられて見ているだけだ。
とりあえず、あわあわと小走りで急ぐ。
ヨハンナとリーシャも一緒に来てくれた。
私たちが制止できるような方ではないけど、周りに人の目があるって気がついたら、引いてくださったりするかもしれないし!
でも、全然間に合わなくて、バシャーン!とピンク髪の一年生は派手な水音を立てて噴水の中に尻もちをつくように落ちた。
プレシー様が慌てて膝の深さの噴水に入って、一年生を助け起こそうとする。
「なにすんねん、この縦ロールッ!」
荒っぽい訛りで、一年生が啖呵を切る。
ドリル呼ばわりされたアントーニア様は、「なんですって!」と叫ぶ。
アントーニア様を中心に、令嬢方の髪や服の裾が風に舞い始める。
強い感情によって魔力が漏れてしまう「染み出し」だ。
アントーニア様オコだ!
しかもこの方、相当魔力があるはず。
いくらオコでも攻撃魔法を他の生徒に向けはしないだろうけど、染み出しからの魔力暴走はこの勢いなら全然ありえる。
どどどうしよう!!
リアル下剋上ヒロインvs.プライド激高公爵令嬢、全然洒落にならない!!
「あ!ギネヴィア様!」
先生でも通りがからないかと見回して、カフェテリアの2階から、ギネヴィア様が外階段を降りていらしたのが見えて、思わず声を上げてしまった。
留学生達と一緒だ。
エドアルド様のお姿も見える。
アントーニア様は、はっと後ろを振り返ってギネヴィア様達に気づくと、一拍置いてすっと表情を消し、さりげなく?噴水から離れた。
舞っていたアントーニア様の髪が落ち着いていく。
ギネヴィア様は、他国からの留学生やエドアルド様と笑顔で別れ、中庭の方に歩んでいらした。
アントーニア様と少し距離を置いて、足を止められる。
小柄で黒髪、お人形のように可愛らしいギネヴィア様と、背が高く、大人っぽくて華やかな金髪のアントーニア様が、向かい合うかたちになった。
お二人とも無言のまま。
手練の騎士同士が対峙しているような空気に、あたりが静まり返る。
ややあって、アントーニア様が膝を折ってギネヴィア様に略式のカーテシーをした。
「……殿下にお見苦しいところをお目にかけてしまい、申し訳ありません」
「その言葉、嬉しく思います」
ギネヴィア様は間髪入れずに頷いて、続きを促すように、間を置いた。
でも、アントーニア様は足元に視線を落としたまま不動。
人前で染み出しを起こした無作法は謝るけれど、ピンク髪ツインテに謝るつもりはない、てことか。
ギネヴィア様は、小さく吐息をついた。
「……そうそう、あなたをお茶会にお招きしたかったの。
いつがよろしいかしら」
「殿下のお招きとあらば、いつでも……」
アントーニア様が姿勢を戻して、少しもごっと答える。
ギネヴィア様が、こちらをご覧になったので、慌ててメモを取り出す。
午後にギネヴィア様の予定が入っていない日をいくつか読み上げた。
「では来週の水曜午後にお待ちしておりますわ。
ミナ。
アントーニアと、ホール侯爵家メアリー、アーリ侯爵家ジョアンナ、ラトゥール伯爵家ブリュンヒルデに招待状をお願いね」
必死でメモを取る。
わざわざ家名つきで呼ばれた令嬢達は、もちろん「お友達」の皆さんだ。
要は、アントーニア様の暴走を止められなかったのは誰なのか、把握しましたよということなんだろう。
アントーニア様は動じる様子は見せないけれど、他の令嬢方は顔色が白くなってる。
「それから、そちらの方もそのうちお招きしなければ。
あなた、お名前は?」
ギネヴィア様は、噴水の中でプレシー様に支えられて、ぽかんと立ったままの一年生に声をかけた。
「え、えと、……その?
エレンです。
エレン・ヴィロンと言います!」
ギネヴィア様は入学式でも挨拶されたはずだから、皇女殿下だってわかったのだろう。
一年生はしゃちほこばって答えて、ばっとお辞儀をした。
名乗り方からして平民っぽい。
「……ファーモイル枢機卿が推している『聖女』候補の方ね」
ギネヴィア様はヴィロンさんに心当たりがあったらしく、軽く頷いた。
「聖女」候補ってなんだろう??
枢機卿っていうのは、神殿の長である大神官のすぐ下の役職だから、神殿の話なんだろうけど。
下剋上ヒロイン小説には、たまに瘴気を祓い国を守護する「聖女」という役職が出てくるけど、お話の中だけのことかと思ってた。
「ミナ、彼女をお願いできるかしら。
ご都合の良い時をうかがって、お茶会についても説明して差し上げて」
「承りました」とお辞儀する。
噴水部分から遠いところだったから、上から水を浴びずに済んだけど、尻もちをついちゃったから、制服だけじゃなく下着もなにもかも腰より下は水浸しだろう。
早く着替えてあったかくしないと。
ささっと噴水の縁に寄って、プレシー様から受け取るようにヴィロンさんが噴水から出るのを支える。
それにしても「なんだコイツ!?」とばかりに、まだアントーニア様を睨んでるあたり、大物かもしれない。
「カール!
なんで噴水に入ってるんだ?」
なにやら新手が別館の方からやってきた。
波打つ黒髪を背のなかばまで伸ばして、うなじで髪紐で結んでる男子だ。
この人も見たことがないから、きっと一年生。
大股で近づいてくると、ギネヴィア様、アントーニア様の様子を一瞥した。
切れ長の眼と鋭い眉が印象的なしゅっとした顔立ち、すらっとしているけどひょろっとはしていない身体の線、一言で言えばめっちゃ美形だ。
プレシー様が説明しにくそうに口ごもるのを見て、美形な一年生はギネヴィア様に視線を向けた。
「『姉上』、なんの騒ぎですか?」
ギネヴィア様を「姉上」って呼ぶ……てことは、弟君のファビアン殿下か!!
癖のある黒髪は同じだけど、顔は全然似てない。
って、ギネヴィア様はお母様に似てらっしゃるし、ファビアン殿下のお母様は別の方なんだから当たり前か。
鋭角的な顔立ちは、優しそうな皇太子殿下よりも、皇帝陛下に似てるかも。
空色の瞳は冷たそうで、口元には皮肉げな表情がある。
「姉上」って妙に強調した発音の仕方は、ほんとは姉とも思ってないけど、一応立ててやってるとでも言いたげな、傲岸不遜な響きもあった。
「騒ぎというほどのことではないわ」
ギネヴィア様は、穏やかな笑みを浮かべて返される。
「そうですか。
てっきり姉上が、レディ・アントーニアを虐めているのかと」
2人をからかうように、ファビアン殿下はギネヴィア様とアントーニア様を見た。
そのままファビアン殿下はヴィロンさんに眼を留め、んあ?と眉を寄せてなにか言いかけたのだけど……
「わたくしが、ギネヴィア殿下に『虐められる』わけがないじゃないですかッ!」
ひょああッ!?
アントーニア様が唐突にキレて、一瞬、ぶわっと私達の方まで風が吹きつけた。
ギネヴィア様はいじめたりしないっていうんじゃなくて、自分はギネヴィア様にいじめられるような弱い立場じゃないっていうキレ方だ。
アントーニア様はファビアン殿下を睨みつけると、「失礼しますッ」と言い捨てて、踵を返した。
慌てて、後ろにくっついていた令嬢方が、バラバラにお辞儀をしておっかけていく。
「相変わらずだね、レディ・アントーニアは」
ファビアン殿下が笑うけど、眼は笑ってない。
一瞬、ギネヴィア様とファビアン殿下の視線が絡み、どちらからともなく外された。
「……今年は濃いめなことが色々と起きる予感でいっぱいなのです……」
ぼそっとヨハンナが呟き、私とリーシャはこくこくこくと頷く。
濃すぎる学院の洗礼を受けたヴィロンさんが、はっくしょい!と元気なくしゃみをし、私達はギネヴィア様達にお辞儀をして、彼女を寮へ連れて行くことにした。
去り際、プレシー様がヴィロンさんに「すまなかった」と一言、言ってくださって、少しほっとした。




